宝物庫
その門は神話の一幕と言われても納得できるほど重厚で壮大な独特の雰囲気を醸し出しているのがよく分かる。
「――許可書なのだ」
「拝見します」
数秒食い入るように目を凝らし、おそらく『探知』系魔術でも使ったのか門番の周囲に微かに魔力が溢れ出す。
だがハリボテではないと理解したのか、「失礼」と一言謝罪すると共に軽く頭を下げ、許可書を返却する。
「では、どうぞ」
「うむ。 感謝するのだ」
軽く頭を下げ、メイルは傍らのレギウルスと共に魔王城へ再度足を踏み入れる。
「……やっぱ戸惑っちまうよなあ」
「それに関しては同意するのだ」
かつてこの魔王城で厳しい裁判を受けた者としてはどうも複雑な心境で二人は魔王城を彷徨ている。
――『結界』の核の破壊。 これがお前たちに課せられた厳命ね~
そう軽く告げられたのはまだ新しい思い出である。
どうもこの魔王城を守護する結界はそれを展開する『核』を中心にどこまでも広がっているらしく、アキラの『天衣無縫』であっても魔力が尽きて確実に時間切れになってしまうだろう。
だからこそ派遣されたのがレギウルスとメイルであった。
幸いこの二人は既に魔王城へに許可状を得ている。
これならば堂々と『核』を探し出すことは容易だろう。
現状魔王城へ侵入できないアキラたちに代わってレギウルスとメイルの役割はその結界の破壊である。
しかし、問題が一つ――、
「ったく、『核』って一体全体どこにあるんだよ……」
「――――」
レギウルスと、メイルへ課せられた任務は、ニンゲンの侵入を拒む結界の『核』の破砕なのである。
だがしかし、それにしろその『核』の所在地が定かでなければその密命を成し遂げるのは不可能だろう。
そして幾ら幹部であるレギウルスとはいえ、魔王城でも特に重要な機関である結界の『核』の地点は既知の情報ではない。
そうした理由からレギウルスとメイルはここ数日七転八倒していたのだった。
「そっちの成果は?」
「無しなのだ。 色々と探ってみたのだが、誰も知らないのだ」
「……誰かに聞いてのか?」
「――――」
今回の任務は極秘であり、その存在を他者に垣間見せ、不用意に警戒させるのは愚策中の愚策なのである。
それを何故メイルは――、
「安心するのだ。 あくまでさりがなく、それに核心は突いていないのだ」
「ああ、それなら安心したわ」
「まあ、それでも全く成果が出なかったのだがな」
「……そいつはご愁傷様で」
「――――」
やはり、このままでは『核』の所在地を推し量ることは到底不可能であることは容易に察することができる。
数日とはいえこの調査が実に不毛というのは否応なしに理解できた。
ならば――、
「――方法を変えるのだ」
「同意見だな」
この手段でどれだけの歳月をかけようとも何の成果を得られんない気がする。
ならば今度は手段を変え、条件に差異を生じさせることによってホロウのように不可視だったモノが見える場合だって幾らでもある。
「それじゃあ――征くぞ」
――そこは、神でさえも羨む程の莫大な金銀財宝が山となっていた。
「……噂には聞いていたがまさかこれほどまでとは」
「は、吐き気がするのだ……」
その非現実的な光景にレギウルスは唖然と瞳を見開いていた。
傍らのメイルは貧民街の価値観が未だに根強く影響されているからか、込み上げる嘔吐感と乱闘している様子だ。
幹部になっても極端な金銭感覚は変動しないらしい。
ちなみにレギウルスの貧しい金銭感覚は豪華絢爛な暮らしに慣れ過ぎて既に狂い果て、貴族さながらとなっている。
「ここが宝物庫かよ……流石に予想外だったわ」
「ひぇえええ……怖いよ、怖いよぉ……」
「そ、そうだな」
想定外に莫大な金銀財宝の山についには本能的な恐怖まで抱いたのかまるで生まれ建ての小鹿のようにプルプルと震えるメイルさん。
可愛い。
恐怖故か潤んでいる瞳はもちろん、普段は使わないような女の子らしい口調も大変レギウルスの琴線に触れてしまう。
なんだか慌てるメイルは背徳的に感じられ、微かに頬を染めながらもわざとらしく明後日の方向に目を逸らす。
『傲慢の英雄』なのに純真な男であった。
「ゴホンッ……んじゃこんなかからお宝でも探り当てますか」
「そ、そうするのだ……! 早くこのおぞましい部屋から出たいのだ」
「そうだな」
本音を言うともうちょっと可憐なメイルを眺めていたいが、そんな本心を吐露する勇気はないので震えるメイルに従う。
実にヘタレな『英雄』であった。
「本当に鍵となるアーティファクトなんてあるのか?」
「ぶっちゃけ分からないのだ。 だって私この気色の悪い部屋のことなんて知らないし……」
「お前ももうちょっと染まれよ」
そろそろメイルは貴族らしい金銭感覚を培って欲しいと願うレギウルスであった。
「まあ、それじゃあ頼むぞ参謀」
「任されたのだ――『宝物探知』」
「――――」
『宝物探知』という魔術はかなりマイナーなモノで、そもそもこの魔術の存在を知らない者の方が圧倒的に多いだろう。
その効力は文字通り宝物の察知及び鑑定。
どの場所に宝が存在するのか、そしてその宝が如何なるモノなのか判別できるといったモノなのである。
「――見つけた」
「――――」
数秒食い入るように嘔吐感を堪え宝の山を凝視していたメイルが小さく身じろぎするのが分かった。
「どうだ、メイル?」
「結論から述べると、結界や『核』に関連するモノはないのだ。 ――でも、その糸口になろそうなモノが見つかったのだ」
「――――」
メイルは目を細くしながらスタスタと金銀財宝の大山に歩み寄る。
そしておおむろにその山に無造作に手を掴み――引き上げた。
「『神託の羅針盤』――これがアーティファクトの名なのだ」
「――――」
メイルが取り出したのは古びた錆だらけの羅針盤である。
だがしかし、それに付与された尋常ではない魔術とエネルギーはただそれだけでレギウルスでさえ身震いしてしまう。
そしてレギウルスへと歩み寄り、その羅針盤をレギウルスへ手渡すと、
「それと、あと一つ」
「ん? なんだ――えっ」
ようやく、レギウルスはメイルの顔色が真っ青を通り越して土色にまで悪化していることに気が付いた。
そして――惨劇は唐突に巻き起こる。
「御免――もう限界」
「はっ?」
吐き出された嘔吐物の処理に数時間も要したのは悲しいお話である。




