蒼ノ水平線
CМうぜぇ
――。
――――。
―――――――――――――――。
「――――」
夢を、見た、
まるで妖怪のようにその彼に憑りついたようにその夢は嫌にリアルで、命を奪った感触さえも生々しくて。
否、夢なのではない。
ただの、現実。
楽しい世界を見た、その度に彼女の心底倒しそうな微笑みが有った。
悲しい世界を見た、その度に彼女の泣き出しそうな丸い瞳が有った。
キミの世界を見た、その度に彼女の優しさに救われた自分が有った。
そして――彼女の、最後を見た。
「――――」
あの悲鳴が、脳裏にこびりついて離れない。
それは人間などとるに足らないと、唾棄するべき存在だと誰よりも宣言した男がたった一人の少女のために流した涙で。
やがて――世界が蒼に染まる。
「――――」
「ふんっ。 何を辛気臭い顔をしている、スズシロ」
「……ちょっとな」
「ハッ。 随分と皮肉なことだ」
海のように澄んだ世界の中央に、男が佇んでいる。
その男はゆっくりと目を細める俺を怪訝そうな眼差しをおくりながらも感傷に浸るような顔で言葉を紡いでいった。
「――同情、したか?」
「……厳密には違う。 『共感』だ」
「――――」
俺もガイアスと同種の苦しみを味わっているからこそ、なによりその悲鳴を誰よりも近くで聞いたからこそ、その悲痛が痛い程分かる。
きっと、俺はもう一度ガイアスの同一の苦痛を味わうこととなるだろう。
だからこそ、ガイアスの慟哭を聞いた瞬間、その覚悟が揺るいだ。
「……他人に見せるようなモノではなかったのだがな」
「そうかい。 そいつは残念だったな」
「少し、調子が戻ってきたか?」
「あぁ。 結局『月』に関しては不明だったけど、まぁそれでもある程度の事情とお前という人格が形成された由縁は理解できたぞ」
「そうか」
『術式改変』は実に厄介な術式だ。
本人の魔術を拡散するのならば別に難易度はそこまで高いモノではないのだが、俺のような『神獣の器』は例外中の例外。
なにせ行使する魔術が他者の魔術なのである。
他者の魔術を利用する場合、『術式改変』において重要な要因となる『記憶』を探り出すのに相当時間が必要になってしまう。
故に俗に走馬灯と呼ばれるような現象を起こして無理矢理にでも『神獣』の記憶を漁るのが最適解。
もちろん、結果としては万々歳。
だがしかし、俺の心中に、完全にガイアスの魔術を制御できたことに対する歓喜は存在していなかった。
「珍しく、複雑そうな顔をするなスズシロ」
「俺が釈然としない顔してるのそんなに珍しいか?」
「あぉ。 コロコロと気味の悪い笑みを浮かべる道化師が唐突に真顔になれば困惑するのが世の中だろうが」
「道化師、ね。 言い得て妙だな」
「ハッ」
果たして、本来道化師という概念は俺に当てはまるのだろうか。
それはさておき――、
「覚悟は、できているのだろうな」
「――ああ」
何を、なんていう問いは余りにも無粋である。
端的なガイアスの問いかけに間髪入れずに答える俺を、どこか満足そうに薄く笑い、見据えるガイアス。
「――お前とは、もう少し仲良くできそうだな」
「ハッ」
そして――夢が終わる。
「――――」
勢いよくスズシロ・アキラなる少年が幼馴染の手によって打ち上げ花火のように吹き飛ばされる光景を見上げる。
本音を言うのならば『傲慢の英雄』をしても『獣化』をやむを得ないと判断させたあの少年には多少度肝を抜かれていた。
だが、それでも自分の幼馴染の方が一枚上手である。
「……おいおい、こりゃあ死んだんじゃねぇのか?」
「それはちょっと心配なのだ」
『獣化』直後は理性が全く作用しなくなってしまうが故に、不殺という『規則』を破っていないか憂慮するメイル。
だがその懸念は、『獣化』を解いたレギウルスの主張によって杞憂となる。
「あー。 そこは安心しろ。 アレ、見た目は相当豪快だったけど威力はある程度殺しておいた。 死因が落下しなら別に問題ないだろ。 なあ、妹さん」
『別に私はお兄ちゃんが死ぬなんて一片たりとも思っていないけどね』
「……で、アウトなの? セーフ?」
『一応はセーフよ。 ええ、確かにお兄ちゃんを殺しきっていたらこの博打、あんたたちの勝利で間違いないでしょうね』
「ならさっさと船返せ。 悪いようにはしねぇからさ」
『――――』
おそらくあの男の妹とかいうこの少女も『誓約』の対象なので、レギウルスが指示せずとも手早くこの客船を解放するだろう。
だがしかし、スピーカから響き渡ったのはクスクスという澄んだ嘲笑。
それを怪訝に思いながらもレギウルスは問いかける。
「お前、自分の兄が死んで悲哀とかそういう感情沸かないのか?」
『えぇ、もちろん沸くわよ。 もしそうなったら八つ当たりにこの世界滅亡にまで追い込んでやろうかしら』
「ハッ。 だったら無様に泣き喚けよ。 嗤いやしねぇぞ」
『アッハッハ――この世界のお兄様以外の生物は皆愚かで愚昧だということが貴方のおかげで証明されたわよ』
「――――」
『――何時、私のお兄ちゃんが死んだと思ったの?』
「なっ――」
調子に乗るなよ、と殺気を放とうとした直後――ソレはやってくる。
その少年の鮮やかな頭髪は透き通るような蒼に染まっており、その造形は神ですら唸る程に整っている。
だがしかし、そんな美麗な少年の至る所に鮮血がこびりついており、そしてその形相は明らかに一般人などではない。
狂っている。
そう一目見た途端否応なしに理解できるようなおぞましい狂気と深淵を彷彿とさせる虚無が宿っているのは火を見るより明らか。
その少年の姿形を補足したレギウルスは信じられないとばかりに目をわなわなと震わせ、瞠目する。
何故なら、その少年は明らかに自分がこの手で一度意識を奪い、そしてそれは地面に落下し頭蓋がザクロのように裂けるまで永遠と続くはず。
だというのに、何故――、
そしてようやく、己が最後の猶予を無為にしたということを悟った。
「術式改変――『蒼の水平線』」
――直後、どこまでも澄み何より『蒼』い海が展開される




