――黙れ
今更だけどカゲロウデイズ最高過ぎですね!
個人的には「夕景イエスタデイ」と「アウターサイエンスト」がお好みです。
やっぱりエモいっスね、カゲプロ
「――ぁ」
「――――」
――気持ちが悪い
唐突かつ強大な刺激に神経が狂いだし、今までの修羅場で培ってきたアラームが精一杯警鐘を鳴らしている。
死ぬ。
そう自覚した瞬間押し寄せる恐怖は余りにも膨大だった。
「――――」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
おそらくこの場に揃う人々の中で最も『死』という概念を忌み嫌った少女は、文字通り血反吐をぶちまけながら崩れ落ちる。
本来ならば即座に治癒魔法をかけるのが最善なのだろう。
しかしながら何の前触れもなく訪れてしまったイレギュラーな恐怖に魂が戸惑い、かじかんでしまう。
死ぬのか?
もう?
こんなにも早く?
そんなもの――到底許容できない。
だが、その反面心の片隅でそれを受け入れていた自分が居た。
きっと、魂の奥底ではこの冷酷な結末を望んでいたんだと、そう漠然と悟りながら不意に足音が木霊する。
「――おや、まだ生きていましたか。 お互いタフですね」
「――ぅ」
「安心してください。 今楽にしますよ」
突如として背後に現れたのは筋骨隆々の大男。
その瞳には溢れ出さんばかりの知性が刻み込んであり、同時にカメンを冷淡と射抜くその眼差しは悪魔を彷彿とさせた。
そして悪魔――ビルドはスタスタと倒れ伏すカメンへ歩み寄る。
「いやー、それにしても滑稽滑稽」
「――――」
「まさかジューズを私の同類と勘違いするとは。 やはり総じてあの狼に宿った器はアレに影響されて阿呆なのですかね」
「――ぁ」
「ああ、答えなくてもいいですよ。 単純に自己満足ですし」
「――――」
文字通りその体を液体・個体・気体を弄びながら悠々と迫りくる濃密な『死』の気配に怖気が止まらない。
だが、魔族軍幹部なんていう大層な立場のカメンは、今やただただ死に怯えるか弱い少女でしかない。
なにせ、元々その少女はそういう性である。
「そろそろ毒で意識が朦朧としてくるでしょう。 段々と痛覚が無くなって、次は意識ですよ」
「……なんで」
「ん?」
刺し貫かれた片手剣に塗りためられた劇毒が巡り、呂律さえも回らなる。
そんなカメンを心底哀れむような――いっそ殺してしまいそうなほど憎たらしい眼差しで眺めたビルドは饒舌に語る。
「貴女の推察は大外れ。 ――『管理者』は私ですよ」
「――――」
「そもそも彼女では役者不足です。 彼女の領分は血を血で洗うような戦場です。 そんな彼女に『管理者』なんて勤まるはずがないでしょう?」
「――ぁ」
「私が色々根回ししたとはいえ、いっそ哀れな程掌の上で踊ってくれますね。 ――本当に、哀れだ」
「――黙れ」
「――?」
哀れ?
気の毒?
可哀想?
――反吐が出る。
その言葉が、最もカメンが――一人の少女が忌み嫌うモノである。
死を意識すた瞬間放浪していった意識だったが、虫唾が走る忌々しき言葉を聞いた瞬間魂が沸騰したかのような錯覚を覚える。
感情のままに暴れ出したいというのが本音であるが、このかじかんだ体ではその程度の癇癪でさえ許してくれそうにもないらしい。
ならば――、
「――『聖典』」
「――――」
カメンが言葉を紡いだ直後、華奢な少女を仄かな青白い陽光が覆う。
その途端濁り切っていたカメンの血流が澄みきる。
それに呼応して朦朧としていた意識が浮上し、寝起きのような不可思議な倦怠感と共に、起き上がる。
倒れている暇なんてない。
横になるのはまだまだ後の話だ。
「――先刻の言葉を訂正するのなら今の内だよ?」
「哀れだから哀れだと言った? それの何が問題なのでしょうか? 私の不出来な頭では到底理解できませんね」
「……度し難い」
互いに互いを理解のできぬ怪物のように認識し――刹那、爆炎と水流が吹き荒れる。
「――『紅蓮の華』」
「――『気化』」
液体と超高熱の爆炎は余りにも相性が悪い。
ならばいっそのこと開き直り、ビルドは己を気体状に改変し、そうして爆炎を実質無効化していく。
そして薄暗い廊下の上部を飛び舞ったビルドは、懐から劇毒を取り出し、触れる部分だけを『気化
』を解いて握る。
この劇毒はあの『老龍』から採取したモノ。
故に、必然的に直撃すれば死は免れないのだろう。
それに触れただけで一瞬で皮膚が腐食、だけに留まらず骨髄さえも削り取ってしまう劇毒が周囲へ無作為にぶちまけられる。
だがしかし、前述のとおり烈火と液体は余りにも相性が悪い過ぎる。
「――『龍の吐息』」
「――ッッ‼」
詠唱。
刹那、カメンの華奢な掌から龍を彷彿とさせる――否、本家すらも上回るような業火の嵐が吹き荒れる。
無論、それに沸点100度の液体が耐えきれる筈がない。
一瞬で蒸発し、気体となった劇毒は空気よりも密度が小さいからなのか上空――ビルドが佇む方へ吹く。
液状から気体へ形状を強引に変革されてしまったが故に爆発的に体積が増大していったその劇毒の雨を回避するのは到底不可能。
故に、結果は必然。
「あがぁぁああッッ」
体中に巡った劇毒が存分に猛威を振るい、悶え苦しむビルドを冷たく見上げるカメンが滔々と告げる。
「それが、レギウルスとメイルの苦しみだよ。 ――存分に、味わって」
「ぁあっ、ぁがっ」
未だかつて感じたことのない激痛に悶絶するビルドへ、容赦情けなく大鎌を振るう。
その大鎌にはいつのまにたらどこまでも色鮮やかな紅の烈火が纏われており、世界を陽炎のように揺らめかせる。
「――『赫炎』。 全部、消えちゃって」
「――ぁ」
莫大な殺意と共にカメンは低く踏み込み、そして上空へと跳躍する。
――死ぬ
そのおぞましい気配が体の活力を否応なしに活性化させ、そして人を無我夢中にするのはこの世に生きる生物全員の特権。
決してカメンだけの専売特許ではないのだ。
そしてそれを履き違えた代償は、高くつく。
「――『魔化』」
「なっ――」
――バクッ
そんな擬音が似合いそうなほどにいっそ軽快に、異形の怪物と化したビルドが華奢な少女を吞みこんでいった。




