大層なモノじゃない真意
何とか飛び舞う水弾から逃げ惑い、紆余曲折あってガイアスの機嫌をなんとか回復さえ、ようやく安然を得ることができた。
あれ……?
事態全然進行してなくね?
振り出しに戻る、である。
「……それで、お前は俺に何をさせるつもりなんだ?」
「ヒ・ミ・ツ☆」
「おいそこの娘、『転移』を所望する」
「お前さては素知らぬ顔で自宅に帰宅するつもりだろ」
「おいおい……幾ら俺でも、お前のような漆黒のGさえも裸足で逃げ惑うような相手と会話しておいて、何食わう顔はできねぇよ」
どうやら俺はG同然らしい。
「……お兄ちゃん、もう早く帰ろ? お兄ちゃん以外が吐いた息なんて吸ったら、浮気しちゃったことになる」
「だったら年中浮気してることになるな」
「だから――一生キスして。 そしたら私死んでもいい」
「すげえ壮大な話だな」
「お前……」
「オッケー、ガイアス。 色々と言いたいことがあるのならば後ずさって距離をとるのではなく面と向かって言え」
「――ロリコンッッ‼」
「目を合わせたってそうも真正面から罵倒していいことにはならないぞ」
解釈は人それぞれとはいえ、これは流石に酷いと思う。
明らかに語弊を抱いているガイアスに何とか釈明しようと距離を詰めるが、その度に圧縮した弾丸と共に距離が離れる。
うん、弾丸射出する意味なくない?
「お前……汚れたな」
「ちょ、なんでお前そんな痛ましいモノでも見るかのような眼差しで眺めているんだよ」
「……惜しい人を、無くした」
「死んでないよ!? ちゃんと五体満足で建材だからね?」
「嫌な事件だったね」
「あっ、もうこいつ人の話聞かない心算だわ」
己の価値感を絶対視するガイアスの認識を覆すのはおよそらく不可能なので食い下がることもなく引き下がる。
どうせこいつはいつでも多少なりとも俺の記憶を閲覧できるんだ。
そう考えるコイツ程に厄介な相手は存在しないよな。
まあ、それはお互い様である。
「……それで、お前は茶番を繰り広げに来たのか?」
「おいおい、合理の教徒ともいえるこの俺がそんな無意味な戯言を述べるわけないだろ。 頭大丈夫か?」
「お前だけには言われたくないよ」
「お兄ちゃん、ナイスブーメラン」
「――?」
「こいつ、無自覚なのか……」
それこそ一週間連続で残業と言う名の修羅場に身を投げ出したサラリーマンが如く疲労困憊な雰囲気を醸し出す。
その風体からも肩を落としながら嘆息するその姿は苦労性のリーマンにしか思えず、思わず笑みが浮かんでしまう。
「……そろそろ本題を斬りだせ」
「下らない与太話は如何かな?」
「――――」
「分かった、分かった。 だからそう睨むな」
それこそ親の仇とばかりに背筋から滝のように冷や汗が流れてしまうような眼光で睥睨するガイアス。
ふむ、流石にそろそろ本題を先延ばしにするのは限界らしい。
それを漠然と悟った俺は、降参とばかりに両手を掲げ、そうして迂遠な道中はようやく本題へと合流する。
「――ケファレン」
「――――」
「この名に聞き覚えは……ああ、その様子じゃあ一目瞭然だな」
俺は心底驚嘆したかのように愕然と目を見開くガイアスから容易に推し量ることのできた結論に満面の笑みを浮かべていった――。
「――その名を、どこで?」
「――――」
鬼気迫った顔で詰め寄るガイアスに物怖じることなく、俺は極力自然体を装い飄々と受けごたえする。
「お前の記憶の中枢さ。 割と上手く隠蔽されていたからかなり苦労したがな」
「……どうしてそれを俺が看破できない?」
「そりゃあそうだろ。 なんせ、消したんだからな」
「――? ……ッッ!」
「そういうことだ」
一瞬俺の言葉の意味合いを推し量ることができずに怪訝な眼差しをするガイアスは、直後ようやくその事実に辿りつくことが叶った。
――『天衣無縫』
俺が生前生まれ持った魔術であり、会得者である自分自身さえも完全にそれを把握することも叶わない程にベールに包まれた魔術である。
言うまでもなくこの魔術はこの世に混在する概念の一切合切を掻き消してしまうというモノであり、故に――、
「……俺の核に肉薄したとしても、その事実を揉み消したか」
「そういうこと」
この不出来な魔術は燃費を筆頭として様々な難点もあるが、しかしながらもちろんリターンだって存在している。
利益とデメリットは表裏一体。
故に、多大な損害を代償に絶大な利益が成立することとなった。;
「まさか、俺の記憶を消したんじゃないんだろうな」
「いや、普通に無理」
「――?」
実のところ俺の『天衣無縫』は当然ながら消去する対象を認識していなければ発動してくれやしない。
しかしながらガイアスの魂に溢れる記憶の一切合切は垣間見るのが限界であり、それ以上はこの力量では不可能。
そして、俺の魔術はそれでは確かに認識したと、そうカウントしないのだ。
「そういうわけで、お前の懸念は杞憂だってワケだ」
「……それが事実であるという証明は?」
「俺の記憶でも適当に漁れば?」
「分かって言っているだろ? お前のおぞましき魂に触れれば確実に汚染される。 それに仮にそれが叶ったとしても、お前に消去されていたのならば幾ら念押しに確認したところでさして意味はないだろ?」
「よく分かっているじゃないか」
「――――」
心底複雑そうに頬を歪めるガイアスへ、俺は悠々と歩み寄る。
「現状、俺はお前の目的の詳細は把握できていない」
「――――」
「だが、仮にお前がこれまでこそこそ暗躍する中で編み出した策略には俺が必要不可欠――だから、俺を選んだんだろ?」
「――――」
確かに神獣が一世代に複数混在するのはかつてない好機となるが、しかしながらどうも明言はできないがガイアスの目的の中枢にその思考は、無い。
使命とか宿命。
そんな大層なモノじゃなくて、もっと個人的な――、
「交換条件だ。 互いに一心同体だぜ?」
「――。 クソがっ」




