辻褄合わせの弊害
最近、四血族を筆頭したメンバーの名前が全然思い出せなくて、やむを得ずにメモ帳を使っています。
一応、これでも学力はそれなりなんですよ?
どうしてこういう大事な時にその記憶力を発揮しないのか……そろそろ自分という生命体が意味不明に思えてきました。
「――♪」
「――――」
やけに下手な鼻歌が物静かな廊下を反響する。
微かな足音させもあるいは爆音のようにさえ思えるその空間を、淡々と歩む人影が二人見受けられた。
「……一体全体、俺たちはどこに向かっているんだ、スズシロ……今更だけどお前の事どう呼べばいいの?」
「好きに呼べば?」
「じゃあαで」
「滅茶苦茶適当だね。 遊び心はどこに捨てたのかな?」
「お前の人間性のように母の腸の中で捨て去ったぞ」
「わー、つまんないな。 ……ねえ、今なんかナチュラルに罵倒されなかった?」
「言う程自然だったか?」
人影――俺(α)とガバルドは仲睦まじい――様子にはとても思えないような距離感で雑談を繰り広げる。
ちなみに、本体が出発する寸前俺たちには任意で解除できるタイプの気配遮断の魔術をかけてもらったからどれだけ騒ごうが心配無用である。
にしてもいささか緊張感が足りないと思うが。
「……しかし信じがたいな。 こうも精巧におぞましいシルエットを産毛一つ漏らすことなく投射するとは」
「おぞましい云々は置いといて、まあそこは素直に尊敬するわ」
実を言うと、今現在の俺は俺であって俺ではない。
何故こんなにもややこしい説明になってしまうのかというの、まず単純な話お互いが発狂して狂死しないためである。
現在俺は誠意として一心同体ともいえる『誓約』をこの男と結んでいる。
仮に万が一の不具合が生じた場合、速やかに我が本体も狂い死ぬこととなってしまうであろう。
だがしかし、本体にはまだまだ仕事が残っている。
本体が向かったのは魔人国。
そんなこんやで先日ライムちゃんが作成した俺という分体と共に行動することにより、ガイアスは精神崩壊の危機から逃れているのだ。
俺個人としては魔術にさえ目覚めていない彼らを犬死されるのは気が引けたけど、状況が状況である。
現状戦力的な意味合いでもガイアスや俺、ついでにライムちゃんが加わっても『老龍』、更には『厄龍』と太刀打ちすることは叶わないであろう。
「というか、本当に勝てないのガイアス? お前『天魔術式』も会得してるんだろ?」
「……勝てないことはない。 だがそれは、自戒した状態のヤツという形容詞が付属してしまうことになる」
「――?」
余談であるが、基本的にこの男は無口だ。
そしてせめてもの真意を探る糸口となるであろう奴の記憶も、奴自身の手によって厳重に不可視領域と化していた。
ちなみに、どうも俺の場合フィルターの有無以前にそもそも魂に触れた時点で大抵の奴は発狂するらしい。
まるで人体兵器にもでなった気分である。
それはそうと、俺はガイアスの不可解な物言いに口を挟んだ。
「自戒って?」
「奴とその核となった魂の勢力はやや奴よりの膠着状態ともいえる。 一歩踏み違えば容易く主導権は奴に握られるだろうな」
「おいクソジジイ、若者に分かる言語を解したまえ」
「天誅」
「がはっ」
クソジジイの剛腕が盛大に俺の腸を直撃し、胃液やら消化酵素やらが無闇矢鱈に吐き出されてしまった。
「ア”ァ~アァ”ァ~アブラゼミ~♪」」
「貴様はジャ●アンかっ」
「失礼な」
暇を持て余し適当に自作したマイソングを歌唱しているとムンクの『叫び』のように盛大に頬を歪ますガイアス。
その顔色は青白、それと通り越してもはや真っ白に変色していた。
余程俺の魂の絶唱がお気に召したらしい。
というかジャ●アンなんていうデブ、どこで聞いたし。
「うぉぇっ。 貴様は人間平気か」
「その理屈だと某小学生暴君は日本を崩壊させてしまうと思うよ」
「ハッ」
俺は戯言を鼻で嗤うガイアスを一瞥しながら、すっと目を細める。
「いやさあ……やっぱ、懸念通りなんだよなあ」
「? どういう意味だ?」
「その前にどうして『穿龍』の構えをとっているのかを教えて欲しい」
「――お話合いに、必要な要素」
どうやらガイアスにとってのお話合いは脅迫と同義であったようだ。
「……あー、安心しろ、ちゃんと話すから」
「……虚言を吐くなよ」
「えー? どうしよっかなあ……ごめんなさい、なんでもないです。 だから『天魔術式』を即座に展開しないでください! 死んじゃうから!」
「たった今この瞬間、世界から害悪の根源が消え去る――きっと、これに勝る満足感は存在しないだろう」
「自己満足で殺そうとしないで欲しいなあ!」
被害者の気持ちもちゃんと考えて欲しい。
「ほら、さっさと答えろスズシロα。 なんならケツに『穿龍』にして女の子にしてやってもいいぞ」
「お前は鬼かっ」
恐ろしい……この男の発想に心底感服というかぶっちゃけ戦慄する。
というか、そんな方法であどけない女の子になれたら誰も苦労しないわ!なんてことを言ったらまた話が脱線するので自重する。
「あー、ライムちゃんって一昔前の時系列ではさあ、『厄龍』の配下ともいえる存在だったの」
「スズシロα、喜べ。 お前の妹は今日から弟になったぞ」
「どうしてそんな突飛な話に!? というかあの可愛らしい容姿のまま男の娘になったら……暴動がおこるぞ!」
「ちょっと何言ってるのか分からない」
分からない。どうしてこの男は男の娘という一大ジャングルを理解できていないことが心底分からない!
そんな俺を心底呆れながらも、ガイアスは嘆息する。
「それで? お前の妹(笑)の処遇は保留しておくとかして、結局のところそれはお前が掻き消したんだろ?」
「まあ、そうなんだけどね……」
「なんだその煮え切らない態度は」
釈然としない俺を咎めるガイアス。
一応ガイアスにはライムちゃん――否、『賢者』メィリが厄龍の手下であることを伏せてその経緯は話した。
というかこいつのことだ、既に危険を冒しても確認しているのだろう。
前述の通り、俺は『メィリ・ブランド』という『賢者』を『天衣無縫』により、この世界から掻き消してしまったのだ。
だが、それによって生じていく利益も存在すれば、その反面面倒な事項も存在してしまうワケでして。
そして、ようやくガイアスもそれに気が付いたようである。
「――辻褄合わせ」
「そういうこと」
俺は『賢者』――つまること、『厄龍』ことルインがこの世界に派遣した『管理者』を消し去った。
本来ならば、それで完結するであろう。
しかしながらそうはいかないのが俺の魔術の難点なのだ。
俺の魔術『天衣無縫』により抹消された存在は、それこそ『神』というべき存在にとって辻褄合わせが行われる。
つまること、この人族には『賢者』の代役者――まだ見ぬ『管理者』が存在していくワケで。
そして、俺たちはようやくその部屋へ辿り着く。
「それじゃあ、相まみえるとしましょうか――『管理者』さん」
「――――」
俺は、荘厳なその扉を乱雑に――、




