蝕腐
「――――」
舌なめずり――刹那、その姿が掻き消える。
「ふんっ!」
「――――」
雷光さえも霞む速力で岩肌を踏み締めたジューズは音速を超越した超速で疾駆し、そのまま対峙する相手の懐に入る。
踏み込みさえも不要な程の俊足。
故に回避など到底不可能――そう、誰もが対峙する黒ローブの死を認めたその刹那、それが覆される。
「――『叡智眼』」
「――ッッ!?」
そして、黒ローブは諦めたかのように柄を握りながら微動し――踏み込み、抜刀。
低い姿勢で晒された刀身は、容易に迫りくる雷光と拮抗、太刀打ちし、甲高い金属音を奏でていった。
その驚嘆すべき光景に凄惨な笑みを浮かべるジューズ。
「お前、私の斬撃が見えんのか?」
「いいや、肉眼では。 ――ただ、正しいを見極めてるだけですよ」
「ほう。 女か。 良い剣士だな、是非とも手合わせ願いたい。 ――まぁ、そもそもお前に拒否権なんてないがな!」
「――――」
黒ローブの声の主は驚くことに澄んだ少女の声であったが、しかしながらカメンで慣れている俺たちには些細なことだ。
「魂の視認……面白い魔術だな」
「余所見している暇などあるか?」
「あるよ。 幾らでもな」
迫りくる横薙ぎの刀剣を屈んで回避。
そのまま、レギウルスの格闘技をモチーフにし、見よう見真似で獣のように低姿勢で回し蹴りを放つ。
対峙する黒ローズはそれを跳躍し、回避。
そのまま回転しながら遠心力が上乗せされた刀身で俺を切り刻もうとするが――軽い。
「遅せぇな」
「――――」
「知ってるか? 本当にヤバい奴は姿の視認さえも不可能なんだぜ? それに比べればお前無茶苦茶遅いじゃん」
「侮辱するか」
「いいや? ――ただただ哀れだなぁと」
「――‼ 『蝕腐』ッッ‼」
何かを詠唱し、黒ローブは懐から取り出したナイフを洗練された、鮮やかな動作で正確無比に投擲。
(先端に魔力……回避した方が得策そうだな)
ある程度の魔力は回復しているので身体能力を強化すればナイフ程度、容易に防ぐことができるだろう。
だがしかし、先端に塗り固められたどす黒い魔力が若干気になる。
こんなところで死んだら無茶苦茶恥ずかしいしな。
ほぼ同刻のタイミングで放たれた幾つものナイフの一切合切を打ち落とすのは到底不可能だと察する。
ならば、打開策は回避一択だなと判断。
だがしかし、ここで更なるイレギュラーが。
左へ跳躍し飛び舞う短刀を回避した直後――飛翔するナイフに軌道が物理法則でも狂ったかのように変更される。
「チッ! 追尾でも使ってやがるのか?」
「さぁな。 ――劇毒に、苛まれろ」
「――――」
本来ならば追尾式の術式は『戒杖刀』さえあれば容易反転できるが、非常に悔やまれるが俺の愛刀は今不在だ。
アレと変わりとなる武器もない。
ならば――問題は、無い。
「――ッ!」
「遅せぇなぁ! こいつらも、お前も!」
俺は薄く笑みを浮かべながら、更に短刀を投げ入れようとする黒ローブへ肉薄していった。
運が良ければこの黒ローブも自分が繰り出した幾多ものナイフに巻き添えを喰らって串刺し、まぁその前に追尾式は解除するだろうがな。
追尾式に込められている魔力も限られているだろうし、いきなり速力が上がりでもしない限り俺が流星群のように宙を飛翔する短刀が突き刺さることはない。
追尾式の最も簡単な解除方法。
それは――術師の殺害だ。
「それじゃあ――俺のために死ねよ、術師」
「――――」
そして俺は銘も無い、何の変哲もない鉄刀を片手に勢いよく脚力を強化し、黒ローブへと疾駆していった。
一閃。
その度に白銀の刀身は正確無比にナイフの先端を避け、柄の部分を迎撃し叩き切る。
どうやら追尾の魔術は対象の破損でキャンセルされるらしく、切り裂いた短刀が再度この術師の意思で舞うことはない。
そして、数秒短刀の雨あられを避け、時に迎撃しながら避けていると、いつのまにかお互いの距離感は0に。
「ふんっ!」
「遅い」
0距離から繊細な動作で放たれるナイフを首を傾げる動作で回避――激痛が。
「あがっ……クソ、お前手加減しやがったな」
「ご名答だ」
俺は背後から唐突に突き刺さったナイフを引き抜き、即座に虚空に水を生成し、それを氷結させることによって止血を済ませる。
推し量るに、先程までのあの地を這う如き速度はあえて魔力を抑え、背後のナイフから意識を逸らすカモフラージュ!
この距離ならば誤爆を避けるために背後を踊るナイフは鳴りを潜めると思っていたが、アテが外れてしまったな。
そう嘆いた直後――眩暈という表現が可愛らしく思える程の得体の知れない不快感と、泥酔でもしたかのような感覚に苛まれる。
成程、俺の憂慮は的中したわけか。
「毒……!」
「そういうことだ、少年。 余り大人を舐めるな」
「――――」
そう言い放つと、男は踏み込みと同タイミングで俺の脳天目掛けて劇毒が付与されたナイフを投擲する。
避けれと理性が理解していながらも、身体が言うことを聞かずに真面に立つことさえも困難になっていく。
「――死ね、少年」
猛烈な殺意と優越感が入り混じった言葉が投げかけられると共に同時に、黒ローブの鋭利なナイフが俺の脳天を貫いていた。
「――――」
本来、この程度の傷で俺が死ぬことはない。
俺も神獣の器なわけでその身体能力もそれなりのモノで、故に傷への耐性はそれ相応のモノであるはず。
だがしかし、俺の魂は死ぬとけたましく警鐘を鳴らしている。
「――『天衣無縫』」
即座に俺の身体を巡っていた劇毒の存在を消去。
だがしかし、その微かな隙をついて黒ローブは俺へと肉薄、そして再度何度も何度も、執拗にナイフを突き立てる。
ぶちまけられや脳漿を横目に、あぁ死ぬんだなと漠然と理解していた。
だがそれを拒むことも、受け入れることさえも脳細胞が朽ちていったこの頭じゃ満足にできやしない。
脳の活動が停止してしまえば必然、魔術の発動など到底不可能。
痛覚さえ消え、輪郭が覚束ない視界の中、親の仇とばかりの俺を頭蓋は無遠慮胃に抉られる。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も――、




