『泡沫の舞』
懐かしすぎて作者自身も忘れてたヤツです。
傍目から見れば十分絶望的な逆境。
だがしかし、魔人族の人々を奮い立たせた『英雄』レギウルス・メイカは易々とそれを乗り越え、逆に優勢に進めることとなる。
――声が、紡がれた。
「――汝、獰猛なる獣よ」
「――――」
その呪文が呟かれた刹那、莫大なエネルギーと闘気が溢れ出す。
渦を巻くエネルギーの奔流からは、圧倒的な威圧感が醸し出されおり、それに撫でられ鳥肌が立つ。
徐々に瞳孔が開くレギウルスの瞳を一瞥した瞬間、ようやく俺は彼の真意に気が付き、戦慄することとなる。
――『獣化』だ。
この『英雄』は、この土壇場で何億ものの金銀財宝が必須となる絵画に適当に墨汁をぶちまけたような蛮行をやりやがったのだ。
俺が折角丁寧に描いたプランをレギウルスという男はこうも容易く嘲笑い、そして踏みつけにするというのか。
「お前、マジでやりやがったな……!」
「いいな、その苦虫でも噛み潰したような顔。 お前には、お似合いだよ」
「アッハッハ、クソがッッ‼」
沸々と湧き上がる殺意を波打つ水流にのせるが、巡り続ける氷刃がレギウルスの鍛え抜かれた筋肉を刻み込む瞬間――、
「――汝、獰猛なる愚者よ。 今だけは、一切合切を忘れたまえ」
「――――」
「スズシロ・アキラ。 ――お前へ、敬意を」
「いらねぇよ」
せめてもとレギウルスへと大量の物量の水流を展開するが――時すでに遅し。
爆炎と見間違えてしまいそうな生命の奔流が無作為に周囲に吐き出され、それと同時にレギウルスの容姿が完全に変貌する。
「――――ッッ‼」
「クソッ」
悪態を吐きながら、莫大な殺気を無造作に放つレギウルスを睥睨する。
そしてレギウルスの極限まで加圧され圧縮されたその筋肉が流れ渦を巻く海の猛威に触れた――直後、その輪郭がブレる。
「あっ。 この展開知ってる」
この先の展開を涙目で悟った俺は想起、構成、構築といった手順を一瞬で済ませ、二種類の魔術を繰り出そうとする。
数秒程である程度の準備が整った直後、その獣は獰猛に吠えながらも染み付いて離れないのか洗練された動作で刃を振るう。
振るわれた刃は既に目視さえも叶わない領域へと達しており、故に視認し回避、迎撃するのは不可能。
このシチュエーションで俺が移すことができる挙動は二手。
一つは理不尽の体現たるレギウルスの万力を以て放たれる光さえも超越した速力の深紅の刀身を甘んじて受け入れるか。
だがしかし、それはあんまりにも情けなすぎるよな。
「――そろそろ、妹に格好いい俺を見せつけないとな」
今更になって幻滅させられたら色んな意味で困る。
だから――ここで男を見せないでどうするのだ。
迫りくる刃を殺意を肌で感じながら、しかしそのコマンドを詠唱する唇の動きが止まることはない。
そもそも『神獣』の記憶を垣間見るレベルにさえ到達していなかった俺だが、それも『ループ』を手にれる前の話。
改変魔術の極地たる『ループ』の魔術を魂に刻み込んだことにより俺の魔術師としての腕前は既に別物となっている。
そうしてようやく土俵へ上がりこんだ俺が見た『蒼』の夢。
ガイアスの記憶を盗み見たことにより、その術者の記憶が『色』となる『術式改変』が容易となった俺には、もう一つ解禁されたことがある。
かつてガイアスが愛用していた十の魔術――その使用権限を。
「――蒼海三式・『泡沫の舞』ッッ‼」
「――――ッッ‼」
咆哮と詠唱は重なり合い、そして霧と共にスズシロ・アキラの姿は消しとんでいった。
『泡沫の舞』は転移と似ているようで原理的にはまったく異なる魔術だ。
『泡沫の舞』という魔術を成立するに至って、最も重要となる要因――それは光の屈折なのである。
周囲に霧を発生させ、簡易ではあるもののその空間は水中と同等の効力を発揮することなるだろう。
霧により屈折した光は俺という輪郭を全く異なる位置に映し出す。
故に――、
「――ッッ!?」
「残念、残像だよ」
レギウルスが、明後日の方向に移しだされた、俺を切り裂いたのを見計らって、行動を再開させる。
確かに俺を切り裂いたというのにも関わらず、何ら手ごたえがなかったことに目を剥くレギウルス。
先程までは不審な動きを見せたくなかったが故にある程度行動は制限されていたが、その縛りが解けた今問題はない。
そして俺は足元へ魔力を集中さえ、脚力を飛躍的に強化。
氷結剣片手に水流によって極限まで摩擦力を抑え込んだ水面を滑走し、跳躍、回転しレギウルスへと肉薄する。
それを敏感に察知したレギウルスは迎撃を開始するが――、
「蒼海三式・『泡沫の舞』」
「――――ッッ」
またも、空振り。
本来捉える対象を葬っていた紅血刀はその矛先を失い、勢い余ってバランスが多少とはいえ崩れる。
今だ。
今この瞬間こそが千載一遇の好機。
接近する俺はレギウルス攻略においての必須条件を反芻する。
レギウルス・メイカを英雄としている最もたる要因は彼の両腕に握られている紅の刀身に存在している。
紅血刀が存在する限り、レギウルスにどのような重傷を負わせようともストックされた血液を浪費しいとも容易く治癒してしまう。
攻略には武器破壊が必須。
だがそれは今後のことを考えると余りに愚策。
ならば、残る手段は限られている。
背後、足音を殺し忍び寄る俺は高々と跳躍し、俺を忌々し気に凄まじい形相で睥睨するレギウルスを見下ろす。
「こうでもしないと、俺の背丈じゃ届かないからな。 高望みさせてもらうぞ!」
「――――」
俺を見上げるレギウルスは万力にも勝る圧倒的な腕力で握った紅血刀で奇襲する俺を迎撃しようと目論む。
この状況下、『獣化』したレギウルスの圧倒的な力量に対抗する手段は存在せず、まさに絶対絶滅の戦局――、
「――とでも思っていたのかな?」
「――――」
一つ、お忘れだろうかレギウルス。
あっ、そういえば今回はレギウルスにまだお披露目していなかったなと思い返す。
成程、ならばそれに心当たりが無くとも致しかたないだろう。
ならば、さしも『英雄』であろうとも目を剥く盛大な一撃をお見舞いしてやろう。
――それは、魔術における三大バグ の一角
「獣宿し――『獅子』ッッ‼」
そして、核融合のように互いに衝突しあった魔力は莫大なエネルギーを成し、レギウルスの愛刀紅血刀を轟音と共に吹き飛ばしていった。
屈折現象については……余り、触れないでください。 多分間違ってます




