妹騒動
「――さて。 それじゃあ、改めて会議を始めようか」
「――――」
元気よくそう宣言するが、皆無視。
メンタル強靭な俺でも涙目になってしまいそうな仕打ちである。慰謝料を請求したくなりたくなる有様だ。
ちなみにリヴァイアサンの客船を襲撃した黒ローブの大半は既に魔人族の精鋭たちによって拘束されている。
現在俺の義妹ライムちゃんは再生魔術を駆使して倒壊したログハウスと敵愾心溢れる視線の中修復中である。
それはそうと――、
「レギウルスは……死んでるな。 というか死ね」
「生きてるわい! 勝手に殺すな!」
「お、落ち着くのだレギっ。 揺れるっ」
微笑ましくない光景を視界に移し、逆にこっちが死にたくなる。
どうして俺がこんなにも憤慨をあらわにしているのかというと――どういう風の吹き回しか、レギウルスがメイルの太腿を枕代わりに横たわっているのだ。
――人は、それを膝枕という。
思わず怨嗟が爆発して殺戮技巧の極地を見せてやりたくなるが、周囲の温かい眼差しに出頭を挫かれる。
その眼差しは、まるで同僚の結婚を祝うようで――、
「いやー、アタシとしてはようやくかって思うぜ。 なあカメン」
「……嬉しい」
「ガッハッハ、だってよメイカ!」
「う、煩いですぅ! ちょっと静かにしてくれませんかねぇ? 俺見ての通り満身創痍なんですけど?」
「ならいつでも殺せるよな?」
暗黒を彷彿とさせる瞳と満悦の笑顔でそう問う。
もちろん、リア充のレギウルスに拒否権はない。
「オッケー。 落ち着けアキラ。 だから太刀を研ぐのは止めてくれ」
「アッハッハ、そっかそっか。 自分からこの刀身の餌食になりたいと志願するとは。 関心関心。 じゅあ殺してやるよ」
「止めろ、そういう意味じゃない! というかこれ以上溝を深める気か?」
「……チッ。 その命、預けてやるぞ」
「ニンゲン、私のレギを傷つけたら八つ裂きにするなのだ」
字面だけ見ると、割と物騒な宣言なのだが、それは告白と同一の意味合いを持っているわけで……。
必然、どこまでも甘く、俺にはとてもつもなく肩身の狭い空気が醸し出される。
「メイル……」
「レギ……」
「キェェエエエエエエッッ‼」
お互いを恥ずかし気に、それでも目を逸らすことなく見つめ合うバカップルを見ていると、際限なく沸き上がる憎悪の激情についに抑えきれずに発狂してしまう。
あたかも見せつけるようなその甘酸っぱい光景に砂糖を吐き出してしまいそうになってしまう。
今すぐこの尽きることのない怨恨を発散すべく刃を手に取ろうと――、
「――落ち着いて」
「…………」
ジッと、仮面越しに見つめられた途端、不思議なことに胸の内を燻っていた業火は消え去っていた。
俺の今にも成仏しそうな横顔に満足したのか、カメンは念を押すように高く、どこまでも可憐な声を響かせる。
「分かった?」
「もちろんっス」
「!? カメンがあのアキラを黙らせた!? 頭大丈夫か!? あのクソうぜぇアキラを一体全体どうやって押し黙らせたのだ!?」
「おおお、落ち着くのだレギ! そう、きっとこれは悪夢――」
「……俺が順々なのがそこまで不思議か?」
「「もちろん!」」
幹部面子の心が温まる言葉に涙が溢れ出しそうだよ!
そうして混沌を極めつつある会議室の空気を破ったのは――一人の、いたいけない小学生程の幼女。
唐突に会議室の扉を開き、詰問してきた少女を俺とレギウルスは怪訝そうな眼差しで見つめる。
「? 迷子か?」
「ったく、どこの誰だよ。 こんな物騒なところにこんな別嬪さんを連れてくるんだなんてなあ」
その少女の顔立ちは人形さながらに整っており、瞳もネコ科を彷彿とさせるハッキリとしたモノである。
満場一致で将来が楽しみな少女であるが――レギウルスは実に複雑そうな顔色をしながら衝撃の事実を告げた。
「――妹だ」
「はっ?」
余りにも唐突なカミングアウトに俺を含めて愕然とする面々の中でも、人一倍レギウルスを見据える眼差しが冷たいのはメイルである。
メイルは心底軽蔑したような絶対零度の眼差しをレギウルスへ向ける。
「幻滅したのだ。 ――まさか、レギがロリコンだとは……」
そっと後ずさるメイルの冷徹な視線に盛大に動揺するレギウルスをざまぁと中指を立てる。
あっ、そういえばこいつらにまだ見せてなかったな。
「!? どうしてそんな結論に!?」
「レギ……誘拐は立派な犯罪なのだぞ」
「どうして!? どうしてそんな話になるの!?」
「「やーい、女泣かせ! 破局しちまえ」」
「外野うるせぇ!」
今だ一途な恋が成熟してない俺とジューズが不俱戴天の怨敵とは思えないシンクロでレギウルスを揶揄する。
ざまぁ! リア充ざまあ!
「なんか誤解してると思うが、こいつは俺の妹じゃねぇぞ! にやけ面で俺を眺めていやがる、アキラの妹だ!」
「は?」
全員の視線が俺へと集中する。
そして俺は「テヘッ!」と可愛らしくウィンクする。
「御免、これ俺の妹なんだ☆」
「――――」
空気が凍った。
誰もが唖然と交互に俺と妹――ライムちゃんを見詰め、最後に最大の被害者であるレギウルスを一瞥する。
「大丈夫! 私はレギがそんなことをするロリコンじゃないって初めから信じていたから!」
「アタシもそうだぜ。 そもそも全然似てねえしな!」
「最初から無実だと思ってた」
「――――」
無言だ。
プルプルと小刻みにその肩は震え、恐ろしいその表情は俯いていてハッキリと見えないが、般若ですら全裸で逃げらす容貌をしているだろう。
そして――、
「御免な、黙ってて! 俺も言おうとはしたんだけど、ついつい面白かったから傍観してたわ! 許してね♡」
俺の頭蓋に亀裂が刻み込まれたのは言うまでもない。
ちょびっと伏線。
というかもうほとんど答えです。




