増援→×
作者の悪意
「――――」
「流石は『英雄』……。 家庭料理ですら完璧か」
ソファーに横になりながら恐ろしく鮮やかな手並みで三ツ星シェフ顔負けのオムライスを量産し続けるガバルドを眺める。
この男、ご覧のとおり料理まで完璧な中年なのだ。
彼が無造作に作り上げる香ばしいオムライスはその匂いだけで涎が垂れてしまいそうなほど魅力的なモノであった。
だがしかし、彼がこれほどまでの手腕を存分に発揮できるようになった経緯を知る一介の騎士(?)としては複雑な心境にならざるを得ない。
「それも帝王仕込みか……」
「!? 何故それをっ」
「あー。 ガバルド、紐無しバンジージャンプに興味はないだろうか」
「ばんじーなんとかなるモノは知らんが、確実にお前の悪意がひしめいていることだけは否応なしに理解できる」
「安心して! ちゃんと死ぬから!」
「ハッ」
今日も人生勝ち組がたまらなく憎たらしい日々です。
しかしながらそろそろこの惰眠を精一杯謳歌する生活も飽きてきたな。
「ったく、レギウルスのヤツ遅ぇな。 裏切ったか?」
「もうちょっと信じてやれよ」
「……そっちの方じゃないんだけどな」
「? 何か言ったか?」
「何でもねぇよ」
無為に警戒させるのは得策ではない。
それは相手がそれなりに信用できる輩であろうとも不変だ。
ふわあ~、とだらしない欠伸を盛大にかまし、眉を顰めるガバルドが騎士あるまじき態度に注意を促そうとする。
『――――』
「――ッ」
直後、脳内に砂嵐が何の前触れもなく生じる。
唐突に発生した耳触りの悪い雑音だが、何と無しにその原因が漠然と理解できた俺は少々冷や汗を流しながらそれを起動する。
「あー、メイルか?」
『――! ニンゲンっ』
「だからアキラだっつうの。 それで、何か要件でも?」
やはり、メイルか。
念話に雑音が入り乱れているのは遠距離故であろう。
目を細め、端的に問う俺の鼓膜を平淡な声色でいながらも切迫した状況であると容易に判断できる調子でメイルが吠える。
『端的に言う! ――「核」が見つかったのだ!』
「――。 ほう」
脳内に直接響き渡る怒声とは別の要因で目を細める俺へ、畳みかけるようにメイルは現状を怒声交じりに報告した。
「それで、報告したいのはそれだけ?」
『違うのだ、今はそんなこと些事なのだ! ――襲撃された!』
「――――」
襲撃。
定義にもよるが、時系列的に罠にでもかかったのかと推察する。
確かにそれならばメイルのこの慌てようにも納得だ。
『おそらく采配は魔王様なのだ。 今のところ刺客は魔族軍幹部のビルドだけなのだが、あれ全部とは限らない』
「……増援が必要か?」
『話が早くて助かるのだ!』
「でもなあ……まだ結界は健在だし。 そもそも俺たちニンゲンが侵入できないから『核』の破壊を頼んじゃわけじゃん」
『――――』
この場でレギウルスという優秀な手駒を失うのは中々に痛手だが、しかしながら現状俺自身にはそれから抗う術がない。
そう、俺自身には。
「だがまあ、手段がないワケじゃない」
『? どういう意味なのだ……?』
「やたらと警備が多い時点でこの可能性は見えていたんだ。 当然、対策もしてある。 俺がこの世のどんな奴よりも信頼して、なおかつ正式な手順で魔王城に足を踏み入れることができる人物が、一名居る」
『――――』
「――借り一つ、だぞ」
『……まるで悪魔と契約でも結んだような気分なのだ』
心なしか苦虫を噛み潰したような声色である。
そんな釈然としないメイルの態度にちょっとばかり傷心してみたり。
「お前は『核』を破壊しろ。 座標は分かるんだろ?」
『もちろんなのだ』
「じゃあ話は早い。 お前がやることはあんまり変わらねぇよ。 現状大人しく降伏したってどうなるか分からないんだ。 今以上の機会はもう恵まれないぞ」
『――――』
「俺は俺で重い腰を上げる。 後はお前たちの健闘をお祈りしてやるよ。 精々頑張れ」
『……了解、なのだ』
了承の意思が手短に伝えられるのと同時に脳内を支配していた雑音が消え去る。
「聞いたね、ガバルド、ライムちゃん」
今回俺は少々『念話』の術式を弄って周囲に拡声されるように仕組んである。
必然、彼らにも話の概要は伝わっただろう。
ガバルドは律儀にも火を止め、腰に鋭利な片手剣を装備しながらもどこか不貞腐れたような表情Ⅾえぼやく。
「ああ……ったく、どうせならオムレツ食ってから戦場に向かいたかったぜ」
「それに関しては同感の意思を表明するわ」
まあ確かに認め難いがガバルドのオムレツかつてないほど美味だからね。
「はいはい。 皆とっとと準備を済ませてねー。 一刻を争う事態だから」
「……だらしくなく寝っ転がりながらそんなことを言われてもなあ……」
「些細なことだ。 気にするな」
「気になるわ」
落ち着きがない同僚をもつと苦労するなとしみじみと実感した瞬間である。
「ライムちゃん、魔力は?」
「お兄ちゃんが隣にいてくれたら干からびたって魔法をドンパチ撃ち続けるわ」
答えになっていないと思えるのは気のせいだろうか。
若干妹の言動に一抹の不安を感じつつ、俺はアイテムボックスから馴染み深くない鉄刀を片手に啖呵を切る。
「んじゃさっさと行きますか――魔王城に」
「――奴らは?」
「そろそろ連絡が付き、行動を開始する頃合いかと」
「そうだね……さて、どうしたものか」
「――――」
「それで、戦局は?」
「8番は逃走、14番はビルド殿と接敵しております」
「ふむ……『傲慢の英雄』の名は伊達ではない。 幾らビルドとはいえ容易に突破できるほど生易しくはない、か」
「――――」
「彼には加勢を。 キミは八番を頼むよ」
「承知しました」
「され……彼はどう動く?」




