『種』
ちょっと!?
「神様、僕は気づいてしまった」っていう謎に長文なこのバンドのボーカル、明らかにまふまふさんなんですけどお!?
どうなってるの!? 本当にどうなってるの!?
「――で?」
「――? 息臭いよ? あっ、そっかそっか。 もしかして自分の吐息が香りのいいモノだった履き違えているのね! 安心して、お前の喉元から漂うこの匂いは明らかに鼻が破裂するレベルの異臭だから!」
「合掌」
「ちょ、なに瞑目してる――」
星が見えたんだ(意味深)
危うく繰り出さる殴打により三途の川へと向かってしまう一歩手前になってしまった俺は断固として暴行魔へと抗議する。
「ちょっとー! いきなりなんなの!?」
「ぶりっ子するな、世界が破滅するぞ」
「その世界随分と脆いな」
男児がぶりっ子する度に滅ぶ世界なんて、それこそ瞬きにも満たない超短時間で唾棄されると思うのだが。
無論、この男にその理屈が通るワケがない。
結局のところ黙秘こそ真理なのであった。
そんな風に悟りを開いていく俺へと、ガイアスは力強くサムアップズして宣言した。
「履き違えるな――お前の存在がおぞましすぎるんだよ。 お前こそがこの世界の唯一の汚点だともいえるだろうな」
「さてはお前、誉めてないな!」
「そんな赤子の稚拙な脳内でも容易に理解できることをさも誇らしげに語るお前はもう手遅れなんじゃないか」
そろそろ、親愛なるガイアス君と心と拳で互いの意識に変革をもたらしていく必要性があるようだ。
閑話休題。
「ああ、この茶番の意味だっけ」
「違う。 ――どうしてあのガキを洗脳なんてしたんだよ」
「人聞きが悪いな。 俺はただ、ちょこっと思考を誘導しただけだぞ?」
「それを洗脳って呼称するんだよ」
「――――」
まあ、ガイアスの発言も一応は一理あるにで、今回は口答えすることなく両手を掲げ克服の意を示した。
「――『種』だ」
「――?」
「どのように複雑に絡まった糸も、それを解くキッカケはいつだって見過ごしてしまうような些細なことなんだよ」
「それがどうしたのか?」
「俺がしたのは、その『種』をあの青年という土壌に埋めただけ。 まあついでにあの少年を起点にして噂を拡散させようなんていう思惑もあるけど」
「――――」
俺の真意が読めぬ物言いに反論は不毛と察したのだろう。
代わりにガイアスは反対するにしても必要となる、この作戦の理解を深めようと真摯に問いかけていく。
「吐くか、死ぬか。 選べ」
「真摯さはどこに!?」
「ファイナルアンサー?」
「ノーファイナルアンサー!」
静かに超圧縮していった水弾を構えるガイアスを一瞥し、即座に恥も外聞もなく土下座する今日この頃。
はて、俺は恥をどこに捨て去ってしまったのだろう。
そんな益体もない疑念を抱きつつ、俺は滔々と語っていった。
「――俺が欲しいのは現状への疑念。 それが至極当然、月並みにありふれたとそう認識したモノに対する懐疑心だよ」
「――――」
そう静やかな横顔で口にする俺を、その漠然としていった不明慮な話に眉根を顰めていくガイアス。
まあ、流石にこれが流石に乱雑すぎる説明か。
不本意な解釈なんかをされてもらっては大いに困る。
とっととこの詭弁で理解させてやるとしましょうか。
「あの少年には、この後も同様の『噂』――法螺話をばらまいてあるようにライムちゃんの『洗魂』で仕込んでおいた」
「――――」
「更にこの村は大都市へ続く経由地点と化している。 故に、これを起点をして瞬く間にこの国に広がっていくだろう。 無論、他の大都市にも同様の魔術を施した子たちを放っておいたから、問題はないよ」
「……お前は、何を企んでいるんだ?」
「まだ分からないの?」
こうも懇切丁寧に説明したのにも関わらず厚顔無恥にも無理解を示していくガイアスに心底憐憫を抱く。
「――クーデターさ」
「……物理的な意味合いじゃなかったのか?」
「おいおい、お前は何を勘違いしているのか? 俺はこれでも健全の具現化――日本人だぞ? そんな物騒なこと、発想だにしないよ」
「平然と素知らぬ顔で洗脳なんてしていやがる奴がよく言う」
「それが、案外お互い様なんじゃないのかあな?」
「――――」
結局のところ、この男は『神』とやらの厳命ならば順々に従うが、しかしながらその抜け道に深く精通している。
それこそ、彼の亜人への扱いは粗雑の一言。
というか――、
「――結局、ライムちゃんって何者なの?」
「――――」
俺も多少なりともライムちゃんの処遇についてガイアスとひと悶着あると懸念していたのだが、この男の反応はあまりに呆気なかった。
それはただただ彼が薄情なだけなのかもしれない。
しかしながら、どうも俺の第六感が決してそれだけではないとけたましく声を張り上げているのだ。
「それを、お前へ告げる必要性は?」
「無い。 だがさっさと言え。 お前の魂を閲覧しようとしたんだが、どうもプロテストがあって無理ぽいっし」
実のところ魂の閲覧は無条件では不可能であり、その条件の一つが、相手の拒絶の有無なのである。
そして、ガイアスは俺の閲覧を拒んだ。
それは俺すらも不可視領域と化してしまうレベルであり、故に本人から直々に聞きだすほかにないにだ。
しかしながら、どうもその思惑は芳しくはないらしい。
「――断る」
「ほう」
「この件に関しては、確かにお前だって部外者ではいられない。 だが、それを告げるのは今ではなう」
「それは……一体全体どういう意図が?」
「――――」
ガイアスの言葉には具体的な明言の一切合切が省かれており、故にその不明慮な声音の真意を推し量ることは到底不可能。
そのヒントとなるであろう情報を閲覧する権利さえも、本人直々によって剥奪されてしまっている。
「……マジで、なんなんだよ」
「お前の一抹の不安もある程度は理念できるが、しかしながらこれは決定事項。 それを何の理由もなしに騙る必要性は皆無と思える」
「――――」
現状ガイアスは自主的に伏せられたその意図を語る兆しは見えずに、無論武力行為などもってのほかだ。
この問題は後々面倒になるだけの品物であり、別段すぐさま片付けておく必要性など皆無なのである。
わざわざ関係悪化のリスクを背負う必要はない。
それこそが結論である。
「……お前がいうその時って具体的にはいつなんだ?」
「さあな。 その不出来な頭で考えろ」
「へいへい」
交渉は失策故に水泡に帰してしまう。
しかしながら『種』を植え付けること自体は成功していたわけで、俺は心底渋い顔を晒しながら物陰から嘆息していったのである。




