彼女の哲学
「チッ……ヴィルストさんからもう一個ハイブリット『大祓詞』アーティファクト、作ってもらうべきだったな」
「――――」
そう呟き、俺は眼前で昏睡する壮年の男を見下ろした。
その男の手首には、一目で容易くは破砕できないと俺をしても思わせるような鎖が厳重に巻き付いている。
殺しはしない。
こいつはそれなりに重要な情報源なのだ。
殺害なんていう無益なこと、俺もあんまりやりたくはないしね。
黒衣の男の簡易的な封印が佳境に差し掛かった頃、まるで見計らったようにサッカーボール(肉)が跳んでくる。
「……随分と酷ぇ扱いだな、ジューズ」
「名前で呼ぶな、お前」
「おいおい、酷ぇ扱いじゃねぇかジューズ。 俺と過ごしたあの夜も忘れちまったのか?」
「アタシはガバルド以外には抱かれねぇよ!」
「そうかいそうかい」
気絶した『叡智眼』とかいう魔術を保有した術師を拘束しながら、適当に雑談を紡いでいく。
というか、
「お前知らないの? ガバルド嫁いるよ?」
「――――」
「!? どうしてこの話題で頬を真っ赤に染める!?」
「あ、あのガバルドがついにアタシのことを……!」
「あー、勘違いしているようで悪んだが、あいつの嫁ってお前じゃないぞ? もっと可憐っていうか、破天荒っていうか」
「――――」
「ちょ!? 止めてよね!? 機械も裸で逃げ出すような能面、しないでくれる!?」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――」
「ジョーク! 今の冗談だから! そういえばガバルドも、自分の嫁はジューズお前以外いないって言ってたぞ!」
「――ぇ? ガバルド……!」
魔人族幹部の評価が無駄に更新された瞬間である。
薄々察していたが、こいつもガバルドハーレムの一員だったんだな……
アレ?
ガバルドという存在こそが俺たちの真の外敵であるという謎の疑惑が発生した件について。
閑話休題。
「にしても随分と善戦したな。 それなりの強敵だろ?」
「あんたに比べれば大したことはないさ、坊や」
「……今更妖艶な雰囲気出されてもねぇ。 そもそも俺は沙織以外の女の子は全員ノーセンキューだし」
「なんか侮辱されたし」
釈然としないジューズの表情を眺め、不意に問う。
「――随分と、俺を評価しているな」
「当然だろ。 アタシですら――ガイアスですら結局はその刃を首筋に添えることすらできなかった化け物をお前は倒したんだ。 それがもつ意味は、計り知れないぞ」
「ハッ。 ……そういやさぁ、一ついいか?」
「ガバルドの近況が交換条件だぞ。 なんでも聞け」
そんなヤンデレの喜悦に満ちた表情は、次の瞬間打ち砕けた。
「どうして――お前は人間である俺にこうも親し気に話しかけているんだ?」
「――――」
無言。
ジューズは目を細め、ジッと俺を見据える。
唯我独尊なレギウルスならばまだしも、メイルのような辛辣な態度が俺たち人間への当然のモノである。
それが自然だと染み込むまで血を血で洗い合ったのだから。
だがしかし、ジューズはどうだろうか?
時折体裁を保つような微かな嫌悪の視線をおくるが、逆に言えばその程度。
俺は人間だ。
分かってこそいたが、魔人族とは根本的に相容れない。
それでも手を取り合えるようにと色々と奸計を巡らせていたのだが、しかしこの女性はそれすら必要としていない。
極めて、不自然である。
「――アタシはね、ニンゲンと魔人族のハーフだったんだ」
「なっ――」
意味が、分からない。
何故、そのような種族が存在している。
魔人族人族は互いにいがみ合い、何度も何度も衝突、しその度におびただしい程の屍を量産していった。
だからこそ、その両者に『愛』が生まれるなど、あり得ない――、
「――そう思ってるのなら、それは間違いだぜ」
「――――」
「親父も母さんも、確かに互いを愛し合っていたよ」
「そう、か。 悪かったな」
だが、疑念が。
「ならお前は一体全体どうして傭兵なんかになったんだ?」
「――――」
「もしお前の話が本当なら、どうして傭兵なんかに? なんなら辺境で平和に暮らしとけばよかったじゃないか」
「強くなるためさ。 傭兵ならば、丁度いい」
「――――」
「アタシは、あの時、あの瞬間、あの刹那でガイアスという男に一目惚れして、同時に憧れたのさ。 あんな風になりたいって。 月並みにありふれてるだろ?」
「否定はしない」
「だが、それらも些細な要因さ。 アタシが傭兵の所属したのは――ガバルドとギリギリの死闘を繰り広げるためさ」
「――――」
絶句。
意味が、分からない。
確かに理由も原因も理解した――だが、どうして一人の少女がそんな野蛮な決断をしたのか、納得ができない。
「別に共感を求めてもねぇよ。 アタシはただ、ガイアスの繋がりたかった。 愛で、想いで、剣で」
「――――」
「きっと、王国の騎士に所属していればそれなりに良好な関係を築けていただろうな。 ――だが、それじゃあ意味がない」
「――――」
「本気の、それこそ殺す気で互いに殺し合わなければ――その場所に、『愛』はない」
「……そうかい」
それは、哲学だ。
彼女が、共感などを一切求めずただただ述べたその哲学に、俺は何と無しに美しいと、そう思えたしまった。
「魔人国には、お前のように人族を同等と捉える者はどれくらいいる?」
「皆無、さ。 アタシにも聞いたことも見たこともない」
「そうか……」
やはり、ジューズという女性が、そのような特殊な考えを持ち合わせているのが家庭要因が大きい。
そしてそれに該当する者が少ないのは薄々理解していたが、それでも存外ショックを受けるんだな。
だが――面白い。
「お前……何笑っていやがる?」
「? ああ、済まん済まん。 別にお前を侮辱したわけじゃないよ。 でもさ、思うじゃん?」
「?」
俺はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、その言葉を紡ぐ。
「――逆境くらいがクールだろ?」
「ハッ! 世の中には変な奴もいるもんだな!」
そんな晴れやかなジューズの快活な笑みはどこまでも響いていったのだった。
ちょっとした伏線です。




