万雷の、拍手を
「――――」
レギウルスは宙を猛烈な速度で飛翔する紅血刀を数秒程目で追っていたが、それが不毛と察し剛腕を構える。
どうやら紅血刀のことは諦めたらしい。
俺は『獣宿』によって満身創痍となった右足を何とか奮い立たせ、こちらを睥睨するレギウルスを見据えた。
レギウルス攻略の必須条件は紅血刀の消失。
破壊、または消去という手段も存在するがそれではレギウルス・メイカという人物の神髄が消えてしまう。
あくまでも、この決闘の趣旨はレギウルスの勧誘。
こんなところでメインウエポンである紅血刀を失っては困るのだ。
「レギ! 今すぐ『獣化』を解くのだ! 死ぬぞ!」
「――――」
今までレギウルスが己の命を燃料として莫大なエネルギーを生成しそれによって生じた傷を治癒という循環を繰り返すには紅血刀が必須となる。
それを失った今、レギウルス・メイカに残された時間は限りなく短い。
だが――、
「――――」
「やっぱり、そう来るよな」
「レギ……」
無言で血反吐を吐きながらも構えるレギウルスの瞳からは一片たりとも闘志が失われることは決して無かった。
これも、当然と言えば当然の定めなのかもしれない。
レギウルスという者は『英雄』。
今ここで彼は生きるという意地汚い目的のために戦乱を放棄すれば――果たして、そんな彼を誰が『英雄』と呼ぶのだろうか。
レギウルス・メイカは『英雄』だ。
『英雄』にしか、なれない。
「どうして……」
そんな幼馴染の後ろ姿を嘆くメイルに一言。
「――それが、レギウルス・メイカという人間の生き様だ。 それを否定する権利は、お前らにはないぞ」
「――! 勝手なことを」
「ハッ。 ちょっとした仕返しだ。 気にするな」
実を言うとレギウルスとの初対面のあの言葉にそれなりに憤慨していたり。
この身勝手極まりない言葉はあの無遠慮な言葉の返礼だ。
現状、このままではレギウルスからバケツをひっくり返したように溢れ出す生命が彼の深淵にまrで到達してしまう。
そうなればどうなるか、分からない程愚かではあるまい。
だからこそ――、
「レギウルス・メイカ。 俺はあんた欲しい。 ――だからこそ、殺してでも奪う」
「――――」
無言。
視線と視線が交差し合い――そして、次の瞬間水飛沫を上げ、『騎士』と『英雄』の最後の宴が幕を上げた。
「――――」
水面に荒々しい波紋を拡散させ、レギウルスが猛然と俺めがけて滑走する。
真正面からの馬鹿正直な突進。
本来ならば月彦がお得意な柔道技の一つや二つお見舞いしてやりたいが、しかし相手が余りにも悪凄る。
柔道において重要なのはタイミング。
これを誤ると大惨事になりかねない。
そして今猛然と滑走する『傲慢の英雄』パイセンの姿は既に消え去っており、ただただ爆音じみた足音だけが彼が疾走していることを示している。
うん、視認すらでいないや!
つまりタイミングを計ることなど夢のまた夢わけで。
足音がすぐ目の前へ切迫した直後――跳躍。
「スケートって、何気にやったことないよね」
「――――」
凄まじい速力をその身に宿す氷槍を展開し、それに乗ってこちらも高速移動。
レギウルスの剛腕が振るわれる紙一重のタイミングで回避に成功した俺はその心臓目掛けて指で銃口を作り出し――、
「――蒼海乱式・『蒼穿』」
「――――っ」
加圧した水滴の弾丸を射出する。
だがしかし、レギウルスは超人的な動体視力でそれを回避、そのまま虚空を舞う俺と並走、否それ以上の速度で追い上げる。
『蒼海』の魔術の中でも上位の威力を有する『蒼穿』であったも出血さえもしないとか化け物かよと叫びだしたい。
そして、同時に新たなる問題が発生。
「あっ。 魔力ヤバっ」
「――――」
それを自覚した瞬間、インパクト。
咄嗟に水塊をスライムのように状態にしある程度の衝撃を殺すことは叶ったが、それでもそれなりの重症だ。
スライムの介入が無かったら殴殺されていたことは火を見るより明白という理不尽な現状に歯噛みする。
(魔力が……もう限界か)
そもそもの話、『術式改変』を獲得しある程度最適化されているとはいえ、それを扱う俺は魔術初心者。
そんな俺があれだけの物量の水流を吐き出したのだ。
その代償をこんな局面で取り立てるとか性格最悪かよ。
両者理由は異なれど早急にこの決闘をに終止符を打たなけばならない理由が芽生える。
この状況は、長くは続かない。
現状傷を治癒する手段がない俺の身体は瀕死と形容しても過言ではないレベルの負傷を抱えている。
動きも激痛故に精彩を欠いているだろう。
更に『獣宿』が起因となってもう左足がほとんど思うように動かなくなってしまっている。
不意に、俺を追撃しようと再度跳躍しようとしたレギウルスが盛大に吐血し、その苦痛に一瞬硬直する。
仕掛けるならば、今!
「征くぞッ‼」
「――――ッッ‼」
咆哮、裂帛の気合が奇しくも同一のタイミングで轟く。
「凍れ、レギウルス!」
「――――」
虚空に最後の魔力を振り絞って大量の水塊を生成。
そしてこちらへその剛腕を振るうレギウルスの髪を盛大に濡らした水塊は――次の瞬間心地の良い音と十に、凍結する。
アーチ状に氷点下の氷によって凍結されていったレギウルスは、しかしその身に死力を巡らせ――刹那、破砕音。
身じろぎ一つだけで、巨大な質量の氷のアートを粉砕したレギウルスは、再度俺を捉えようと――、
「残念! ――蒼海三式・『泡沫の舞』!」
「――ッ」
しかしながらレギウルスが振るった剛腕が通過したのは屈折光により映し出された偽物の俺、である。
故に勢い余って豪快にバランスを崩し、しかし体中の至る箇所から出血しながらもレギウルスは体制を整え、迎撃の姿勢を整える。
「――蒼海乱式・『蒼穿・連星』ッ!」
「――――ッッ!」
至る所に配置された水滴素材の弾丸は、限界まで圧縮され存分に猛威を振るう。
しかしながらレギウルスは天才的なセンスと山勘でありとあらゆる角度から放出される弾丸をのらりくらりと回避。
が――、
「――流石に、目玉は『獣化』していても柔らかいんだな」
「――ッッ‼」
『泡沫の舞』と同じ理屈で――しかし、今度は全反射という特殊な現象を用いてレギウルスを惑わした俺は、チェーンソーのように細かな破片が廻り、巡るその氷刃を彼の眼球目掛けて躊躇なく突き立てる。
絶叫。
それと共に噴水のように湧き出る血飛沫が頬を濡らし、そしてその激痛に悶えるレギウルスへと拳を振り上げる。
――初めから、これの使用はやむを得ないと理解していた。
対峙する強敵の名は生ける伝説、『傲慢の英雄』レギウルス・メイカ。
故にこのようなイレギュラーな事態も想定し、策を組み立てていた。
どうすれば、彼のような強敵にも通用する必殺の一撃を放てるのかどうか模索し――そして、童心に帰りようやく辿りついた。
その原理は『獣宿』のほぼ同様である。
魔力を互いに衝突さえ合い、爆発的なエネルギーを生じさせる。
異なるのは衝突さえ合う箇所である。
『獣宿』の場合、突き当たる魔力粒子は実のところ大気に自然に存在する粒子であり、故にその扱いは極端に困難だ。
しかもその割には威力もたかが知れているしリスクもそれなりに高いが故にそこまで重宝されていない。
だが、仮に、だ。
本来大気中で衝突し合う魔力を、体内で――最も意のままにしやすい箇所で打ち当たれば一体全体どうなるだろうか。
『獣宿』の威力不足が否めないのはぶつけ合う魔力粒子が操作しにくい大気中に存在していたが故。
しかし、それだけでもあのエネルギー。
仮に体内で『獣宿』を決行すれば、どれだけのエネルギーが生じるだろうが。
だが、ここで問題が。
『獣宿』を放てばその箇所は満身創痍の大怪我を負うが、その理由は発生するエネルギーの余波である。
余波程度であの傷。
果たしてそれを体内で発動すれば、どれ程の被害が発生するのだろうか。
最悪、死ぬ。
運が良ければ即死、相当に運が悪ければ荒れ狂うエネルギーに体を侵される激痛を息が絶えるまで味わうこととなるだろう。
「――上等ッ!」
それがどうした。
この程度のリスク、あの瞬間と比較すればどれほど幼稚なことか。
幼稚園児の暴力を恐れる奴が居るか?
そうやって俺は己を鼓舞し、魔力を衝突させ合う。
体の内側から溢れ出す得体の知れない全能感とそれを咎めるかのような堪えがたい激痛。
「それが、どうしたッッ‼」
高々とレギウルスへとなけなしの魔力を振り絞って刻一刻と壊れていく右腕の感触を味わいながらも跳躍。
眼球を無造作に抉られた鈍痛に呻くレギウルスを見下ろした俺は虚空に足場を生成し、万力の力を以て踏み締め威力を底上げする。
そして――、
「――いい加減、目ェ覚ませ、レギウルスッッ‼」
「――――」
これでも鳴りを潜めていた魔力の衝突が最高潮に達し、腕がひしゃげる感覚と共に仄かなスパークが発生する。
お膳立ては十分、油断も慢心も一切なく、純粋なる敵対者としてレギウルスを見下ろし――その拳を思う存分に振るった。
「――『臨界』ッッッ‼‼」
刹那、蒼に染まったスパークが迸り、凄まじいエネルギーに目を剥くレギウルスを軽々と吹き飛ばす。
冗談のようにぶっ飛んだレギウルスはリヴァイアサンの肌に建築された数多のログハウスを薙ぎ倒しそれでもなお威力は衰えることを知らない。
「――――」
そして、撃沈と同時に発生した土煙が晴れると。、轟音と共に深々と白目を剥き突き刺さったレギウルスの姿が映りこんでいた。
いつのまにやら『獣化』は解け、元の狼男チックな彼へと戻っている様子だ。
その意識は暗転しており、立ち上がる兆しは見えなかった。
『――騎士スズシロ・アキラと英雄レギウルス・メイカの決闘は今ここに私の宣言を以て幕を下ろしたことを宣言するわ』
「――――」
戦闘不能となったレギウルスの姿を唖然と絶句しながら眺めるメイルの鼓膜をどこまでもマイペースな声色が震わせた。
心なしか感動故に震えているライムの声がスピーカ越しに響き渡る。
『――この激闘を制する英傑、スズシロ・アキラに、惜しみない喝采を』
「――――」
『万雷の、拍手を!』
こうして『騎士』スズシロ・アキラの無謀ともいえる激闘はリヴァイアサンの客船から一斉に響き渡った絶唱によって幕を閉じたのだった。




