『魔王』アンセル・レグルス
トイレ入った瞬間考案されたシチュエーションです
「――さて」
「――――」
轟音が轟く魔王城に、我ながら場違いにも冷静かつ、どこか飄々とした底抜けな声音が響き渡った。
俺はジッと玉座でふんぞり返っている『王』を一瞥しながら、媚びるような笑みを浮かべて告げる。
「――状況は、否応無しに理解できたようだな」
「流石に、ね。 この状況で否定できるほど私は図太くない」
「アッハッハ、王様には何事にも動じない無神経さだって必須だよ?」
「生憎、私は君のように非情にはなり切れない」
「それでもそれでも必要とあらば声を張り上げ、大切な大切な部下すらも皆殺しにしてしまう。 矛盾って言葉の体現だね」
「よく言われるよ」
「だろうな」
眼前、王の威厳を無作為に放つ『王』を見据える。
俺はからからと空虚な笑みを浮かべながら、「ぐげっ」と奇怪なオブジェクトのように歪んだ騎士を足蹴にする。
「――改めて、初めまして。 『魔王』アンセル・レグルス」
「――――」
柔らかく、それでいで鋭利な刃物を思わせる眼光で俺を射抜きながら、『魔王』は王室の惨状を再度眺める。
王室には雪崩のように押し寄せた護衛たちの一切合切が拒絶し、醜態を晒しながら倒れ伏している。
もちろん犯人は俺である。
「……部外者は立ち入り禁止なのだけどね」
「『核』なら沙織がメイルの救出前に壊したさ。 おかげでこの通り俺も健在っスよ。 いやー、やっぱ沙織はマイエンジェル!」
「……阿呆なことを言うな、スズシロ」
「サオリ? ダレ、ソノオンナ?」
片方で刺客たちを軒並みに張り倒した王国が誇る『英雄』と、かつての『賢者』を眺めながら物思いにふける。
というかライムちゃん黒いオーラださないで。
この俺でも鳥肌が立つとかどんだけだよ。
もちろん、こんな時は常套句を。
「――ただの友達さっ」
「それ浮気男の決まり文句ッ」
ご名答である。
通常ならば「ふざけているの?」と真顔で迫られるような戯れ言であるが――しかしながら、ウチの妹は普通などではなかった。
「――お兄ちゃんこそが真理だよねっ。 友達なら私の方が特別わね」
「おかしいだろこいつ!?」
おかしいからこそヤンデレと畏怖されるのである。
ガバルド、貴様の認識はまだまだ甘い……!
「……はあ。 もう少し緊張感をね」
「お前こそもうちょっと慌てて醜態晒せよ。 ――まあ、『傲慢の英雄』さえも上回る猛者ならその反応も納得だけど」
「――――」
――『魔王』アンセル・レグルス
その全貌は機密故にほとんどがベールに包まれており、ただ唯一明確なのはその敏腕によって魔人国は大いなる繫栄を遂げたということだけ。
――多分、というか絶対奴俺より強いぞ
レギウルスが本当に珍しく畏怖の感情を表明しながらそう宣言する。
『傲慢の英雄』レギウルス・メイカの実力は名実ともに傭兵ナンバーワン――しかしながら、魔人国の頂点に君臨しているワケではないのだ。
その信じがたい事実を思い出しながら、俺は魔王へカマをかける。
「なんでも、レギウルスを直々に叩きのして傭兵に入団させたとか」
「ああ、それは懐かしい思い出だね。 彼程の人材は本当に稀少だ。 脱そ――もとい、散歩していた時偶然拝見した時は運命を感じたよ」
「魔王サマって実は自由奔放?」
脱走する魔王とかマジで何者やねん。
「こんな立場だからね」
「説明になってねえぞー」
魔王はニコニコと鋭さを孕んだ微笑みを浮かべつつ、目を細めながら俺たちに心底不思議そうに問いかける。
「――それで、君たちは何故ここに?」
「――?」
「いや、こいつ何言ってんだ……とばかりに首を傾げられてもね。 というかそれは私がやりたい心境だよ」
何って分からない筈が……ああ、そういえばそうか。
口調がやけに似ているからあやふやになってしまうなと思いつつ、俺は「なんでもない」とおざなりに誤魔化す。
「――俺の目的は人族と魔人族の和平だ」
「無理だね」
「……一刀両断! 傷ついたー、俺すっごく傷つきましたー! 慰謝料に金銀財宝ちょうだーい!」
「うぜぇ」
「我が兄ながらうざいわね」
いう程うざいだろうか。
意図してこのようなスタイルをとっているとはいえ、それはそれで傷心してしまう。
それはともかく。
「――正気かい?」
「もちろん」
「成程。 キチ●イかい」
「ロリコンの間違いだろ」
仲間のフォローに涙が止まらない。
「まあ、問題点は俺も理解している。 ――六百年だ。 これだけの歳月で積み重なってきた遺恨を、そう簡単に取り除けないよな」
「そういうことだよ」
「うん、だよね」
その点は否応なしに理解している。
六百年。
これだけの年月、人族と魔人族は互いに莫大な屍の山を築き上げてしまったのだ。
故に、それが容易に取り除かれるとは到底思えなかった。
だがしかし、それは一昔前の話だ。
「――『亡霊鬼』」
「――――」
「この名に、聞き覚えは?」
「――――」
押し黙るアンセルへ俺は容赦なく畳みかける。
「知らないわけないよな? お前さんの諜報機関は優秀だ。 王国の内情なんて容易に理解できるだろう。 ――故に、『亡霊鬼』も知っているよな?」
「知っていると、言ったら?」
「前提が一つ確認できて俺が喜ぶ」
「気持ち悪くて醜悪なお前が幾ら喜んだところで世界が喝采することは未来永劫有り得ないだろうな」
「君達って本当に辛辣だよね」
一応これでも平均以上の容姿は兼ね揃えているという自負があるというのに。
彼らは人の繊細な部分に踏み入れることに躊躇や忌避感を憶えないのだろうかと疑問が沸く(ブーメランである)。
そして俺は持ち合わせる手札の中でいまこの場においてもっとも有効となる切り札を提示する。
「――『老龍』が、解放された」
うっす




