幕間・太陽と日陰者
――その少年は太陽が如く朗らかで、思わず一瞥した瞬間に溢れ出すその陽光に目を細めてしまいそうであった
「――♪」
若干音痴なビートを刻む少年の名はクデル・アセカ。
彼はかつて奴隷として劣悪としか言いようのない仕打ちを受けていたが、それを取り締まる輩にとって何とか命からがら逃げだしたという複雑な経緯の末に、当初担当した騎士の出身であるこの村へ移住したのだ。
クデルはその劣悪な生きざまに反して、その人柄は決して運命を嘆くことなく、折れることなくただ真っすぐと前を向くような存在である。
故に、村に容易に溶け込むのは必然とも言えた。
「――ウースさん、新聞ですよ~」
「おや、ありがとねクデル坊。 ああ、そういや最近良質な野菜が採れてな。 ほら、もっていきな」
「いいんですか、こんなものもらちゃって?」
「いいのよ。 それより仕事頑張りなさいね?」
「――。 有難う御座います」
「礼には及ばんさ」
多少大柄ながらも愉快げに細められたその瞳から人柄のよさが容易にうかがえる老婆がクデルへ土砂にまみれた農作物を投げ渡した。
それを慌ててキャッチしつつ、クデルは申し訳なさそうに腰を折り、それこそ土下座でもするかのように深々と頭を下げる。
その様子に逆に老婆の方が居心地が悪くなってしまう始末だ。
老婆は苦笑しながらやんわりと朗らかな笑みを浮かべ告げた。
「ほら、頭を上げな。 さっさと配るんだよ」
「はいっ!」
「――――」
花が咲くような笑みを浮かべる少年に、老婆の微笑は深まるばかり。
少年は再度小さく頭を下げ礼を述べながら、手元の鞄に収められた新聞紙を少しでも軽々しくしようと足を進める。
今度辿り着いたのはどこにでも混在する一軒家だ。
クデルはその細い指先で魔響石に触れ、微弱な魔力を浸透された。
すると一体全体如何なる神仏の御業なのか家中にベルが鳴り響く音が木霊し、盛大に家主が慌てふためく様子が目に浮かぶ。
直後、勢いよく扉が開けられていった。
「あー。 寝みぃ~」
「――――」
隈だらけのその瞳を燦然と煌めく陽光に細めながら、気だるげに嘆息するのは二十代後半程度の若者だ。
なんでも、発明家に類似した役職についているらしい。
未だ定職を成し遂げられないクデルには多少なりとも羨ましいモノである。
そんなクデルの些細な羨望はともかく、男は盛大に欠伸を晒す。
「あっ。 寝起きだったんですか。 最近レイゼルさん徹夜続きでしたよね? 寝不足によく効く薬草でも紹介しましょうか?」
「いや、そういうワケじゃないのだが……」
「――?」
「まあ、お前には早ええよな」
「――――」
どうも明瞭ではない青年の声音に可愛らしくそのあどけない頬で無理解を示しながら小首をかしげるクデル。
その姿を見ながら、青年は願わくばこの少年の純情が穢れることなど今後ないことを深く、祈った。
「はい、新聞ですよ~」
「おっ。 ありがてえな」
「まあ、仕事ですから。 それはそうと、お仕事は徹夜の甲斐あって順調なんですか?」
「少なくとも、芳しくないっていうことはねえよ」
「それはよかったですね~」
「まあな」
青年はどこか誇らしげに胸を張り、微かに漂うその自身にクデルは邪推なく純粋に尊敬してしまう。
自負なんて、不出来なクデルとは心底無縁な感情だ。
だからこそ、それを何でもないように語れる青年をどこか羨ましくも思えてしまう。
「……変な顔するな、今日のお前」
「あっ、ああっ。 いえ、ちょっとあの噂が気になっていましてね~」
「噂ぁ?」
「――――」
照れ隠しにも似た思い故に思わず自分でも呆れ果ててしまうような素っ頓狂な言い訳をしてしまうクデル。
そんなクデルから零れた失言を怪訝そうな眼差しをする青年へ、この期に及んで言い訳を募らしていく。
「いえ、最近ある話を小耳に挟みまして~」
「ある話? 多少興味があるな」
「――――」
実際のところ稚拙な口実にした『噂』というべき話は存在するのだが、しかしながらそれを口にするのに躊躇してしまう。
何故ならば、仮にこれが虚偽ならば自分をこの村に導いたあの騎士たちを侮辱してしまうことになってしまう。
しかしながら胡乱気に詰め寄る青年を前に下手な言い訳はクデルの不出来な頭では捻りだすことができずに、結局観念してそれを口にする。
「――なんでも、魔人族との戦乱はハリボテなんていうらしいですよ~」
「ア”ァ? そいつはどういうことだ?」
「そう怒らないでくださいよ。 僕だって眉唾話だと思っているのですが、どうしても不安がぬぐえなく……」
「ああ、済まん。 別にお前を責めたわけじゃない」
「――――」
青年は脊髄反射でこぼれた威圧的な吐息がクデルへ御幣を招いたと悟り、小さく頭を下げ、そして無言でその詳細を要求する。
彼自身もその噂に懐疑的でこそあるが、しかしながら好奇心を抑えることができなかったのだろうと容易に察することができた。
もう既に手遅れなのだ。
今更詳細を述べる程度、何の痛痒にもならないだろうと考えたクデルは、大人しくその噂の詳細を語る。
「なんでも、神話の『神』が遊戯のために僕たち人族と魔人族を争わせようとしていったって話ですよ」
「――――」
「まあ、もちろん信憑性は低いですから、信じなくても――」
「……いや」
「――?」
剣呑な眼差しで瞳を鋭くする青年は、学問の道を歩む上で最低限の知識を特に誇るわけもなく淡々と語る。
「――そもそも、俺たちがどうして魔人族なんかと戦乱の日々に明け暮れてるなんて、その理由は未だ定かになっていない」
「――――」
「古すぎて唾棄されたのかもな。 ――だが、仮に『神』とやらが存在しているのならば、もしかしたら揉み消したのかもな」
「でも――」
「安心しろ。 あくまで、推測だ。 推測の域を出ない話だし、そもそも戦乱について色々と不明慮な点が多いからな」
「――――」
しかしながら凄まじい剣幕で目を細める青年の瞳はただそれだけで済まされる程に単純なモノではないことは自明の理。
「――仕事、頑張れよ」
「は、はい……」
青年は静かな激情をその瞳宿しながら、静かにその扉を閉め切っていったのだった。
何も、関係ないじゃん!
「器用値」のきの字もありません!
ですが、これも『種』という観点で十分以上に重要な描写となりますので、そこら辺はご了承くださいませ。




