絶望と復讐の淵で・前
ヨセル君について色々と因縁があるのでサイドストーリと多分同じタイミングでそれは明かすと思います。
トラウマレベルの感傷を負った事件っス。 あんまり話したくありませんが。
「――――」
青年――ヨセルは冷徹な眼差しで倒れ伏し、厳重に鎖によって拘束され身動きができない状態となった同僚を見下ろす。
その瞳には同情や憐憫すらも映っていない。
――それは、ただただ、この不条理な世界への絶望と、復讐を誓った者の目だ。
『――ヨセルさん。 襲撃の結果は?』
不意に、ヨセルの脳内に直接声が響き渡った。
その思念はどこまでも平淡で、機会を彷彿をさせるモノであった。
唐突な発信に驚く素振りも見せずに、ヨセルは淡々と報告を済ませる。
「案の定惨敗ですよ。 『傲慢』やスズシロ・アキラが手負い故に全滅にまで追い込むことはできないとはいえ、それでも幹部クラスの一人や二人は始末しておきたかったですね」
『そうですか』
「おや、咎めないのですか?」
『貴方たちは捨て駒。 死んでも些末なことです』
「それはそれは。 こちらとしては悲しい限りですね」
『――――』
一瞬の停滞にヨセルは卑屈に目を細める。
「ん? どうしました? もしかして、今更になって僕たちのことが心配にでもなりましたか?」
まるで試すような揶揄に、念話を発信する秘書が眉をひそめたのが分かった。
『嗤わせないでくれます? そんな優しさ、とっくの昔に投げ捨てましたよ」
『念話』によって発信された思念は声の抑揚などを一切反映しないはずなのだが、どこか自嘲したような響きが伝わってくる。
そんな秘書に気にした素振りも見せずに、ヨセルは淡々と懸念事項を尋ねていった。
「そうですか。 それで、そちらは?」
『特に問題もありませんよ』
「それは行幸。 今後もイレギュラーな事態が無いことを切にお祈りしておりますよ、『亡霊鬼』秘書殿」
『そうですか』
「ええ」
微かに嘲弄するような悪意を醸し出すヨセルとは異なり、念話ごしの声色はどこまでも無感動である。
部下の死に顔色一つ変えないこの両者は、どちらとも狂っているといえるが。
「それでは、僕はそろそろ本部に帰還されてもらいますよ」
『どうぞお好きに。 私も『亡霊鬼』も咎めませんよ』
「それは助かります。 ――その前に」
『――?』
スッと、リヴァイアサンの客船を一望できる高台に張り詰めた殺気と覇気が醸し出されることとなる。
だがしかし、この程度のイレギュラー既に織り込み済み。
「では、お互い死ななければまた会いましょう」
『えぇ。 では』
「――――」
ヨセルの言葉を合図にノイズ交じりの念話による『亡霊鬼』直属の秘書との接続が切断されることとなる。
ヨセルは目を細めながら、ジッと迫りくるその気配の先を見据えた。
気配は刻一刻と凄まじい速度でヨセルへと肉薄し――やがて、見下ろした。
薄く笑うヨセルは、悪意と邪念により淀んだ瞳でその少女――否、『半龍』というべき存在を睥睨する。
「――来るとは、思っていましたよ」
「――――」
その少女は取り乱し動揺するわけでも、まして憤慨をあらわにするわけでもなく、ただただ痛ましいモノを眺めてしまったかのような、そんな悲哀に満ちた表情でヨセルを見据えていた。
「――不快ですね、メイル」
「――――」
そう、鬱屈と濁った眼差しで半龍――メイルを見据えたヨセルは、にやりと堪え切れないとばかりに笑みを浮かべ、跳躍。
――その瞳にはどうしよもない孤独と世界に対する絶望と憤怒が映りこんでおり、見るに堪えないモノであった
「――ッッ‼」
「――――」
プライドも、矜持も全て投げ捨てた卑屈な友人の慣れ果てに胸を痛めるが、しかしながらそれを責める権利は無い。
純白そのものだったヨセルを、ヘドロのように真っ黒にしてしまった張本人、元凶は明らかに自分。
故に、メイルは腐り果ててしまった友人を責めない。
その胸に秘められたのは、自分への糾弾、そして後悔だけなのだから。
「――ッッ!」
「――――」
跳躍したヨセルはセキツイへ魔力を込めると同時に背骨から二対の巨大な鷲を彷彿とさせる翼が生え渡る。
そしてただ虚空に佇むメイルへ、友人を殺めることへの躊躇を一切感じさせない無慈悲な眼光で射抜く。
それと共に生え出したヨセルの翼を構成する焦げ茶色の羽が散弾のように発射され、物理法則無視の軌跡を宙に描く。
更にその羽根一つ一つに『追尾式』の魔術が付与されており、一つ一つ丁寧に対処する余裕は到底無い。
だが――、
「ハッ。 お粗末なのだ」
「――――」
業火。
紅の烈火が迸ると共に、吐き出された羽根の一切合切がその材質故に容易く灰塵と化してしまった。
その様子をヨセルは展開した翼で宙を舞いながらも歯噛みする。
「どうやら、貴女とは相性が悪かったみたいですね」
「魔法……いや、その異質な気配。 ――魔術なのだ。 私の記憶では、ヨセルという魔人族は魔術どころか魔法さえも満足に扱いきれない愚図であったが、どうやらその認識は改めた方がよさそうなのだ」
「ふん。 よく吠えますね」
「だって実際事実だし」
「――――」
珍しく怒気をあらわにするヨセルを、メイルは適当にあしらう。
一コンマのミスが生死を左右する超次元的な戦いにおいて、先に平常心を失ってしまった者が膝を屈する。
ヨセルという反逆者を再起不能に叩きのめす。
話はそれからでもできる。
雑念は不要。
極限まで研ぎ澄した感覚と生まれ持ったセンスを以て、ヨセルというかつてに友――敵を葬ることが、最優先。
そんなメイルを眺め、ヨセルは心底忌々し気に舌打ちする。
「迷わないのですか?」
「――?」
「いえね、少し疑問に思いましてね。 レギウルス程ではないにしろ、僕と貴女はそれなりに良好な関係を築いていたと記憶しておりますが。 ――躊躇わないのですか?」
「――ぷはっ」
「――――」
そんなヨセルの疑念がメイルの手によって容易く一蹴される。
下らない。
余りにも下らないヨセルの問いが可笑しくて可笑しくて、喉から込み上げる喜悦を隠しきることができない。
そんなメイルに戸惑い、そして憤慨するヨセルへ無慈悲に告げる。
「――舐めるなよ、ヨセル」
「――――」
「お前が私たちに刃を向けた時点で分かりあう余地などない。 ――レギの命を奪おうとしたその滞在、命を以て償わせてもらうのだ」
その声色には震えも、まして迷いなど一切ない。
「――。 貴方は、本当に変わりませんね」
「――戯れ言を」
そし半龍は唾棄すべき存在――『敵』へ向かって猛然と空を駆けていったのだった。




