――汝獰猛なる獣よ
どうでもよくないんですけど七章の文量が六十万文字から七十万に格上げされた件について。
今この時点でも五十万文字超えてるのにこれ以上増やさないでくれよと自分自身に涙目になったりしています。
早く八章やりたかったのに……
――それは哄笑だ
「――――」
本来獲得していた知性や理性を躊躇することなく投げ捨てていった、醜悪極まりなく滑稽なことこの上ない、哄笑。
その得体の知れない狂気に身震いしてしまう。
狂気と隣り合わせのレギウルスでさえ震え上がるような狂乱。
それに戦慄しつつ、レギウルスは静かに紅血刀を構える。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハッハハハハハハハハハハッ」
「――。 うっせぇな」
近所迷惑だろ、と悪態を吐きながらも無意識的に後ずさる。
それになんら恥じらいも覚えないし逆に誇りまで生じてしまう。
きっと、それは後ずさってしまったことが生物として至極当然のことだったからなのかもしれない。
――そしてレギウルスは、本物の狂気と対峙する。
「――――」
「スライム、か……? にしてはやけにどくどくしいな」
巨大な影がレギウルスを覆い尽くす。
その影を作り出した主の姿形は、今もなおレギウルスの腸を鋭利な切っ先で弄ぶ醜悪な異形よりおもなおおぞましい品物であった。
なにより、その内面からにじみでてどう足掻いても隠し通せない圧倒的な狂気こそ、『傲慢の英雄』を震わせる最もたる理由だ。
しかもそのスライムモドキから溢れ出す覇気はつい先刻までのビルドとは明らかに一線を画っしていて。
「クソッ。 最悪『獣化』も視野に入れといた方がよさそうだな」
「――――」
「何言ってるのか分からねー」
「――――」
先刻の異形とはまた違った独自の言語を解するビルドの慣れの果てを憐憫の眼差しで見据えながら、レギウルスは嘆息する。
体力は十分、血液のストックもまた然り。
それならば十分、勝機はある。
「――――ッッ‼」
「うっせぇなあ」
魔王城どころか魔人国の果てにまで轟いていても可笑しくはない声量で醜悪な方向が響き渡っていた。
それが放つ威圧感が尋常ではない。
だが――、
「そろそろ、メイルには母さんの姿ぐらい見せてやらねぇとなあ」
「――――」
そう、結局のところレギウルス・メイカの思考が行きつく帰路はいつだってそれだ。
いつでも隣にいて、いつまでも隣にいて欲しい女の子。
きっと自分は、もうそんな彼女がどうしようもないほど――、
「――いけないな。 こういうのは死亡フラグっていうんだっけ」
「――――」
「そうかそうか。 ――なら、俺も本気出さないとな」
瞬間、大地が揺れる。
否、それはあくまでそう感じれ要るに過ぎない。
世界がその波動に喝采し、渦巻く莫大なエネルギーはどこまでも猛々しく。
「――汝、獰猛なる獣よ」
「――――」
「――忘れろ、この刹那だけは、一切合切を」
竜巻と見間違えてしまいそうないっそのことおぞましい程のエネルギーが爆炎のように揺らめき、陽炎のように視覚を狂わす。
やがてその波動に耐え切れず頑強な床が盛大に砕け散り、それが刻一刻と拡散していく。
そしてレギウルスは半ば獣と化したその容貌を以て異形の化け物を睥睨し、凄惨な笑みを浮かべる。
「比べっこしようぜ。 三分間お前が生きてたら、それでお前の勝ちだ。 ――殺す」
「―――ッッ‼」
研ぎ澄まされた殺意が渦巻き、猛々しい方向はどこまでも木霊していったのだった。
――轟音だけが、世界を支配していた。
「――――」
「――――」
レギウルスが一歩踏み込む度に頑強な魔王城を形成する強靭な壁が破砕し、盛大に砕け散っていく。
隕石のような瓦礫が崩れ落ち、レギウルスが何らかの動作をする度に魔王城はまた一歩崩壊へと足並み揃えていく。
「ハァアッ‼」
「――――」
体に染みついて離れない、いっそ吐き気がする程の月日を鍛錬に費やしてきたその男が振るう刃はどこまでも鋭い。
本来ならば龍さえも一瞬で影すら残さず両断してしまう致死の一撃であったが、しかしながらその点対峙するスライムモドキも十分以上だ。
レギウルスの短剣が振るわれるたびにその体が飛散するが、しかしながらそれも瞬きすら満たない程短時間で治癒・修復されてしまう。
そしてスライムモドキを床を軋ませながらその触腕を遺憾なく振るう。
レイドは射出された触腕をいとも容易く回避するが――、
「――っ」
「――――」
直後、触腕が破裂する。
風船でも割ったかのような破裂音と共に毒々しい液体が弾けとんだ。
あの水滴に触れれば面倒以上の事態が巻き起こるのは確か。
しかしながら雨を躱せという無理難題を一体どうやってレギウルスが解決できるのやら――しかしながらそれは少し前の話だ。
獣となった『傲慢の英雄』は俊敏な動作で後退――ではなく思いっきり前進し、スライムモドキの懐に潜り込む。
それによって見事に飛散する飛沫の一切合切を回避し、そのままスライムモドキの『核』を盾に割れた瞳孔が捉える。
事情は不明だが、ビルドは何らかの手段を用いて異形――つまること、魔獣へと変貌を遂げていったのだ。
ならば必然、彼にも『核』というべきモノは存在するはず。
「――――」
「――ッッ‼」
荒れ狂うスライムモドキとは対照的にどこか冷めたレギウルスは、そのままジッと飛び舞い迫りくる触腕を躱しながら目を凝らす。
見定めろ、奴のエネルギーの中心――『核』を。
探して、探して、探して。
ジッと冷徹な眼差しでスライムモドキを凝視し――直後、大きく目を見開く。
「――そこか」
「――――」
一瞬、何かが煌めいた気がした。
それが何なのかは今の覚束ない脳味噌じゃ判別できないし、そもそもそんなどうでもいいことを理解する必要もない。
――今この瞬間世界から消え去る存在の、一体何を知ればいいというのか。
「――――」
「――ッッ」
直後、突進。
後先考えずに猪突猛進に獣と成り果てたレギウルスは、その身が劇毒で融解されるのも厭わず、前へ、前へ。
体から白煙が入り乱れ、己の命への頓着さえも捨て去った正真正銘の獣の終着点はいつもたった一つ。
「――見つけたぞォ」
「――――」
ようやく、ようやく辿りついた。
獰猛に紅血刀を振り回していた最中――妙な手ごたえが。
ついにスライムモドキの命の核心、それを突いたのだ。
ならば今この刹那レギウルスがとるべき行動はたった一つ。
「とっとと消えてしまえ――‼」
「――――」
――きっと、彼は微笑んでいたのではないか
そんな心底下らない空虚な妄想と共に、かつてビルドと言う男だったスライムモドキが完膚無きままに崩れ落ちた。




