やらかした痴態
黒歴史、私も現在進行形で傷跡を残しています。
はい、言うまでもなくこの小説自体が黒歴史です。 はい。
「――おい、大丈夫か、月彦ッ!」
崩れ落ちる月彦を見据えながら俺は全力で駆け出す。
(おいおい……一体何があった?)
月彦の生気が抜けたようなその表情。
それが映し出す感情の揺らめきはは紛れもなく安堵。
一体、何が原因でそのような感情が生まれたのか。
状況から考えると赤子でも理解できる。
会敵したのだ。
月彦ではどうにもならないような圧倒的強者に。
だが、問題はそこではない。
(どんだけイレギュラーが湧いて出るんだよ、クソがッ!)
俺は必死に自分を記憶を洗い出す。
だが、あの屋敷の護衛、滞在者に月彦を超越する存在はやはり居ない。
では、一体誰だ?
「おい、いい加減起きろってェ!」
「――――ッ!?」
未だなお放心する月彦を殴り飛ばしす安吾。
確かに理に適ってはいるが、それでも安吾がやったらな……
風貌からして気弱な学生を絡むチンピラにしか見えないこの悲しさ。
「ドンマイ、安吾。 恨むならマザーを恨め」
「アァん? んな戯言ぬかすくらいだったらさっさと手伝えよォ」
「了解了解」
俺はアイテムボックスから取り出したポーションを月彦に遠慮容赦なくぶっ掛けていく。
重力に従い、垂直に猛烈な勢いで零れていったポーションは月彦へと激突し、その切り傷を癒した。
そして、ようやく月彦が目を見開く。
「――ようやく正気に戻ったか、月彦」
「せ、先輩……」
くわっ! と目を見開く月彦。
その両目は恐怖故なのか涙によって潤んでいる。
あれ。
ちょっとばかり、嫌な予感が。
そして、その懸念はどうやら杞憂ではなかったらしい。
「先輩~~! 怖かったんですよ! なんですかあの男!? 一体全体どうやったら素手で上級魔法を両断できるんですかね!?」
訂正、どうやら正気ではなく狂気だったようだ。
「オッケー、分かった。 お前の苦悩はよーく理解した。 だが俺に抱き着くのは止めろ。 俺は男と抱く趣味はないし、そもそもこのことが知られたらお嬢にぶっ殺されるから! 死にたくない! 俺は死にたくない!」
「うぇーん、慰めてくださいよ先輩!」
「言っとくけど、真っ先に死ぬのはお前だからな!?」
暗闇に閉ざされた路地裏に嗚咽と悲鳴が木霊したのである。
「――で、何があった?」
落ち着きを取り戻した月彦へ俺は真剣な表情でそう問う。
先程の痴態をやらかした張本人――月彦は耳まで顔を真っ赤に染め乍ら、ぽつぽつと事の顛末を語り始めた。
「……あれは僕たちが先輩の帰りを待っていた時のことです。 突如として現れた数多の魔獣に既に部隊は壊滅状態。 なんとか僕が襲撃者――おそらく、幹部です――と応戦しましたが、素性の知らない化け物によってそれも中断。 襲撃者は逃走しました」
「……化け物?」
多分、それこそが月彦を恐怖の底に陥れた張本人。
「あくまでも比喩ですけどね。 見たのはほんの数分ですが、それでも彼が凄まじい力を保有していることだけは理解できました」
「――そうか。 その男の名は?」
「――『傲慢』。 襲撃者はそう彼を呼称していましいた」
「あー、うん、そうか」
成程、繋がった。
『傲慢』かー、なるほどね。
確かにあいつと会敵したら幾ら月彦でもこうなるわな。
というかその気持ち、本当によく分かる。
アレは正真正銘の化け物だからな。
「……その反応。 何か知っているんですか?」
「ちょっと本で見た。 多分、そいつはハ―セルフ・メイカの息子だ。 次代の英雄、そんな意味を込めて『傲慢』なんて呼ばれているらしいぜ。 ま、十中八九、嫌がらせと皮肉だろうけどな」
「……どうして先輩がそんなことを?」
「本っていいよね。 ちょっと時間を浪費するだけで合理的に情報を収集できる」
「成程。 なら、そういうことにしておきますよ」
「はぁ……」と重苦しいため息を吐く月彦。
なんだろう。
信頼、されているのか?
いや、これはどちらかと言うと呆れとかそういう感情だな。
俺が今まで何をしてきたんだと思っているんだが。
後輩の辛辣な評価にちょっと泣きそうだわ。
「――話は済んだが、若造」
「うん、まぁ申し訳程度にはな」
俺は唐突にかけられや声色に一切眉を動かすことなく淡々とそう答える。
「気配隠すならもうちょっと訓練ンしろや。 その道のプロを欺くにはちぃとばかりスキルが足りないぞ」
「忠告、感謝する」
渋い強面の男――ガバルドはそう言い返した。
チッ、安い挑発には乗らないか。
やっぱり大人だな、この人。
ガバルドという存在を認識した瞬間、ガバッ! と切羽詰まったような形相で月彦はガバルドへと迫る。
「ガバルド、怪我人は!?」
「安心しろ。 全員無事だ」
「そうか……よかった」
そう脱力したように微笑む姿を、俺は少し複雑な心境で見ていた。




