閑話・■■の、■が■■■
これ↑を明文化すると確実に規制喰らうので■で隠しました。
「――気持ち悪い」
「――――」
夕暮れが紅の情景を映し出す時間帯に、どこまでも冷徹で蔑み、侮蔑し尊厳を踏み躙るような声色が発せられた。
その少女の声帯は本来幼く、猫撫でな声が意識しなくとも出てくるようになっているが、今は鳴りを潜めている。
瞬間、溢れ出すのは抗い難い圧倒的な威圧と、かつての異名、『黄昏の賢者』の名に相応しい威信だ。
本来ならば並大抵の人々は卒倒し、最悪即死するような重厚な空気の中、相対する少女――カメンは可愛らしく首を傾げ、心底不思議そうに問う。
「――何が?」
「――。 殺すぞ」
「――――」
端的に表明された殺意に呼応して場の空気が爆発的に張り詰める。
本来ならば荒事に慣れた傭兵であっても泡を吹いて失神するような重厚な空気。
だがしかし、相手も並大抵ではない。
なにせ傭兵となりたった三か月で幹部となった鬼才。
そんな彼女にとってこの程度、誇張抜きにそよ風に等しいのだろう。
それを悟った幼子――ライムは心底忌々し気に吐き捨てる。
「――私のお兄ちゃんに色目を使うな」
「――――」
「誰の許可を得てお兄ちゃんが吐く息を吸っている? 誰の許しでお兄ちゃんが吐いた空気を吸っている? 誰が許容して、お兄ちゃんの目を奪った?」
「――――」
「さっさと答えろ、クソ無口」
「――――」
剣呑な眼差しでその外見に似合わぬ罵詈雑言を吐き捨てるライム。
その表情はどこまでも淡白で、ネコ科を彷彿とさせる宝石のような瞳も今や深淵のような暗闇だけが支配している。
今までは鳴りを潜めていたその狂気も隠しもせずに無遠慮に周囲に放ち、他者の政情は判断力を奪い尽くしていく。
――異常だ
この少女は、明らかにその他大勢とは一線を画す狂人
そう幾多もの修羅場を潜り抜けてきたカメンは考察する。
逆らえば、最悪細切れにされてしまうだろう。
カメンも鬼才とはいえその若さ故にまだまだ修練不足なのは否めない事実であり、そんな彼女も眼前の怒れる少女には敵わないと漠然と悟っていた。
故に――、
「――どうして?」
「――――」
「どうして、あの人がそんなに好きなの? どうしてそこまで愛しきれるの? どうして?」
「――――」
それはおそらく、今まで素性はもちろんその容貌や果てや声までも隠し通していたカメンが最も4長く発した言葉。
「アハッ」
「――――」
だからだろう――可笑しくて仕方がない。
そして『愛』に溺れる狂人は甲高く、そしてけたましく無知なる少女を嘲笑い、しばらくして満足したのか答えた。
「逆に聞くわ。 ――どうして分からないの?」
「――――」
「私がお兄ちゃんをどれくらい好き――そんなの、決まってるじゃん」
「――――」
「――お兄ちゃんが望むのなら殺されたって構わないし、強引に凌辱されたって本懐だわ。 それが、普通でしょ?」
「――っ」
絶句した。
その言葉を聞いた瞬間、まるで頬を無遠慮に殴られたような衝撃を憶えた。
おかしい、なんて言葉じゃ物足りないくらい狂ってる。
そもそも同じ生物なのかと疑ってしまいそうな程にその少女は相容れないのが否応なしに理解できる。
とてもじゃないが、その少女の異常性を言語化できない。
「? どうしたのかしら?」
「――――」
「また口をつぐむわね。 本当に理解できないわ。 どうしてお兄ちゃんは貴方のような愚者に見惚れていたのかしら」
「見惚れて、いた?」
「あら? もしかして、そんなことにも気が付かなかったの? ――気持ち悪」
「――――」
心底忌々し気にそう悪罵する。
「――32回」
「――?」
不意に、ライムは身に覚えのない数字を口にする。
その意味合いに首を傾げるも、意味不明な真意は、狂人本人の手によって丁寧にも解説されていく。
「――お兄ちゃんが、お前に振り向いた回数だ」
「――――」
誰かへ向けられた視線をカウントするなんて、超人というか既に生物としてあやふやなレギウルスでさえも不可能だろう。
だというのに、この少女は恐ろしい執念でそれを平然とやってのけるのか。
「なんで、こんなにもお兄ちゃんを想っているのに、お前がどうして色目を使われる? ――さっさと答えろよ、カス」
「――――」
「ハッ。 本当に理解が苦しむ。 こんな愚図のどこかいいの、お兄ちゃん!?」
「――――」
その華奢な腕を、ライムが気が狂ってしまったように引っ掻き回し、その度に幾筋もの鮮血が滴る。
発狂し、それでも抑えきれないとばかりに今度は己の眼球を抉り、脳細胞の一部が飛沫となって溢れ出す。
それでも無意識的に治癒魔法でも使っているのか自傷する度に生じる傷跡は瞬く間に修復されていく。
――それは、周囲を無遠慮に狂気で満たす光景だった。
「――止めて」
「――――」
「自分を傷つけたりしたって何の意味が――」
「なら――お前が代わりに刻まれるのか!? アァ!?」
「――――」
獣のような恐ろしい剣幕に身じろぎ一つできやしない。
そしておおむろにライムは固まるカメンへ歩み寄り――そして、その容貌を遮っていた仮面を強引に剥ぐ。
「――なんだ、綺麗ね」
「――――」
その肌は雪のように白く、彼女から醸し出されるモノは今にも消えてしまいそうな儚い神聖な雰囲気である。
今まで頑なに平淡な仮面で隠していた素顔は人形さえも文字通り顔負けしてしまうような凄まじく整った容姿をしていた、
ふわりと舞い上がる長髪はどこまでも白くて――、
「ああ、お兄ちゃんはあんたの顔だけに見惚れてたの」
「――――」
「なら――二度と見られないように刻もうか。 眼球を穿って抉って、綺麗な髪の毛は全部灰にするのがよさそうね。 安心して、貴女が死にたいって思っても治癒してあげるから、楽しい地獄を味わえるわね」
「――っ」
「それじゃあ――刻みましょ」
直後、ライムの迸る狂気の矛先はその最もたる要因であるカメンへと向けられ、低い姿勢でその美術品のように整った容姿を目を背けたくなるようなモノにしようと――、
「――はい、そこまで」
「――ッッ」
目を塞ぎたくなるような惨劇が巻き起こる――寸前、何の前触れもなく『傲慢の英雄』が介入していった。
「――どうかしたの?」
「おいおい、この状況作っておいてよくもまあとぼけていられるな。 そこんとこ、お兄ちゃんにはよく似ていやがる」
「……油断はするななのだ。 相当狂暴そうなのだ」
「分かってる分かってる。 ――まあ、同胞が死んじまうのに比べりゃあ、ちょっと苦戦するくらい目をつぶってやるよ」
「――。 今日は退く。 淫売女、せいぜい首を洗っておけ」
「――――」
勢揃いした幹部連中に不利を悟ったのか、チッと舌打ちしライムは踵を返そうとする。
「おいおい、こんだけやらかしておいて唯で帰れるとでも?」
「逆に聞くけど、現状お兄ちゃんの関係者である私に手を出そうとしたらどうなるか、分かっていないの?」
「流石にあいつだってこんなことが置きやがったら重い腰を上げるだろうな。 ――謝れ、今ここで」
「――――」
「それが最低限のライン――」
「――図に乗るなよ、お前」
「――――」
迸る殺気に首筋から冷や汗を流すレギウルス。
そんなレギウルス――厳密にはカメンへと振り向き、能面のような無表情で悪罵を吐き捨てる。
「無遠慮に鼓膜を揺らすな。 気が滅入る。 どうしてお前のような害悪に頭を下げなければならない? ――不愉快だ」
そう好きなだけ吐き捨てると、ライムは悪鬼の如き眼光でカメンを射抜き、今度こそ踵を返していった。
「似てるって思ったけど、正直全然似てないなあの兄妹。 ――アキラの奴の方が百倍マシだ」
そう、レギウルスは心底忌々し気に吐き捨てたのであった。




