ニンゲン
「……会話など、不要」
今にもその鋭利な鉤爪を振るい、俺を刻み込もうとするメイルを出頭を潰そうと、俺は微笑み語り掛ける。
「一応一言忠告しておくが、制御室を征服しちゃってるのは稀代の『賢者』だからな? レギウルスならばともかく、お前らには倒せんよ」
「ならば、俺がそいつを殺せばいいだけの話だろうが」
「それを、ここにお前らを集めた俺が許すとでも?」
「――――」
確かに、前述の通りそれなりの接戦にはなると思うが、それでもライムちゃんがレギウルスの息の根を止めるのは不可能だろうね。
というかされたら困るし。
まぁ、そういうわけで今ここに俺がレギウルスを集わせたワケ。
不殺なんていう面倒な縛りも存在するが、それをひっくるめても俺の勝率はそれなりの位置に維持される。
そしてレギウルスさえ沈めれば、それでこの船を完全に支配したと同然。
「……助太刀するぞ、レギ」
「助かる」
「それじゃあ、自分はガバルドと再会するまで死ぬわけにはいかないから制御室へ侵入することにするぜ」
「――――」
それぞれが得物を構え、一触即発の空気が演出される。
そんな殺伐とした光景を俺は苦笑いしながらやんわりと止めようとする。
「おいおい、俺の目的は和平。 今ここでお前たちに危害を加えるわけないだろ?」
「ならば何故、制御室を占拠したのだ?」
「こうでもしないと、お前ら俺の話、聞いてくれないでしょ? 絶対、問答無用で切りかかるっしょ?」
「――――」
図星なのか口をつぐむメイル。
魔人族との溝を深く実感した瞬間であった。
こういう殺伐としか価値観を見てみると、如何に出身地である日本が平和であったのか理解できる。
「そもそもの話、『老龍』の封印を解こうと暗躍する第三者など存在するのか? それを証明するのだ」
「アッハッハ、無理」
「――――」
実を言うとその証明は今この瞬間からでも行うことは容易なのだが、それでは目的が達成できないので自重する。
そして俺は殺意を隠しもせず無遠慮に放つ幹部連中を見据える。
「実を言うとさ、俺平和とかマジでどうでもいいんだよね」
「――――」
「ただ単に、その状況が必要だからこうして猶予期間のうちに頑張って基盤作ってるの。 お分かり?」
「荒唐無稽という言葉を知っているか、ニンゲン」
「人間、人間ね……」
軽蔑と嫌悪の眼差しと共に吐き出された「ニンゲン」という蔑称に、どうしようもなく歓喜してしまう。
いやー、俺マゾチックな奴じゃなかったんだけどなー。
「……何、笑ってんだよ」
「あぁ、これは失敬。 別にお前たちを蔑んだわけじゃないぞ。 バラエティーでも見るカンジかなぁ?」
「――――」
これ以上は不毛とばかりに紅血刀を構えるレギウルスを見据え、小さく「よろしく、ライムちゃん」と囁く。
そしてついに一触即発の張り詰めた空気が破られ、そして血を血で洗うような激闘が始まるかと思えたその時。
『あー、お兄ちゃん、聞こえてる?』
甘く、淀んだ甲高い声が、響き渡った。
「――――」
何故、このタイミングで、と俺への警戒を薄めることなく戸惑うレギウルスの鼓膜を、高く澄んだ声が震わす。
「お前、何をしたっ」
「さぁね。 俺は合図をしただけさ」
困惑する面々の総意を代弁するメイルへ、弄ぶような醜悪な嘲笑が贈られる。
それに激昂しようとした瞬間、スピーカからやけに生々しい音が響き渡る。
無作為に巨人が小人をへし折っり、砕けたような破砕音と共に地獄を体現したかのようなおぞましい悲鳴が鼓膜を震わす。
その絶叫には世界への怨嗟が余すことなく、込められていた。
「お前、何をした……?」
「それを説明するのは俺の役じゃないさ」
そしてメイルの疑念は、再度スピーカから響き渡る甘く蕩けそうな声色によって打ち払われることとなる。
『今、貴方たちの部下のうち一匹の内臓を抉っているわ。 溢れ出す鮮血って、やけに綺麗わよね?』
「――っ!?」
『あぁ安心して。 ちゃんと治癒はしてるから――何度だって狂えるよね♡』
「――――」
狂っている。
言葉を語るより先に彼らの総意が容易に察することができた。
うん、俺はすこぶる同意見。
でもそれを表にだすと確実に面倒なことになるのは火を見るより明らかなので、「ありがとね、ライムちゃん」と褒める。
「貴様……っ!」
「おっと、武装は解いてもらおうか。 それとも俺でもドン引きするような凄惨な絶叫を耳に焼き付けるのがお望みか?」
「くっ……!」
おそらく、彼の素性が一介の傭兵ならばこんな脅迫、何の意味も得ていないだろう。
だが、現状俺はメイルへ呻く彼の素性を知られていない。
切って捨てることも可能だが、しかしながらそれが準幹部レベルの者だったら大問題になっちまうよな?
上司は部下を死守するモノ。
ガバルドの言葉が目に染みる。
「お前……それでも人かっ」
「それに関してはノーコメントで。 あんまり人にそういうこと言っちゃったっら傷ついちゃうぞー?」
「お前が傷心しようとしらんのだ」
そう言いながらも龍化していた鋭利な鉤爪と元の華奢な姿へとメイルは変貌させる。
今のところ敵対の意思はない。
メイルはそう言外に告げる。
「……魔人族を害する所存はないと言っていたが?」
「アッハッハ、別にあの子治癒魔法に関しても天才的な腕前だし、あの程度の傷なんでもないっしょ。 心の傷? 気合で頑張れ」
「やはり、貴様はどうしようもない外道なのだ」
「よく言われるよ」
面と向かって罵られるのは存外傷心するというのが理解できました。
周囲を見渡してみると率先して武装を解いたメイルに従って他の面々も得物を下ろしている様子であった。
ようやく、本題に移れるようだ。
「俺の目的は魔人族との和平――そして、それとは別にレギウルス。 お前が欲しい」
「――――」
「だが、どう言いくるめようがお前が人間である俺に篭絡されることはない。 そうだろ?」
「……あぁ。 それに関しちゃ異論はねぇぜ」
「ならさ――賭けをしよう」
「――――」
俺は心底愉快そうに薄い笑みを浮かべ、レギウルスへその条件を突きつける。
「――ルシファルス家のロクでなし騎士、スズシロ・アキラは魔人族の『傲慢の英雄』レギウルス・メイカへ決闘を申し込む」




