説得
ジューズさんの命名理由は咄嗟にペテ公の元ネームが頭をよぎったというしょうもない理由です。
というかアレどういう趣旨なんだろう。 あだ名? それとも本名?
依然として不明ですね
「――――」
空を猛烈な速度で舞うリヴァイアサンの速度は凄まじく、普通の平凡な人間ならば空気摩擦で焼け飛ぶだろう。
だが今この場に集う人々は、到底『平凡』なんていう言葉が似あうような存在ではなかったらしい。
「――やぁ、久しぶりだな」
「……カメンはともかく、俺たちはお前と一度も対面したことはねぇぞ」
「俺が一方的に見知ってるだけだよ。 にしても嬉しいねぇ。 こうも簡単に誘導されてくれるんだから」
「――――」
殺人鬼も全裸で逃げ惑うような凄まじい形相で俺を睥睨するレギウルスの殺意を受け流しながら、集まった幹部連中を観察する。
まず何といっても注目すべきは『英雄』の息子、『傲慢の英雄』こと、レギウルス・メイカである。
筋骨隆々な彼からは思わず鳥肌が立ってしまいそうな、凄まじい威圧が無作為に周囲に放たれている。
「――――」
そして次は、そんな『次代の英雄』レギウルス殿の幼馴染であるメイル。
レギウルスと勝るとも劣らない魔力を誇っており、容易に討ち果たすことは不可能だろうと察することができる。
次はその美しい容貌を仮面によって覆ったカメンという名の幹部。
言うまでもなく偽名である。
彼女の魔力はこの場に集った幹部の中でもトップクラスであり、事実その爆炎は猛烈な熱量を誇っている。
最後に山賊のように動きやすさを最優先した軽装の美女――ジューズ。
どうやらガバルドと何らかの因縁があるようだ。
「……何が目的だ」
「さっき宣言した通り。 レギウルス・メイカという駒の入手と、ついでにこの不毛な戦乱の終結。 お分かり?」
「ハッ。 理解できないねぇー」
ジューズが胡乱気な眼差しを向けて吐き捨てる。
赤子でも理解できるようにちゃんと説明したのに!と憤慨しながらも余裕綽々な態度は決して崩さない。
「どうしてだ? 何か不思議な事言ったか?」
「んなのツッコミどころ満載だろうがぁ! 戦乱? お前もしかして魔人族と人族との戦争、これに終止符を打つ気なのか?」
「アッハッハ」
確かに、今の口調じゃあ語弊が存在しちゃうな。
俺の言葉を字面だけ受け取るのならば、魔人族を滅ぼしてこの戦乱を終焉に導くとしか思えないわな。
だが、それはちょっとばかり俺の目的にはそぐわない。
いい加減、そういう物騒な手段があんまり利益は生まないことに気が付くお年頃なのだ。
というわけで、俺はあっさりとそれを否定した。
「違うさ。 確かに俺はこの戦争を終わらせる。 ――和平っていう形でな」
「なっ――」
俺の言葉に今まで傍観していた幹部たちが絶句するのが否応なしに理解できる。
人族は害悪、故に目視次第殺害せよ。
それが、およそ数億はいる魔人族たちの共通認識であり、そしてそれはまた逆も然り、なのである。
そしてそれが覆ることは、永久にない。
そういう価値観を持ち合わせていれば、そんな反応になるよなー。
集中する視線に肩をすくめながら、俺はそんな彼らに怖気づくことなく、堂々と宣言する。
「意味が、分からない……」
「そんなに不思議か、メイル?」
「お前が私の名を呼ぶな! ……そんなことより! 何故、そのような荒唐無稽なこと考えたのかと聞いているのだ!」
「アッハッハ」
取り乱したように吠えるメイルの眼光はどこまでも鋭く、揺るいでいて明らかに動揺しているのが分かる。
それが普遍的な反応だ。
それは、数えるのも馬鹿らしい程の人間を葬った彼らには猶更衝撃だろう。
ならば俺はその常識を取っ払ってやらなくちゃな。
「六百年、この膨大な歳月の間、どれ程の同胞が貴様らに滅ぼされたと!?」
「あぁ、そうだな」
「その様子じゃお前も理解しているのだろう? 魔人族と人族が手を取り合うには、余りに遺恨が深すぎるのだ」
「あぁ、そうだな」
「理解できんっ! それを理解してなお、そのような愚かな妄言をぬかす!? 説明しろ、スズシロ・アキラッ!」
これに関しては、メイルの仰る通りだ。
六百年前から始まったこの戦乱は、莫大な犠牲を生み出していながらも一進一退で、結局未だ決着はついていない。
もちろん、それには『厄龍』ルインが大きく関わっているのでそれも仕方がないのともいえるのだがな。
そしてそれによって生じた怨恨は凄まじく、その垣根を越えて手を取り合うことは到底不可能――。
ある例外を除いて。
「メイル。 俺が何故、今更になって手を取り合うことを望むのか、不思議だよな?」
「――――」
無言こそが何よりも肯定。
その暗黙の了解をそう解釈し、俺はメイルへと告げる。
「――『老龍』。 知らないわけないよな?」
「……当然なのだ。 アレが残した傷跡は余りに深いのだ」
「ん。 同意見だ」
「……それが、どうしたのだ? 『老龍』は貴様らの領地で永久に封印されているのだろう? 何も関係ないのではないか」
「それが、永遠なんで果たして誰が決めたんだろうな?」
「――――」
知っての通り『老龍』は二百年前に封印されており、そしてそれが解ける日はおそらく来ないだろう。
それはアレに付与された魔術を考慮すれば間違いない。
だが――一つ、例外が。
「ウチの国宝にさ、万象の魔術を消去するアーティファクトがあって、それが最近盗難されていった」
「まさか――」
「そのまさか。 詳細は不明だが、『老龍』の封印を解こうとする奴がいる」
「……下らん。 根拠がない。 そんなモノを信じる意味も義理もないし、そもそもお前らにそんな信頼はないのだ」
「それはよく分かる」
実は『老龍』解放には色々と裏があるのだが、そこら辺の諸々の事情は割愛するとしよう。
「現状、俺にその根拠を示す手段は存在しない。 もちろん、お前はそんな俺を信じ切ることも到底不可能」
「そういうことなのだ。 話は以上か?」
「――――」
不意に、莫大な殺気が溢れ出す。
仮に、魔人族が俺の要求に順々に従ったとしても、俺がその後彼らをどうするかは保証がまったくない。
つまり、このすべてが不毛というワケで。
リヴァイアサンを狂わせ、コレに乗客する傭兵を皆殺しにする前に制圧すればいいだけの話なのだ。
ふと、周囲を見渡してみると他の面々もメイルと同じように構えをしている。
それに魔人族としてはさっさとこのトラブルを解決して、亜人国たちの準備が整うまでに侵略を進めたいのだろう。
一触即発の空気の中、俺は特に動揺するわけもなく、堂々と問う。
「――一つ、残念な報告がある」
「お前の存在か?」
「アッハッハ、辛辣だね。 確か、お前らの今回の任務は『亜人国の滅亡』だったけな」
「それがどうした――」
「――今この瞬間、それは不可能になったぞ」
刹那、大樹を中心として暗黒の帳が展開され、そのまま亜人国を大樹ごと呑み込んでいった。




