間違い
「――――」
不死不滅のカラクリ自体は難なく看破することに成功した。
問題は、元凶を取り除くその手段。
「あばべがかあlぱsざp;あkjs」
「――――」
咆哮。
それと共におぞましい熱量が肌を掠め、その一切合切を魔王は呑み込みながら、滝のように冷や汗を流す。
もう既にこの魔術と向き合って数百年。
多大な魔力消費はある程度抑えられるようになった。
だが、それでも初回の術式改変故に繊細な調節には多少なりとも不安があり、現在バケツをひっくり返したように魔力が溢れ出している。
魔力が空っぽになるまでおよそ十数分といったところか。
果たして魔王はそれまでに異形を打倒することが可能なのだろうか。
(……まずは、魔晶石の所在地の把握だね)
現状逃亡という選択肢が存在しない以上、真っ先にするべきなのは相手の心臓となる部位の看破である。
だがしかし、こればかりは穴が開くほど異形を凝視しようともどうにもならないだろう。
ならば――、
「――――」
「あべべへはf??>」
魔王は一瞬渦巻く波を凪ぐように瞑目し――開目。
いつのまにやら魔王の深紅の瞳孔には幾何学的な模様が刻まれており、不可思議な瞳で魔王はじっと刮目する。
無論、停滞する魔王を異形が見逃す筈がなし。
が――、
「あべwっししししししししsじゃjこいs――あべ?」
「――――」
急速に接近する異形であったが、唐突にその姿が掻き消える。
異形の覚束ない脳内では記憶できないのかもしれないが、この空間は既に魔王の支配領域であり、立つ大地すら汝の敵となる。
故に、誰一人たりとも彼に指一本触れることさえも叶わないだろう。
無論、この間に魔王がただただ立ち尽くしている訳ではない。
(……有力な心臓部にはなかったか)
魔王は真っ先に思い浮かんだ選択肢を真っ先に否定される現状に歯噛みしつつ、黒渦ごしに再度異形を垣間見る。
――否。
そもそも、魔王は初めから異形自信を見ていなかったのだ。
彼が目を凝らしているのは、巡るその魔力。
「――――」
そもそも魔晶石とは多大な魔力が結晶化したモノ。
当初は魔晶石ごと異形をくまなく粉々にしてやろうと思ったが、それにしては異形があまりに巨大すぎる。
流石に莫大なストックを遺憾なく発揮してもこれだけの物量を吹き飛ばすのは神仏の御業であり、そして魔王は神々の類ではない。
故に発展して、小賢しくも稚拙な脳内をフル回転させていき、編み出していった邪道こそがこれである。
「――――」
開眼した魔王はジッと食い入るように異形を凝視する。
しかしながら像を結ぶ光景は断じて通常のモノではなく、世界が虹のように鮮やかとなっていった情景である。
魔力の『色』は多種多様だ。
それがたとえ同一人物によって吐き出されたモノだとしても部位によってその輝きは異なっていく。
そして、発する輝きは秘められた魔力に比例して、より濃く、漆黒へと近づく。
「――――」
だが、ありとあらゆる魔を暴くこの瞳であろうとも、その結晶を容易に見出すことはとてもじゃないが不可能であった。
これが、ニンゲン程度のサイズならば相当に簡単であっただろう。
だがしかし、異形の化け物の物量は異常の一言。
それこそ元の龍形態でも村を覆い尽くす程度のサイズだったのだが、現在では国さえも踏みつぶしてしまいそうなほどに肥大化している。
この中で、たった一目で微小な結晶を探し出すのがどれだけの観察眼を要する神業だろうか。
(だが、これしかな――ん?)
不意に生じる違和感。
苛立たしいことにその正体が如何なるモノなのかは完全にベールに包まれており、霞がかかったように明瞭ではない。
だが、それでも確かに感じるのだ。
正体不明の綻びに焦燥しつつ、しかしながらそれを思案する時間はない。
「がはじゃjsp;あsんsp;s」
「――――」
突如、何の前触れもなく虚空が爆音と共に弾け飛ぶ。
咄嗟に己自身を漆黒の渦で吞みこみその衝撃から緊急撤退する寸前、確かに異次元空間へ追いやった異形の化け物がこちらを見つめ返す姿を確認できた。
(くっ……化け物め)
世論が通用しない現実に内心で悪態を吐く。
魔晶石を犠牲にしているからなのか異形の適応能力は桁違いで、もはや異次元に飛ばしたのにも関わらずに何食わぬ顔で帰還してくる。
その厄介極まりない生態系に歯噛みしつつも、更に多重に『天呑』を展開し、空間的な防壁を作り出していく。
「――――」
再度一時の安全が確保され、魔王は肩で息をしながら異空間で暴れまわる異形の化け物を一瞥する。
そもそもこの空間は魔王の箱庭。
故にこのように別空間ごしにでも光景を閲覧できるようだ。
そうでなければ異次元空間への避難なんていう半端ではない魔力消費を背負ってまでのことはしないだろう。
(……後、三分)
先刻の『天呑』で相当消耗してしまった。
おかげで全身の筋肉が悲鳴をあげ、体中かた倦怠感が軋みを木霊させる。
もう既に全力を発揮するのは不可能であり、このように身体能力にハンデを課せられた状態で異形の化け物との激闘は勘弁である。
さっさと魔晶石を看破して――、
「あっ」
もう一度非情な現実に向き合った瞬間、ようやく魔王は見落としていた事実に気が付いてしまった。
そうだ――一番濃い箇所が魔晶石な筈がないのだ。
龍が異形と化して体感時間で十数分の時刻が経過した。
これだけの時間で、あの力量を維持させるのにどれだけの魔力消費が必須となっていくのだろうか。
その結論に辿り着き、己の至らなさに歯軋りする。
ようやく霞がかかった真実に気が付き、瞠目しつつ方程式を再度構築していく。
(私の推測が正しいのならば、魔晶石は徐々に煌めきが薄くなっている地点……!)
常日頃あの体系を維持するのに必要な魔力浪費を考慮すれば、刻一刻と薄まっていく色素が容易に幻視できる。
だが――、
「rjはkさpんdsぱんldk」
「――っ」
――もう、既に刻限は眼前に迫ってきている。
踊り舞うように肉薄する異形を身躱ししつつ、そのまま『天呑』を発動し異次元空間へ逃げ込むが――更に、それすらも力づくでこじ開けてしまう。
「……筋肉馬鹿がっ」
「djそあsんざぽんxzぉあmんzlpzまz」
そして、狂い果てた亡者の切っ先が魔王へと――、




