大変革
俺が大いに重傷を負った妹騒動の後。
乱闘まで巻き起こしてしまったライムちゃんは、定位置ともいえる俺の膝の上を椅子代わりにしている。
レギウルスからの「お前こそロリコン」じゃねぇか!という視線が痛い。
別に、俺は自らが率先してこのような行為を行っているわけではないのだ。
というかこの世界、ロリコンに対して厳し過ぎな。
過去に何かあったのだろうか。
「……アキラ、お前は立派なロリコンだよ」
「晴れやかな顔で暴言吐くの止めてもらえますう?」
「……会議が進まないのだ」
「はあ」と重苦しい溜息を吐き、流れる水の如き自然さで胃痛薬を服用するメイルを気の毒そうに眺める。
唯一の常識人だけあって相当に苦労しそうな少女である。
それはそうと――、
「――んじゃ、そろそろ会議始めるか」
「……今回ばかりはニンゲンと同意見なのだ。 胃がもたない」
相も変わらず膝枕されているレギウルスを撫でながらメイルはそう進言した。
というか――、
「気になってたんだけど、二人の間になんかあったの?」
「!? どどどどうしてそう思うのだ!? 何の根拠もないのではないか! なあレギ!」
「そ、そうだな。 別にいつも通り――」
「こう供述しているが、身内から一言」
「結婚式には呼べよな!」
「幸せになって欲しい」
「――――!」
羞恥心の余り耳の先端まで朱に染めながら俯き恥じらうその姿は、文句のつけようがない乙女そのもので――、
「レギウルス、どんな墓が好みかな?」
「俺の死が前提になっているのは気のせいだろうか……」
今この場にむさくるしい騎士団故にその大半が独人である騎士団が勢ぞろいしていたら大惨事になっていただろう。
彼らとはそれなりの付き合いだが、俺も一度シルファーの見学に付き添いについて行った時殺されかけた覚えがある。
奴らの人外的な嫉妬心故の身体能力にかかれば魔人族の『英雄』程度容易に殲滅できるだろう。
「……話を戻すぞ、ニンゲン」
「オッケーオッケー。 レギウルスが長引かせて御免ね?」
「俺は無罪だ」
冤罪をかけられたレギウルスは釈然としない顔色をしつつ、淡々と問う。
「――それで、死者は?」
心なしか瞳を鋭く細めながら、レギウルスはそう投げかけたのだった。
「――傭兵は使者4名、重傷12名なのだ。 雑用係の大半は傭兵の誘導で避難できたが、それでも死者は少なくはないのだ」
「そう、か――」
「――――」
鎮痛で居た堪れない空気が醸し出される。
そもそも戦闘が前提で編成されたメンバー故に使者こそ少なかったが、それでも非戦闘員が数十名犠牲になっているようだ。
「……それともう一つ」
「――――」
「――アキラのいう、『亡霊鬼』の存在の確信は持てたか、参謀」
「……否応なしではあるのだ。 ――でも、多分間違いない」
「そうか……」
「はあ」と心底気だるげな溜息を零し、レギウルスは呟く。
「なあアキラ。 あのレベルの奴らがどれくらいいるんだ?」
「……彼らの長、『亡霊鬼』はアーティファクトか魔術なのかは知らないが、何らかの形で対象の魂に触れ、限界まで強化に更に眠っていた魔術を開花される手段を保有している。 この点、メイルも気が付いていたんじゃないのか?」
「――――」
俺はチラッとメイルを一瞥し問う。
メイルは神妙な顔つきで律儀に俺の質問に明瞭に回答する。
「……そもそも、ヨセルには魔術を持ち合わせていなかったのだ。 でも、そのヨセルが強烈な魔術を自由自在に、それも使いこなしていた」
「――――」
「それにヨセルは『亡霊鬼』に改造されたって自分から言ってた。 多分、あの形相じゃ嘘は行っていないと思うのだ」
「そうか……」
数秒考えを整理するように熟考するレギウルス。
そのらしくもない態度に「熱でもでたのだ?」と怪訝な眼差しで見つめるメイルの姿すらも映らないほど集中し――、
「スズシロ・アキラ。 ――お前の目的は何だ」
「――――」
その真摯な眼差しはどこまでも真っすぐで、虚言は絶対に許さないとばかりに目を鋭く細めている。
会議場に集う面々の視線が一斉に俺へと殺到する。
そして――、
「俺の目的は人族と魔人族の安然――ではない」
「――。 ほう」
「ぶっちゃけお前らのことなんてどうでもいいし、滅ぶなら勝手に滅べよとも思う。 俺としてはさっさと元の世界に帰りたい所存だった」
「――――」
「だけど――利害が一致した。 今ここでお前たちが皆殺しにされれば、確実に莫大な魂のエネルギーが生じる。 詳細は不明だが、『亡霊鬼』よりももっと格上の存在――『厄龍』のその企みには、俺も無関係っていう体裁を保つのは無理らしいわ」
もし、仮に多少のエネルギーを浪費してでもこの世界を破滅へ追い込んだ場合、最も得をするのはシステム管理者である『厄龍』だ。
おぞましい量の人々が死ねば、その分魂から莫大なエネルギーを取り出すことができる。
それを奴は意図的に起こそうと画策しているのだ。
到底、見過ごせない。
「このタイミングでお前たちが滅ぶのは本当に困る。 人族と魔人族との和平もそのための手段でしかねぇよ」
「その手段とやらを成し遂げるのにどれだけの労力が必要になるか、理解できない程い愚昧なお前ではないな」
「当然、策も用意してある。 そのために俺は決闘を申し込み、勝った」
「――――」
「徐々に変革は成し遂げられている。 幸いと言うべきか、それとも悪運と嘆くべきかは分からないが『亡霊鬼』の存在も明瞭になったし」
「――――」
イレギュラーが予測不能な効力を発揮し、俺が散々張っていた奸計も相まってそれなりの効果を発揮している。
変革を行うのならば――今。
「さて――問おう。 『傲慢の英雄』レギウルス・メイカ。 お前は世界が大きく激動する中、指を銜えてみているだけでいいのか?」
「――。 卑怯な物言いだな」
「――――」
「『老龍』の解放、蠢き暗躍する闇の組織、更にはシステムとやら――全てが全て、荒唐無稽で、まるで三文小説のようだな」
「否定は、しない」
そしてレギウルスは晴々とした表情で不敵な笑みを浮かべる。
「答えてやるぜ。 ――お前のその変革、乗ってやろうじゃねぇか。 こんな大舞台、逃せるわけねぇだろうが」
そう啖呵を切るレギウルスを、愛おし気に眺め、メイルは、心底不本意ですとばかりに溜息を吐く。
「レギがそういうのならしょうがないのだ。 その荒唐無稽な話、信じてやるのだ。 勘違いするなよ? あくまで、魔人族の繁栄を考慮しただけなのだ」
「私も、賛成」
「……ケッ。 癪だが、その誘い乗ってやるぜ」
するとメイルに続いてジューズ、そして意外なことにカメンも賛成という意見を表明していた。
流石に反対意見の一つや二つあるかなという俺の覚悟を返して欲しい。
「おいおい、満場一致かよ……! ここまでくると逆に怖ぇな」
「ハッ。 何を今更」
次々と変革に賛同する面々を前に身震いしながらも、俺は堂々と宣言する。
「それじゃあ、始めようか。 ――革命の刻だ」
え?
本当に全員が賛同しているって?
まさか! そんな夢物語あるわけないじゃないですか! 色々と起因が重なり、三名は十分信頼できますが、この中の約一名は普通に怪しいですよ。




