乱入する冒涜者
どうでもいいけどアキラ君の言動が東京でグールの旧多さんと似てきた気がします
「――――」
沈黙が刻み込まれた魔王城に、年齢のわりにはやけに若々しい声音が木霊していく。
「……私の記憶だと、『約定』は魔術師には効力を発揮しないと思うのだが」
「なら、魔術的な『誓約』は?」
「――――」
「もちろん、お前もこれの存在は知ってるよな?」
「……まぁね」
この世界には俺は例外として、魔王を代表として『神威システム』の関与しない魔術を扱える者が存在する。
無論、魔王軍幹部にも。
ならば、それ対策もしてあるはず。
「『誓約』によって幹部連中の謀反を防ぐかあ。 用意周到だね」
「……逆に何故彼らが裏切られたのか意味が分からないがね」
「それに関しては最初から分かってたから関係者には軒並みに『天衣無縫』で誓約を消し飛ばしてるよ」
「ほう……面倒だね、その魔術」
「別にひたすら便利なモノじゃないんだけどな」
魔力浪費は甚だしいし、辻褄合わせなんていう面倒極まりなき制約も存在するので一概にも万能とは言えない。
というか俺からしたらクソ雑魚な魔術である。
需要もかなり限られている。
だが――それが猛威を振るう時、実に盛大な効力を発揮する。
「面倒だけど、案外何の抵抗もなくお前らの支配から引きはがすことはできましたよ。 ったく、無駄に魔力を浪費させないで欲しいな」
「君だってそうするだろ?」
「否定はしない」
形こそ違えど、結局のところ魔人族も人族も『亡霊鬼』も部下の管理体制はほとんど同一なのである。
ちなみに、ガバルドにもこれと似たような魔術が仕掛けられていた。
それをいつ剝いだのかは秘密である。
「さてはて、考えるのは終わった?」
「……『誓約』は消えないのかい?」
「ああ、大丈夫。 多分お前への『否定』の魔術範囲を除外しても周囲の影響はそのままだと受ける。 だから消えちゃうね」
「問題しかないじゃんか」
確かに、正論だ。
しかしながらそれは無策のままでは。
「安心せい。 押し寄せる影響力への中和への手筈は済んでいる」
「……本当かい?」
「別に信じなくてもいいけど、その場合この国誇張抜きに燃えるよ? もちろん、お前もな」
「――――」
葛藤するアンセルへ一言忠言する。
最初のループの際に俺が得た『ループ』の魔術は魂と記憶に焼き付けられていたので、必然今この瞬間でも発動可能である。
動力源に関しても、戒杖刀に宿った魔力は既に別の容器に移してある。
ちなみにそれを成したのはヴィルストさんである。
ルシファルス家当主様様である。
さて、閑話休題。
「――火の海の餌食になるか、それとも文字通りやり直すか。 魔人族の未来はお前に委ねられたぞ? このままじゃ、お前の信条はガラクタ同然になるぞ?」
「……意地悪な言い方をするね」
「生憎、こういう性でね」
「納得だ」
魔王は苦々しい表情で苦笑しながら、「はあ」と重苦しい溜息を吐き出す。
「――私は、多を優先し少を切り捨てる」
「――――」
「だが、このままでは確実に私がこれまで優先してきた多へさえ爆炎が牙を剥く。 それだけは、王として避けなければならない」
「忌々しき人族に寄り縋っても、かい?」
「――。 君は、本当に意地悪だね」
「それは常套句だ」
俺の記憶だと、かつて対峙してきた相手の大半が鬼畜外道と俺のことを称した気がするが、別に傷心もしない。
この世において最も不幸なのが何もできず、ただただ蹲って終焉を迎えてしまうことと俺は考えている。
その最悪に比べれば、その程度の悪罵逆に愛嬌さえも感じられてしまう。
「私の意見が、魔人族の未来を左右するのならば、そこに私情など加えてはならない。 そのような者、王となる資格などないのだから」
「同歩だ」
「なら――自分を押し殺してでも、垂らされた糸を辿って地獄から抜け出すしか私に選択肢なんてないよ」
「ほう」
「そもそも、戦力的に『傲慢の英雄』を欠いた状態で『老龍』へ挑むなど無謀もいいところだ。 言葉だけで悪かったね」
「ハッ。 吹っ切れたな」
開き直ったかのように猛獣を彷彿とさせるような猛々しい笑みを浮かべる魔王に目を細める。
流石王、思考はそれ相応に柔軟か。
最悪関係が悪化したとしても『誓約』という要素が存在する以上あちらかが裏切ることはないのだろう。
「――魔王、理由なんてどうでもいいからさっさと俺の手に縋れ」
ライムちゃんは空気を読んで魔王を雁字搦めにしていた鎖を消失させる。
ちなみに色々とデバフも課しているので仮に反逆を企てようとしていてもガバルドでも容易に迎撃できるだろう。
無論、それは彼も重々承知している。
逃亡も不可能。
その状況下で俺は微笑と共に手を差し出し――、
「あっ」
刹那、その腕が漆黒の影によって喰い尽くされていた。
激痛。
脳内信号が突如として生じていった空白に過剰に反応していき、おぞましい鈍痛が俺を支配していく。
それこそ常人ならば発狂しても可笑しくはない激痛。
流石に俺でも生身でこれを耐えるのは無理だな。
危険信号が感じられなくなると色々と不都合が生じてしまうけど、今ここで立ち回りを間違えればこれまでの策が水の泡だ。
清濁に拘る暇はないな。
「――『天衣無縫』」
即座に痛覚という概念を消去。
それによって今この刹那まで全身を巡っていた耐え難い苦痛が最初から存在していなかったように消失する。
それを確認しながら抜刀。
(先刻の影……まあ、来ちゃうよな)
俺は、ため息交じりに突如として神聖なる約定を穢した不埒者――『厄龍』ルインを睥睨していく。
「ったく、なんでこのタイミングで来ちゃうのかな?」
「失礼。 場違いだったかな?」
莫大な鬼気を無作為に、というか無意識的に周囲へ振りまく冒涜者へ俺は悪態を吐くが、もちろんそんな悪罵になびかない。
この程度に影響されるのならとっくの昔に怨嗟で狂ってるよなあ。
「ああ――本当に場違いだから、今すぐ消えちまいな」
「――それは断る」
そして、突如として魔王城の頂点へ侵入していった『厄龍』ルインは薄気味の悪い嘲笑を浮かべていった。




