絶望と復讐の淵で・中
刹那、虚空を刃を化した鋭利な羽根が切り裂いた。
「――――」
「ちょこまかと……」
その獰猛な肉食獣を彷彿とさせる外見に反してメイルはどこまでも慎重な姿勢を崩すことはなかった。
彼女がヨセルへ肉薄するのは致命的な隙が生じた時のみ。
ならば――、
「あっ」
「――――」
不意に、空を拙いながらも浮遊していたヨセルの体制が、まだその翼に慣れていないのか一瞬崩れる。
そう、一瞬だ。
歴戦の猛者であっても見逃すレベルだが、メイルはそこらの有象無象とは一線を画す『努力する天才』だ。
レギウルスには見劣ってしまう才能で、幼馴染と多少の僅差はあるものの、ほとんど同じ位置に居るその手腕は詳細は値するモノだ。
だからこそ、気に入らない。
メイルはその聡明な瞳に些細な、されど致命的な隙が生じるのを目視し――刹那、業火が吹き荒れる。
判断は焦らず、されど迅速かつ的確に。
それこそが彼女の信条であり、事実その姿勢は間違っていないだろう。
メイルは飢えた知性なき獣のように眼前に放り投げられた餌に喰いつくのではなく、真っ先に罠とう可能性を疑うような少女だ。
だからこそ、ヨセルの稚拙な誘いに乗ることはない。
「クソっ」
「見るに堪えないのだ」
吹き荒れる業火に呑まれる寸前、羽根を幾重にも重ね、それによって外界の刺激の一切合切を遮断する。
そう――光という刺激さえも。
「――――ッッ!」
「なっ」
いつのまにやら背後に飛翔したメイルは、万力の膂力で宙を浮遊するヨセルを砲弾のように吹き飛ばした。
気配どころか殺意や拍動さえ押し殺すその隠形。
ただただ愚直に真正面から敵を打ち破ることしか考えることのできないレギウルスでは不可能な御業である。
その神業に舌打ちしつつ、即席の盾を羽根によって生成する。
だがしかし――その勢い、衰えることを知らず。
「く……!」
「これで終わりじゃ、ないのだ!」
薙ぎ払い、刺突――と見せかけて至近距離からの熱烈なブレス、それに怯んだ隙をつき、今度こそ強烈な突きをお見舞いする。
その動きは如何なる修練の賜物なのか冗談のように冴えわたっており、流れる水の如き鮮やかさを以てヨセルを追い詰める。
だがしかし――0距離なのはヨセルもまた、同じ。
「――突き抜けろ」
「――――」
至近距離からの弾丸すらも上回る羽根の射出。
その速力は先刻無作為に放った羽根のどれよりもなお早く、一陣の風となって迫りくるメイルを迎撃する。
狙い定めた箇所は最も避けにくい肝臓周囲。
それをほとんど山勘で悟ったメイルは腹に魔力を巡らせ――、
「――そう、しますよね?」
「――っ」
陰鬱な嘲笑を浮かべるヨセルを見た瞬間、その認識は瞬く間に覆ることとなってしまった。
刹那、直進すると思われていた羽根の軌道が、神様の悪戯なのか物理法則を完全に無視して、変更される。
その狙いは――脳天。
直後、猛烈な殺意と共に万象を穿つその弾丸がメイルという華奢な少女の脳天へと突き刺さろう飛翔していった。
あわや脳漿がぶちまかれると絶望は――しない。
絶望するののは、完全に息を断ってから、存分に絶望して無様に泣き叫べばいいだろう。
拍動するこの心臓を燃料に体中から凄まじい熱量と共に万力にも勝る活力が漲り、そしてそれは音速をも上回る。
「――ッッ!」
「ほう……これを防ぎますか」
咄嗟に添えた両腕を覆っている頑強な鱗が穿たれる不快感と共に、形容し難い激痛が全身を巡った。
何とか強靭な『龍』としての肉体がその弾丸が脳天へ到達する不祥事だけは回避できたが、それでも重傷は重傷。
一旦距離を取ってポーションでも飲んで治癒を――、
「――させませんよ」
「――っ」
いつのまにやら無作為にばらまかれたと思っていた羽根がメイルを包囲しており、その退路を強引に塞ぐ。
そして――一斉放射を開始する。
身震いしてしまうような肌を刺す殺気と共に放たれたおぞましい物量の羽をすべて躱すのは幾らメイルとはいえでも不可能。
ならばと、全方位へブレスを放とうとした瞬間、それは猛烈な速度で死角から潜り込んでくる羽根によって防がれる。
咄嗟に魔力で覆うが、それでも相当の負傷だ。
歯噛みしながらももう一度ブレスを吐き出そうと腹に魔力をためようとした刹那、それを妨害でもするかのように更に羽根が放たれる。
「――っ」
天才的なセンスでそれを回避し、しかしながら再度ブレスの準備をする時間は殺到する弾幕によって消え去る。
そしてようやく、メイルは、己がヨセルという男を、見くびっていたこと、に気が付いたのだった。
「――確かに、貴方業火は僕と相性は悪いですね」
「――――」
「ならばどうすればいいか。 僕も凡人なりに懊悩しましたよ」
「――――」
死角溢れ出す羽根の雨を全力で迎撃するメイルをヨセルは嘲笑う。
その嘲笑はどこか自慢するような、そんな響きがあったような気がした。
「単純な話ですよ。 相性が悪ければ相手にソレを出す時間を奪えばいいだけですよ。 今まさにあなたがその状態」
「くっ――」
嘲弄。
それと共に押し寄せる羽根の弾幕を神経を研ぎ澄ませ擦り減らし、限界を超えたパフォーマンスを発揮する。
だが、それでも殺到する雨の一切合切を避けるのは、不可能。
それは傘をさそうと同じことだ。
どれだけ限界を超えようとも、それでもなおこの猛威を無傷で乗り越えるのは不可能だという諦観が生じる。
それと共に幾つもの鮮血が舞い、傷跡が刻み込まれる。
血反吐をぶちまけ、それでもメイルは抗う。
その姿は、いっそ清々しい程にまで『獣』で。
場違いにも、鮮血に頬を湿らせたその容貌をヨセルは美しいと思えてしまった。
「――ねぇ、今どんな気持ちですか?」
「――――」
「僕みたいなどうしようもない凡人にこうも苦戦し、一歩間違ったら死ぬかもしれない窮地に立たされている。 屈辱だと思いません?」
「――っ」
目を細め、復讐鬼は嘲笑する。
「――これで、おあいこですよ」
「――ッ!」
直後、メイルの臓腑を踊り舞う羽根が刺し貫いた。
今更になってコナンにハマりましたです




