御臨終
――刹那、隕石とさえ見間違いそうな物量のブレスが、何の前触れもなく破裂、そして周囲へ飛散していく。
「――ッッ」
「面倒な」
質を重視するのではなく数を最大限にまで考慮した結果の光景だ。
比較的その得物故に小回りが苦手である魔王としてはそれなりの鬼門であり、飛び舞う爆炎の一切合切を避けて通るのは不可能。
故に、彼は魔術の極地にまで足を踏み入れ居たのだ。
「――『天呑』」
「――――」
パチンッ。
スナップした軽やかな音が木霊した途端、それに呼応して虚空に幾つものブラックホールを彷彿とさせる物体が浮上する。
渦を巻く漆黒の物体は容易に踊り舞う燃え盛っていた破片を余すことなく先の見えない深淵へ吸い込んでいく。
――『天呑』
これこそが魔王アンセル・レグルスの紛うことなき正真正銘の魔術。
これは、一定の魔力を浪費することによって虚空に万象を吸い寄せる物体を生成するという至ってシンプルなモノである。
あるいはアキラの『天衣無縫』と瓜二つのように思えるが、一つだけ相違点が存在する。
「さて、己自身の炎って痛いのかな? ――『絶天』」
「――が」
直後、魔王の囁き声に応じて虚空を浮遊する正体不明の物体から勢いよくつい先程まで彼へと飛来していった炎が飛散していく。
だが、流石に龍も自分自身が吐き出した火炎でダメージを負う程に脆弱ではないようで、特に痛手を負った様子は見受けられない。
だが、それでも龍が気後れしてしまうには十分すぎる理由であった。
「私の『天呑』は万象を吞みこみ、そして吐き出す。 故にこのような芸当も朝飯前と言うことだよ、蜥蜴君」
「――――」
「まあまあ。 そんなに怒るなよ」
瞬間、宙を再生していった翼で悠々と滑走していた龍から魔王でさえも身震いしてしまう程の威圧が放たれる。
余程蜥蜴扱いが堪えたのか。
だがしかし、それは魔王にとって特にかならないことは火を見るより明らか。
(勝手に冷静さを失ってくれて助かる)
結局のところ戦場において誰よりも生き残るのは、冷徹な判断を下せる者のみであり、取り乱した時点で敗色濃厚。
ならば大いに激昂するがいい。
幾ら損失を喰らおうが最終的に嗤えるのならば、どのような代償だって背負おう。
その覚悟を胸に、魔王は猛烈な勢いで虚空を滑走していった。
――互角以下
それが現状魔王が龍に対して下した辛辣な評価であった。
まだ何らかの手札を隠しているにせよ、この程度の力量それこそ『傲慢の英雄』なら時間こそっかるが、それでも容易く屠ることができるだろう。
だが、それでも無論龍が脆弱な筈がない。
今回は、ただただ相手が悪かったのだ。
――『魔王』アンセル・レグルス
凄まじい天賦の才を生まれながらにして甘んじて受け入れたこの青年の力量は強烈で、それこそ『傲慢の英雄』さえも蹴散らしてしまう程だ。
故に、龍を屠るのは心底容易い。
「――『絶天』」
「――ッッ‼」
絶叫。
けたましく響き渡るおぞましい声帯に耳を塞ぎながら、魔王はタクトのようにしなやかに指を振るう。
するとそれまで鳴りを潜めていた黒色の物体が一斉に龍へと牙を剥き、異次元空間からストックしした物質を吐き出していく。
――それは、溢れ出す岩盤だ
荒々し地形が目立つ魔王国の中でも特に硬度が強烈なモノをこの異空間に閉じ込め、このような有事に備えていた。
そして今、数十年間万が一のためにと搾取された大岩が龍へと猛威を振るう。
「――『加速』」
「がぁあがっ」
視認する物体の速力のある程度を御することが可能となるアーティファクトにより、大空から雨あられのように降り注ぐ隕石を加速させる。
標準は無論、無様な悲鳴をあげる龍である。
不定協和音が木霊し、それと共に大地へとドス黒い血飛沫が飛散していった。
龍は何とか自慢の翼を最大限にまで解放し、限界の更にその先へ足を踏み込むが、それでもなお、足りない。
幾ら伝説上の生物だとしても絶え間なく踊り舞う隕石の一切合切を躱すのは到底不可能であり、必然被弾。
すると岩盤に直撃した龍が激痛に悶え苦しみ、それによって生じた隙をついて更に連鎖的に隕石が強固な鱗を抉る。
「ふむ。 存外大したことないようだね」
「――――」
心底嘆かわしいとでも言うかのように、明らかに嘲るようなその声音に青筋を抑えることが叶わない。
そして――、
「さて、そろそろ終いにしようかね」
「――っ」
一旦舞い続ける岩盤を停止させ、そして魔王はそれを足場にしながら鋭利な体験片手に龍へと肉薄していく。
無論、龍とて理由もなしに接近を容認する程寛大ではない。
必然吐き出される莫大な物量のブレスは、容易く魔王の細身を吞みこみ――、
「数で駄目なら質を向上させる所存かい。 確かに時には簡素な考えこそが真理となる場面だって幾つも存在するだろうけど、いささかありきたり過ぎると苦言を申そうか」
「――ッ」
煩い黙れ。
ぺちゃくちゃと聞いてもいないことをさも満悦そうに語る狂人を前に視界が深紅に染まり、更に火力を上昇させようと――、
「――目、落ちてるよ」
「――――」
瞬間、激痛。
この世の怨嗟を一身に背負い、それでもなお正気を保ちながら無理解に頬を歪ませる龍へ、魔王は見せつけるかのように『それ』を持ち上げる。
「君の目、案外汚いね」
「――――」
目だ。
生々しく、今まさに切り刻まれた証拠に、大量の鮮血がこびりついた、成人男性の身長程の眼球だ。
誰の?
誰の、目?
「――ぁ」
「おやおや」
違う。
違う違う違う違う違う!
有り得ないとそう声を張り上げる龍であったが、しかしながら神経を侵し続けるこの激痛の辻褄合わせが恐ろしい程に難解で。
そして――、
「部位欠如にはまだ慣れていないのかな?」
「――――」
あっ。
何かが乱雑極まりない軌跡により断絶され、その直後に形容し難い激痛が。
やがてこの生涯における苦痛を遥かに上回る痛覚に脳が限界を迎え、徐々に視界が霞んでいってしまう。
死ぬ、自分、死ぬ。
到底、許容できぬ。
しかしながらここから逆転劇を繰り広げるのは到底不可能。
ならば――!
「――我が命、礎にしたり」
「なっ」
刹那、世界に新たな太陽が生まれ堕ちていった。
あとがき、ネタ浮かばない……




