奇襲と売女
下品な容疑が続出します。
そういうのが苦手な方は注意。 逆に興奮してしまう業が深い人は全裸待機で。
「――――」
かつては豪華絢爛という四字熟語を体現していた廊下は、かつての煌びやかさは鳴りを潜め照明も切られている。
視界を封じるためか、はたまた精神的効果でも狙っているのか。
いずれにしろ、お粗末な罠だと吐き捨てる他ない。
「今更こんな暗闇どうってこともないのだ」
メイルが苦手とするのは煌びやかなモノ。
しかしながら逆説的にそれ以外のモノにはある程度の耐性があるということだ。
そもそもメイルは孤児故に劣悪な環境に否応なしに耐えうる肉体となっているので、この程度の罠――否、嫌がらせは何の効力も発揮しないだろう。
「――――」
(妙だな……)
廊下を駆けるメイルは生じる違和感に眉を顰める。
おそらく既に魔王はメイルたちの目的に気が付いている筈。
そうでなければ、何故、待ち伏せなどできようか。
「内通者、ね……」
憎たらしいニンゲンが憂慮した可能性は、徐々に現実味を帯びるその実感に歯噛みする。
当初は、眉唾話だと切って捨てていた。
しかしながら様々な事象が相まって、更にこのあまりに不自然な待ち伏せが決め手となって疑念が確信へと昇華される。
『核』についての概要を話したのは幹部連中とガバルド、そしてあのニンゲンの妹である。
盗聴はライムとかいう忌々しきニンゲンの妹が防止する魔術を展開しているのは言うまでもなく理解できていた。
つまり、『核』の件が外部に伝わることは有り得ないのだ。
――自分たちの中に内通者がいなければの話だが
(レギは有り得ない……というか疑いたくない。 後は……ほぼ全員が容疑者なのだ)
愛おしい幼馴染を除けば容疑者は幾らでも沸いて出る。
そもそもの話これを考え出した奴こそが黒幕――、
「――っ」
「ふむ。 これを躱しますか」
熟考していた最中、突如として脳内にけたましく警鐘が鳴り響き、深紅のアラームが煌めく光景が幻視できる。
理屈も、根拠もない。
メイルはただただ本能と吠える魂に従って土下座する勢いで盛大に屈んだ。
刹那、その判断が間違いなどではないと深々と切り刻まれた床が証明していた。
「――――」
猛烈な勢いで虚空が切り刻まれ、それによって生じた爆風ともいえる風圧がメイルを弾き飛ばしていく。
流麗な動作で受け身ととったメイルは、剣呑な眼差しで襲撃者を睥睨する。
「お前は……」
「諜報機関の者ですよ。 面識は……そういえば、無かったですね」
「――――」
諜報機関。
なにも、魔人軍に雇われた人員の全員が傭兵なんていう野蛮な類ではなく、暗殺などに長けた者は諜報機関へ所属するらしい。
明言できないのは野蛮な傭兵故に諜報関連には詳しくないから。
その美女からは巧みに隠蔽された肌を刺すような殺意と、そして幹部連中と勝るとも劣らない覇気が放たれる。
明らかに、手練れ。
油断も慢心もなく、静かに戦意と研ぎ澄ます。
それでいてメイルの意識は一瞬たりとも突如として現れた美女から離れておらず、いつ奇襲されても対応できるようにしっかりと構えられている。
「初めまして、ですね」
「――――」
妖艶に微笑む美女からは同性であるメイルからしてもくらくらしてしまう程の色気が醸し出されており、故にその雰囲気が先刻の一撃とかみ合わない。
そんなメイルの疑念に目聡く気が付いたのか、目を細める美女。
「色仕掛けも、それなりに重宝するんですよ?」
「――。 売女が」
「ありがとう。 それは誉め言葉ですよ」
「ハッ」
ある程度予想していた回答ながらも、しかしながらどうしてもその響きに嫌悪感をあらわにしてしまう。
売女ならば、今までメイルも目が腐る程見てきた。
偏見なのかもしれないが、その大半の性根はどこまでも腐りきっているように見えて、それがどうしても嫌悪感を催促する。
別に、それが悪いとは思わない。
貧民街に生きる者として、それを否定こそしない。
生きる。
生物として享受されるその権利がどれだけ大切でかけがえのないモノなのか、否応なしに理解している筈だ。
だが、それでも侮蔑の眼差しを向けてしまうのは彼女らのそのあり方か。
彼女らと、メイルは決して相容れない。
それはこの場においても変動しない事実であった。
「あらあら……ぞくぞくしちゃいますね」
「ハッ」
暗闇でもその美女の肌が上気しほんのりと赤く染まっている光景が理解でき、吐き気に催促されることとなる。
「いえ、失敬。 たまにはそういう輩も居ましてね。 もう癖になっちゃってますね」
「売女な上にマゾ気質……度し難いな」
「別に私の任務の一切合切がそういうモノとは一言も言ってはいないのですがね。 ただ単にそういう類のモノが多いだけで」
「同じことなのだ」
「あらあら」
鋭い剣幕で睥睨するメイルを、大人の貫禄故か特に癇癪を起すこともなく、いっそ愉快げに目を細める。
(武器は……妙な形状の片手剣だな)
暗闇に目を凝らして美女の手元を探ると、そこには片手剣にしては中途半端に刀身が長く、また柄の部分に装飾らしきモノが装着された片手剣が握られていた。
既存のタイプとは全く異なるモノであることは確かか。
警戒するにこしたことはないだろう。
(逃走は……不可能か)
別にメイルの目的は殲滅などではなく、『核』の破壊。
それが可能ならばさっさと逃亡するのもまた良かっただろう。
しかしながら、この得体の知れない美女がその暇を果たしてメイルに与えるかどうか実に疑問である。
「逃がしてくれはしないだろう?」
「もちろん、至極当然ですよね」
「だろうね。 全く、本当に面倒なのだ……」
「おやおや。 怠けたいのならばお手伝いしましょうか? 呼吸すらも不要になりますが、どうします?」
「慎んでお断りするのだ、売女」
「だから、私にとってその言葉は誉め言葉ですって」
「ハッ」
美女の妄言を鼻で嗤い、メイルは一瞬全神経を研ぎ澄まし、それと同時に理性を以て押さえつけた本能を遺憾なく解放する。
「――『龍化』」
「あらあら。 警戒しているのですね」
「度し難い事ながら、ね」
華奢な掌には鉄材ですら豆腐のように切り裂いてしまいそうな鋭利な大爪が生え渡っており、これながら美女を容易に断絶できるだろう。
身体能力も魔力を巡らせ底上げし、万全の状態へ。
「最近、ほとんど活躍できていなかったのだ。 ――そろそろ、本気を出すぞ、売女」
「売女ではなく、メリッサですよ。 お嬢さん」
「戯言を」
そしてメイルは、極限まで強化された脚力を以て床が陥没する勢いで猛烈な殺気と共に美女――メリッサへと肉薄していった。




