考えろ
まさかのP丸様趣味再熱。
マイブームは執筆の隙間時間にゆるふわ見ることです。
「――――」
異形の化け物がけたましい咆哮をあげながら、その歪み切った手腕を魔王へと容赦情けなく被弾させる。
響きわたる轟音が鼓膜を響かせ、それと同時に魔王が掻き消えたと見紛う程の速力でぶっ飛んでいった。
「魔王様っ……!」
「おいアキラ、流石にそろそろヤバいんじゃねえのか!?」
「――――」
己の主である魔王窮地にレギウルスとメイルが盛大に焦燥感をあらわにするが、しかしながら返答は中々に辛辣なモノ。
「確かに、俺が馳せ参じれば『天衣無縫』で即座に対処することは容易だろうな」
「なら――」
「だからこそ、俺が駆けつけるわけにはいかないんだよ」
「お前、何言ってやがるんだ!? お前だって魔王の野郎が死んじまえば不利益が生じるもは分かっているだろ!」
「無論、本当に危なくなったら止めるさ。 ――具体的には、魂魄が身体から離れる寸前ぐらいmsではな」
「――――」
非情な声音に唖然とするレギウルス。
「あくまで俺目的は龍という存在を見極めることだ。 手段は定かではないが、暴徒と化した際の実力の向上の推定は必要だろう」
「そんな理由なのだ!?」
「当たり前だろ。 この面子だと魔王が死ぬ可能性はほとんどないし、一応沙織に周期的に若干ながらも治癒する、『巡廻』を付与してもらってる。 それに最悪死んでも蘇生魔法使えば容易だろうが」
「そ、そういう問題なのかな……」
「そういう問題なんだよ」
「絶対違うだろ、それ!」
流石に魔王に今更死なされると色々と不都合とが生じてしまうので、一応念には念を入れて保険をかけてある。
それを示し、多少の焦燥感は収まったらしいメイルは、それでもなお不安げに眉を顰める。
「……魔王様、本当に勝てるのだ?」
「そもそも魔王の力量自体が色々と不明だからなんとも言えねえけど、これで敗北したらかなりヤバいことになるぞ」
「どういう意味?」
不思議そうにこてんと首を傾げる沙織へ懇切丁寧に言明する。
「別に謎の異形化があの龍固有の魔術だったら杞憂なんだけど、仮に龍種全員がこの権能を保有していたらどうなると思う?」
「……あっ」
魔王でさえも敵わない程の力量をある程度の誓約こそあるものの、短時間ながらも発揮できるその事実こそが重要だ。
魔王の実力は『傲慢の英雄』さえも上回る。
その彼でさえこの様ならば、他の面々は一体どうなるだろうか。
「……確かに、不味いね」
「理解したか? とりあえず、現状はどれだけ異形と化した龍の力量があるのかを見極めることを優先すべきだと思うぞ」
「……一応、納得はしたのだ」
「その割にはいかにも不満しかないとばかりに釈然としない風体だな?」
「当然なのだ。 万が一のことで魔人族の要が滅んだらどうするのだ?」
「そうならないように色々と保険は張ってるの。 俺としては魔王に死なれたら普通に途方に暮れるから、そこら辺は安心しろ」
「悪魔の言葉を信用するとでも……?」
「悪魔って」
中々に辛辣な意見である。
だが実際のところ、俺が魔王が無様に嬲られる様を止めるわけもなく傍観する理由は当初からたった一つだ。
後は全部建前のようなモノである。
こんなところで今後重要な戦力となるメイルやレギウルスの不信感を買いたくないので、明言するのを避けてきた本音を吐露する。
「それにさあ――あいつ、なんかめちゃくちゃ楽しそうじゃね?」
「――――」
俺はライムちゃんが投射魔術により展開した映像――四面楚歌の逆境の中でもなお不敵な笑みを浮かべる魔王を一瞥する。
浮かんだこの笑みは決して虚勢などではないだろう。
「俺としましては魔王の意外な一面を見逃すわけにはいかないし、あれ程悦楽に酔った彼に水を差すのは憚れたってわけ」
「……随分と個人的な理由だな」
「前述のとおりちゃんと論理的な側面もあるぞ」
流石に俺だって何の理由もなければさっさとライムちゃんけしかけて対処していただろうが、今回ばかりは特例である。
「さて、これでも納得できないか?」
「……瀕死になった時点で巻き上げなかったら殺すのだ」
「オッケーオッケー。 そこら辺は保証するよ」
魔王なんていう手駒をこんなどうでもいい局面で失うわけにはいかない。
そんな意味合いを見て取ったのか、「つくづく倫理感が欠如している野郎なのだ」と吐き捨てられる。
「それじゃあ――期待してるぞ、『魔王』
「あががばばばばばば↓凸」
「――――」
――考えろ
振り回される曲解した剛腕を魔王が地に這いつくばるように回避しながら、その勢いを一切殺さず右腕を支点に間髪入れず回し蹴りを披露する。
しかしながら異形の化け物は旋回する魔王の靴底を意に介した様子もなく、あんぐりとその顎門を開き――、
(ブレスか……!)
龍と言えばブレス、ブレスト言えば龍。
その認識はこの世界でも日本でも同様である。
しかしながら、眼前でけたましく己の頭部を擦り切れるまで搔きまわす化け物にそのような粗末な常識が通用するはずもなかった。
「あぁ$」
「なっ」
直後、長身の人間程度ならば幾らでも吞み込んでしまいそうな程に開かれた顎の隙間から――鉄拳。
「はぁ!?」
「あがぁっ,」
その生物学上有り得ない光景に瞠目しつつ、それでもあらかじめ龍の吐息から逃れようと構築した術式を展開する。
虚空に浮遊する漆黒の渦は狙い違わず異形の喉元から露出していった剛腕を吞みこみ――そして、砕け散る。
「――ッッ!?」
「――――」
余りにも予想外の事態に目を剥き、咄嗟に頭部を両椀で庇った直後――筋肉が弾け飛ぶ感覚と共に、莫大な衝撃が浸透する。
インパクトの直前何とかバックステップしある程度は勢いを殺したが、それでもなお有り余る爆発的な膂力。
――考えろ考えろ考えろ!
己を異空間に呑み込むことにより衝撃を緩和しながら、魔王は目を血走らせながら必死に覚束ない思考回路を超高速で回転させる。
相手との実力は隔絶している。
無策で挑めば出来の悪い冗談のようにぶっ飛んでしまうだろう。
ならば、策を張り巡らせばいい。
だが、どうやってこの化け物を打倒する手段が――、
「――ぁ」
ふいに、走馬灯のように溢れ出す『色』に魔王は目を剥いていった。




