劣等感に蝕まれて
「――久しぶりですね、レギウルス」
「――――」
にこやかに、されど濁り切った瞳で語り掛ける美麗な少年を、信じられないとばかりに首を横に振る。
「レギ、一旦落ち着くのだ! 魔王様の勅命でも伝えに来ただけ――」
「――いいえ、違いますよ」
忠告といようよりかは、自分を自分で言い聞かせるようにメイルが高い声を張り上げる。
だがしかし、その一縷の望みが混じった推測は、本人の絶対零度を思わせる冷徹な表情で否定される。
「―――――」
「確かに、僕は魔人族。 ですが、だからといって貴方たちの味方になると、一体全体誰が決めたのですか?」
「お、お前……!」
「勘違いしないでもらいたい。 僕の人生を貴方たちが文句をいう権利も義理も無い。 その程度の関係ですから」
「違う! 俺は――」
「――ならッ!」
不意に、溢れ出す感情をせき止めていたヨセルの自制心が何かの拍子に決壊し、伝えきれなかった思いが吐き出される。
「なら何故、僕の苦痛に気が付かなかった? 所詮、君は僕を一人の魔人族として見ていなかったってことですよ、『英雄』!」
「――――」
「貴方の強さに憧れた! だが、どれだけ努力しようとも貴方が片手間で成し遂げてしまう事柄ですら満足にできない」
「――――」
「貴方に、この劣等感が理解できますか? いや、『英雄』なんかには到底理解できない感情ですよね?」
「――――」
言われっぱなしのレギウルスは彼にしては珍しく神妙な顔つきで俯く。
「……ヨセルは、かつて私たちと同じように前線でお前たち人族を切り払う日々を過ごしていたのだ」
「――――」
状況が呑み込めない俺をメイルは思い返すようにそう語る。
「だが、それも数か月程度の話。 やがて次第にヨセルは私たちに顔を見せることもなくなり、そして傭兵を止め新たな人生を歩んだ」
「そうか」
「ヨセルはレギとは違って微笑みを絶やさないように気丈に振る舞っていたが……こんな感情を抱いていたことは、初耳なのだ」
「――――」
そう驚く反面、メイルはどこか納得した様子だった。
おそらく、それはメイルもヨセルと同じような感情を抱いた覚えがあるからに違いないだろうと推測する。
そもそもの話、レギウルス・メイカは存在自体が規格外なのだ。
その優秀極まりない血筋故に彼が持ち合わせる才能は計り知れなく、そして異次元の品物であった。
故にそれを常人が真面に直視すれば余りに眩しく感じられ、そればかりかその極光に文字通り目が燃え上がってしまうのだろう。
降り積もった劣等感は凄まじく、やがてヨセルという非才の少年の心を徐々に、しかし確実に蝕んでいった。
「僕の名はヨセル・アンヘリア――『亡霊鬼』の順々なるシモベ」
「――――」
そして、その宣言に呼応し、今までヨセルの独白を傍観という形で見守っていた黒ローブたちが一斉に蠢動し、立ち尽くす俺たちへと襲い掛かってきたのだった。
「――燃えて」
「なっ」
――それは、澄み渡った鮮やかな水面を思わせる美声であった。
だがしかし、その美麗な声色に反して巻き起こった現象は、どこまでも物騒極まりないモノであった。
白ローブ――カメンの詠唱と共に、一斉に襲撃しようと疾駆する黒ローブを燃え滾る火炎の海によって牽制する。
よし、いつまでもこれで分断できるとは思ってはいないが、だがそれでも時間を稼ぐことはできた。
非戦闘員の避難と、強力な加勢を待つ時間が。
「メイル、指示は思えが一番的確だと思うから頼む。 それと手負いのレギウルスはお前が責任を以て運搬してくれ」
「ニンゲンに命令されるのは癪なのだが、この状況ならばやむを得ないのだ。 協力するぞ、ニンゲン」
「スズシロ・アキラだ。 ちゃんと覚えろ」
鞘から白銀の刀身を晒した瞬間骨が軋む心地の良い音が響き渡った。
ライムちゃんには、その性格故に俺の治療だけを最優先にしてしまいそうなので自分は最低限の治癒で我慢し、後はレギウルスの治癒に集中してもらったせいで今や体の至る所が満身創痍、瀕死まで一歩手前だ。
だがまぁ、苦痛は慣れているしね。
問題はこの満身創痍な状態でも全力を発揮することは難しとはいえ十分戦える俺より、重傷を負ったレギウルスだ。
どうも『獣化』は魂魄にまで影響が及ぶらしく、身体の方の治癒が完了したからといって直ぐに戦闘を開始できる状態ではないのだ。
そんな手負いの体でもそこらの有象無象は容易に撃退できる腕前をレギウルスを持っているが、だがしかしそれは雑魚に限った話。
もし万全の準備をしてでも苦戦するような強敵がこのローブ集団の中に紛れ込んでいるのならば、今のレギウルスは明らかに足手まといになる。
「そういうわけで、お前は一旦退場だ。 異論はないな?」
「あるに決まってるだろ!? これは俺とヨセルの問題だ! 部外者――それもニンゲンは引っ込んでろ!」
「その満身創痍な状態で言われてもな。 まぁお前が了承しようと拒否しようと問答無用で退避してもらうからな。 メイル、よろしく頼むぞ」
「……癪だが任されたのだ」
人間である俺に指示されるのがそれなりに複雑なのか、敵意を隠しもせず、されどレギウルスを抱える手先はどこまでも優しくて。
「止めろ、メイル。 これは俺が決着を付けなきゃ――」
「命最優先。 それが私の鉄則なのだ」
「――――」
「恨むなら、私を恨んで」
多分、自らが汚れ役を選んだのは彼女なりの気遣いだったのかもしれない。
その視線に押し黙り、レギウルスは乱雑に幼馴染の手によって運ばれていった。
「……一応聞いておくが、この襲撃お前が関与しているんじゃねぇだろうな」
「それこそまさかさ。 俺がそんなことをするとでも、ジューズ?」
「――――」
「ちょ、どうして黙るの!? どうして視線を彷徨わせるの?」
「いや……だってお前明らかに外道の類だし」
「失礼な」
だが否定はしない。
不意に仮面ごしから澄み渡った高い声が響き渡る。
「――そろそろ、限界」
「――――」
刹那、つい先刻まで轟々と燃え滾っていた烈火が、何かの拍子に、一瞬で氷漬けにされてしまった。
しかもこの気配、魔術師か!
更にその手腕は明らかに俺より上位――、
「チッ。 食わず嫌いしている暇はどうやらねぇようだな、雄」
「ハッ。 言ってろ」
「――――」
唐突に始まった襲撃は、魔人族幹部カメンとジューズ、更にその隣に俺という異分子が混じり、いよいよ混沌を極めていった。




