獰猛なる愚者
実は私黒タイツも好みだということに愕然としてしまいました
――『夢喰い』
これに付与された魔術は『幻想』と『転移』で、端的に言うと距離の意味がなくなる。
詳しく言及すると、目で見渡せる範囲に限っての話であるが、どのような地点でも刃を『転移』させることは可能だ。
その能力故にコレには間合いという必然の概念が存在しない。
更に付与された能力のうち一つ、『幻想』は周囲へ無作為に気配をばらまき、相手を混乱させるだろう。
レギウルスにはある程度付与された魔術は把握されちまっただろうが――問題は、ない。
「――――」
「くっ」
ある程度把握されているが故に、俺は開き直って無造作に虚空を切り刻む。
「ハッ。 それはもう見たぞ」
「だろうな」
背後から出現した気配に後退し――直後、レギウルスの胴体を深々と紫苑の刀身が突き刺さり、穿っていた。
俺はそれを引き抜き、更に刺突を繰り出す。
上空に気配――反対のリヴァイアサンの肌へと山勘で紅血刀を振るうが、刹那彼の顔面目掛けて強烈な刺突が放たれる。
「ぐぁっ、がぁっ」
顔面が砕かれる直前、レギウルスは瞬時に跳躍し、寸前のところで脳漿が無作為にぶち任せる光景は回避される。
だがしかし、肩へと深々と刺さった傷は明らかに重傷で。
紅血刀である程度は治癒が可能とはいえ、激痛が減衰することはない。
耐え難い苦痛に呻くレギウルスへ、俺はしたり顔で薄く嗤う。
「おいおい、見たんじゃいのか? 二度も見た攻撃喰らっちゃうとか、『英雄』として、いや人として恥ずかしいくないの?」
「て、テメェ……!」
我ながら憎たらしい笑みを浮かべ、中指を立てながらも追撃を――、
「――あぁ、成程な」
「――――」
しようとした瞬間、レギウルスが懐から、千里の里まで届きそうな程の鎖によって繋がれた鋭利な鎌を取り出す。
刹那――嵐が、巻き起こった。
「おいおい、んなの反則じゃねぇのか!?」
「ガッハッハ、いい加減二度も三度も同じ小手先技を喰らうと思うなよ?」
「チッ」
快活に笑い、鎖鎌で嵐のような旋風を巻き起こし、全方位に存在するありとあらゆる存在を引き裂こうと唸りを上げる。
もちろん、この殺戮圏内を迎撃するのは、到底不可能であり、『夢喰い』の出番は当分ないようだ。
成程、考えたな。
全方位を嵐のように刻み込むことによって、万象を断絶する斬撃は攻撃と結界の役割を同時に果たしている。
確かにこれじゃあ意味はないようだな。
――とでも、思っていたのか?」
「――『ユメクイ』」
「なっ……?」
直後、心臓から生えた鋭利な切っ先を、レギウルスは唖然と目を見開き凝視していた。
「内臓も、刃の展開範囲内なのか……!」
「ご名答」
盛大に吐血しながらもそう結論を下すレギウルスへ、俺はしてやったりとばかりに不敵な笑みを浮かべる。
『夢喰い』の刃の殺戮圏内は無制限――つまること、こうやって内臓から人肌を抉ることも容易なのだ。
「流石に、内臓を固めるのは不可能だよな?」
「くっ……」
紅血刀の権能を駆使し、傷跡を治癒するレギウルスが、俺を心底忌々し気に睥睨する姿を、悠然と眺める。
流石に『英雄』とはいえ、内臓に魔力を固めるのは不可能。
「レギウルス。 距離を詰めない限りお前の敗北は確定するぜ?」
「……だろうな」
苦々しい顔で俺の意見を珍しく素直に肯定する。
その態度を訝しげにレギウルスを見詰める。
俺が全力で逃走し、その合間に『夢喰い』を振るってレギウルスにおぞましい程の重傷を負わすことは容易。
俺の体力は魔力に比例するので、先に力尽きるのはレギウルスだろうな。
それを自覚できない程の愚者ではあるまい。
「何で、お前はそんなに余裕そうなんだ?」
「ハッ。 実際はあんまり余裕じゃねぇが、余裕ちゃ余裕だよ。 ――お前を滅ぼすには、十分すぎるくらいに」
「――――」
そもそも、この獰猛な男には腹芸を扱う類のタイプじゃなく、直感と本能のままに暴れるタイプだ。
ハッタリではないのならば――、
「――汝、獰猛なる愚者よ」
「――――」
刹那、世界が激震する。
物理的に、ではない。
空気がまるで地震でも起こったように激震し、心なしか空気が陽炎のように揺らめいているのが分かる。
世界を構成する物質が、『英雄』という存在を喝采し、震わせる。
魔力の流れこそないものの、故に純粋な力の塊が集束するのがよく分かった。
「何なんだよ、一体……」
「――汝、獰猛なる愚者よ。 その愚かなる本能を曝け出し、取り巻く一切合切の事象を忘却していまえ」
「――――」
レギウルスがうわごとのように呟かれる度に、凄まじい活力の奔流が渦を巻いているのが否応なしに理解できた。
なんだ、この異変。
突如として起こった異常事態に目を剥く俺を置いていき、事態は急速に進んでいく。
「――汝、獰猛なる愚者よ。 全てを壊せ。 万象を喰らえ。 一切合切を蹂躙しろ」
「――――」
そして――『それ』は起きた。
「――汝、獰猛なる愚者よ。 愚かであれ、醜くあれ、獣であれ」
それが紡がれた刹那、レギウルスの強靭な肉体に異変が起こる。
レギウルスの修練の賜物によって鍛え上げられた肉体の産毛が急速に成長し、二メートル程あった背丈も今や倍に増幅している。
凄まじい覇気が放たれ、それに身震いしてしまう。
もともと彼は獣らしいと思っていたが、これでは正真正銘の野獣ではないのか。
そんな異変に愕然している間に、最後の詞が紡がれる。
「――汝、獰猛なる愚者よ。 今だけは、全てを忘れろ」
――次の瞬間、『傲慢の英雄』は紛うことなき獣へと変貌を遂げていった。




