『龍』
八十万文字の危機! 八十万文字の危機!
静かだ。
不気味な程に、静か。
「……お前、本当になりやりやがったのか?」
「頑張った(ボコッ)」
「真面目に解答しろ」
「うっす」
今の拳骨、頭の芯まで響く。
ガバルドの本職は剣士の筈なのだが、どこで会得したのやらその殴打はどこまでも様になっていた。
流石『英雄』、なんでも器用にこなすか。
「――話し合いに無粋な輩いたら、台無しだろ?」
「……どうやってその無粋な奴らとやらを退場させたんだよ、なんて聞いてもどうせ適当にはぐらかすんだろ?」
「おや? もし俺が素直に答えたら?」
「罠だろ」
「即答だったね」
ガバルドの俺に対する思いを否応なしに理解できる光景である。
それはそうと――、
「――とりあえず、着いたぞ」
「――――」
周囲の連中の焦点がたった一点に交わる。
それはどこぞの名画家が描いたのかどこまでも流麗であり、そしてその奥の潜む狂気が垣間見えるような扉である。
不と生の微妙な調節な見事の一言である。
――これこそが、王の領域へと通じる唯一無二の入り口である。
「……流石にないと思うが、こんなところに連れてきて俺たち魔人族を一網打尽だとかそういうことは画策してねえのか?」
「してたら真っ先にライムちゃんの火薬が猛威を振るうと思うけど」
「振るうのよ」
「……うん、ないな」
理論的に憂慮する事態を否定されて、渋々ながらも納得する。
そんなんだから脳筋なんて言われるんだよ。
仮に俺が前述の通りの非道を行わなかったとしても、別の目的が存在しても可笑しくはないだろうに。
それを考慮さえもしないのか。
純粋なのか、それともただ単に阿呆なのか。
どちらにせよこの欺瞞にまみれた世界では大変難儀な性格であることは火を見るより明らかであるな。
さて――、
「――そろそろ、始めるか」
「? 何を始める気なの?」
「なんでもないよ、沙織。 ちょっとした独り言」
「幽霊?」
「一体どうやったらその発想に至るのか理解に苦しむな」
発想が突飛すぎる。
というか一昔前ならばともかく、現在のシステムに霊なんて荒唐無稽な存在は皆無であることは周知の事実である。
「……鍵は、開いてるな」
「ああ、レギウルス。 離れた方がいいよ」
レギウルスはブービートラップを警戒し慎重に荘厳な大扉を前に色々と模索しているようだが、それは実に不毛な行為である。
この後に巻き起こる惨劇を理解しているのならば、猶更滑稽にさえも思えてしまえるだろうな。
そんな益体もない感想を抱く俺を胡乱気な眼差しでレギウルスは見つめる。
「? どういう意味――」
――刹那、轟音が『傲慢の英雄』の声音を掻き消すように反響する。
「な」
「――――」
直後、何の前触れもなく地響きのように世界が微弱に揺れ、その初期微動が納まると次の瞬間、本命が猛威を振るう。
鼓膜さえも破裂させてしまいそうな爆音と共に王城に亀裂がはしり――そして、爆発的に押し上げる『龍』によって瓦解する。
「――――」
世界を静粛と同時に鮮烈な轟音が満ち足り、凄まじい速度で肥大化しているそれは容易く強靭な王城を消し飛ばした。
誰もが、老若男女が、魔獣すらもその光景に目を奪われる。
突如として生じた異常事態に時間さえも止まったかのような錯覚に襲われて声も上げられないなか、俺は小さく妹(笑)へ囁いた。
「――ライムちゃん」
「分かっているのよ」
そして突如としてその威信を見せつけるかのように堂々と君臨する龍は、天空までつんざく咆哮をどこまでも木霊させる。
誰もが息を呑む中、龍はその目を細め、大空へと飛び立っていった。
「――――」
「――――」
沈黙。
互いの吐息さえもあるいは爆音のように感じられる無音が木霊する中、真っ先に現実に復帰したのはやはりこの男だ。
「……今のは?」
「見ての通り、龍だ」
その年のわりにはあどけない容姿の青年――魔王は愕然としながらも疑念を払拭しようとなんとか掠れる声を絞り出す。
俺はそれに淀みなく即答していった。
「……君は、どうしてそれが分かるのかな?」
「気合」
「それで一切合切が万事解決するのならば誰も苦労しないと思うよ。 ……君はこんどは何を企てた?」
「酷いな。 まだ誰も犯人が俺だなんて言ってないのに」
「この状況下でこうも平然としているのに?」
「元々豪胆なだけだ」
「ふっ」
一応は本音である。
と、おざなりな返答を交わす俺を、ようやく現実に復帰したガバルドは心底切羽詰まったような剣幕で詰め寄る。
「あんまり寄るなよ。 息臭い」
「うるせぇ――お前、本当になにをやりがった?」
「――――」
その瞳に確かなる怒気を示しながら、ガバルドがいきりたつ。
ふむ、どうやら王国の象徴ともいえる王城をこうも豪快かつ盛大に粉砕してしまったことに激昂しているようだ。
その証拠に口調が素に戻っている。
いや――懐かしいな。
「俺はあくまで周囲の目を奪いたかった。 それだけが」
「メンヘラか?」
「失礼な。 俺は日陰者でいたいんだよ」
「ハッ」
ノーマークだと心底安心して暗躍できるしね。
俺みたいな立場の奴が田舎にすらその名が知れ渡っている程の有名人ならば、確実にその役目を投げ出しているだろう。
基本的に情報戦は相手を油断させた奴が勝つのだかな。
そんな心底どうでもいい思考を白熱させつつ、俺は薄い笑みを浮かべた。
「まあ落ち着け。 一応死者は出てない」
「お前なら『誰も死んでいない』ってことにできんだろうが」
「おやおや」
確かに、俺の『天衣無縫』の餌食となった者はそれがどれだけ親しくしていようとも一切合切に忘れ去れる。
故に、その嫌疑にかけるだろう。
それに俺には『転移』を自在に扱えるライムちゃんという手札がある。
これを利用すればそのような芸当も容易だろう。
だが――、
「――で?」
「なっ」
絶句するガバルドへ俺は無情に告げていった。
七章を、三つに分割することにしました(晴れやかな笑顔)
当初は五十万文字も書ききれるのかな……なんて不安に思っていたあの時の私よ、聞こえるかい? 今私は前人未到の文字数に到達しているよ




