死神
余談ですがこのキャラ、構想自体は半年前からありました。 ですが、その正体は半年前から変わっていません。 変わったのはキャラと場所です。
本当にどうでもいいんですが、五章でハイトさんは死ぬ予定でしたんよ。 八章ではちゃんと「剣聖」として活躍する予定です。
「――なっ」
今にも瞼から目玉が零れ落ちそうな程仰天するレイス。
理解できない。
何故、何故『傲慢』がここに?
『傲慢』は亜人共を侵略するべく、共和国へと向かったのでないのか?
不理解という余りに素朴な感情が渦巻く。
だが、レイスはそれを問うことはできない。
『傲慢』が発する敵意、殺気、敵愾心、憎悪――その感情に射抜かれたら最後、首が泣き別れになったとしても何一つとして反応することはできないだろう。
濃密な殺意が路地裏を支配する。
部外者である月彦ですら、額から滝のように汗を流し、顔を蒼白にしながらも何とか気合で気絶という無様は免れていた。
しかし、レイスは失神という唯一の救いすらも許されない。
――答えなければ、殺す
そう『傲慢』の双眸が告げている。
本能が叫んだ。
答えろ、答えろ、答えろ。
だが、それを口に出した場合、ミンチとなるのは自明の理。
故に、レイスは常人離れした精神力を発揮し、沈黙を維持する。
今にも膀胱から液体が漏れ出そうだった。
恥も外聞もなく噎び泣くところだった。
だが、それを魔人族としての矜持が許しやしない。
「――――」
「――答えろ、レイス‼」
「――――ッッ」
悪鬼ですら泣き出しそうな剣幕で『傲慢』がそう恫喝する。
(なんだこの状況。 誰だ。 こいつは誰なんだ)
不理解。
それは、皮肉にも月彦とレイスの両者が初めて分かり合える感情だった。
だが、やはりレイスと同じく唇は一ミリたりとも動かない。
死の気配。
それが間近に迫っていることだけはハッキリと理解できた。
否、それはやや語弊があるだろう。
死そのもなのだ。
この男は、言うならば「死神」。
生ある者の命を等しく狩る、死と同化した究極の生命体だ。
――勝てない
かつて、ここまで歴然とした実力差があっただろうか。
レイドモンスター、イリューゲルすらも超越した存在。
それが「個」の戦力なのだから恐ろしいことこの上ない。
「――そうか。 沈黙。 それが、お前の答えか――レイス‼」
「――違ッ、俺はッ!」
「問答無用。 ――散々生者の尊厳を踏み躙ってきたその罪を、冥土の底で後悔しろ」
刹那、『傲慢』が消えた。
そう錯覚してしまうような爆発的な脚力によって、路地裏の地面に巨大なクレーターを作りだしながら猛然と『傲慢』はレイスへと突撃して行った。
回避は――無理だ。
この距離、この速度、この気迫。
――死ぬ。
そう漠然と悟ったレイスは、それでも尚生へとしがみついた。
死が、怖い。
ただ一人孤独に息を引き取ることが、怖い。
だから――、
「――俺は、此処で死ぬわけにはいかないのだ‼」
そして、爆風が猛威を振るう。
そよ風は嵐へ。
嵐は爆風へ。
圧倒的な魔力により一瞬で昇華された激風は、猛烈な勢いで飛び込んでくる『傲慢』へと一切の躊躇なく薙ぎ払われた。
だが――
「脆弱、貧弱、情弱ッ! その程度では殺せねぇぞ‼」
「分かっているさ!」
一薙ぎ。
そのたった一閃で吹き荒れていた激風が、それが振るわれたことにより生じた爆風によって相殺、そして吹き飛ばされる。
驚くべきは、『傲慢』が無手だということだ。
しかも月彦から見ても先刻の一撃に魔力やアーティファクトなどの反応は無かった。
つまり、素の力で上級魔法を押し返したのだ。
異常。
余りに規格外だ。
だからこそ――『英雄』と呼ばれるのだろう。
だが、それでもほんの数秒の猶予を奪い取ることはできる。
十分、それで十分。
たったその数瞬は、幾千億もの大金に勝るだろう。
「――時間切れだ、『英雄』ッ」
「――――ッッ!?」
刹那、莫大な魔力が解き放たれる。
そして現れたのは途方もない威容を誇る魔法陣だ。
その魔法陣は余りに複雑奇怪であり、とてもじゃないが月彦には理解できない。
それを見たさしも『傲慢』も瞠目している。
「何故、お前が空間魔法を!?」
「――切り札だから、余り見せたくは無かったんだがな」
やがて、魔法陣の輝きが最高潮となる。
もはやその輝きは燦然と輝く太陽に等しいほどの規模となっている。
そして――、
「――サヨナラだ、『傲慢』」
レイスは魔法陣の淡い光に呑まれ、そして消え去っていった――、
「――クソッ! クソッッ‼ もう少しで、もう少しで聞きだせたのにッ‼」
その男の瞳に宿る感情は「憤怒」。
今にも爆発しそうな『傲慢』を月彦はまじまじと見つめる。
この男からは、魔人族特有の穢れた魔力は感じない。
だが、どのような間柄かは知らないがレイスとの知人であることは漠然とだが理解できた。
聞きたいことが山のようにある。
だが、とてもじゃないが今はそれを問いだせるような空気ではないようだ。
その辺の感覚が人一倍敏感な月彦には分る。
今不用意にこの男の傷に触れてしまえば最後、その刃が深々と己を刻み込むと。
――不意に、足音が響いた。
一つは荒々しい、教養のなっていないような音だ。
もう一つの足音はどこまでも静かで、意識していないとまるで陽炎のようにその存在がぼやけては消える。
「チッ! 潮時か」
男はそう悪態は吐き、やがて暗闇へと消えていった。




