革命
テレビ画面に可愛い幼女が映った時の至福感
天気は生憎の曇天。
煌めていた太陽が発する陽光を水と氷の結晶の集束体が遮っていく。
そんな縁起の悪い気候に目を細めながら、俺は「マジかこいつっ!」といった眼差しを向けるガバルドへ釈明する。
「話を、しよう」
「スズシロ。 お前はまさかロリで始まってコンで終わる人種だったのか……!」
「話を、しようッ!」
ガバルドが戦慄したように瞳をわなわなと見開き、俺を――厳密には俺に寄り添う幼女もといライムちゃんを凝視する。
まさかのロリコン扱い。
おそらく今俺はこの短い生涯の中で最も不当な扱いを受けているのだろう。
かつてガバルドは『黄昏の賢者』である■■■と知人であったようだが、それも数週間前の話である。
もうこの世界にその幼気な少女の存在を憶えている者が存在しない以上、「幼女に抱き着かれている紳士」という不当な評価を受けてしまうことは免れないだろう。
別に俺には幼女趣味はないのに、だ。
確かに、確かに俺の好みのタイプは沙織似の少女――つまること、貧乳であるが、それは関係のないはずだ。
不意に、脛をつねられた。
「……どうしたの、ライムちゃん」
「浮気者っ」
「スズシロ、お前は誰もできないことを平然とやっていけるな!」
「止めてね!? 俺ロリ●ンなんかじゃないから!」
風評被害は深刻化していく一方である。
そんな残念な現実に疲弊しつつ、「はぁ」と溜息を吐きながら何とかガバルドの不当な評価を改めようとする。
「勘違してるが、別にこの子を連れてきたのは趣味じゃないよ? 戦力的にも十分だし、それに――」
「私はお兄ちゃんと離れたくないからついてきたまでよ」
「警察に突き出してやろうか、スズシロ」
「ああもうっ! 今から国ひっくり返すんだよ!? 大革命を巻き起こすんだよ!? だっていうのに君達緊張感ないの!?」
「ふっ。 この程度の修羅場何度経験したと思っている? 見くびるなよ、スズシロ。 それと、ぶっちゃけ俺は幼女の方が気になる」
「私はお兄ちゃん以外どうでもいいから」
ガバルドさんロリコン説濃厚化。
「それで、みんな準備は?」
何とか俺ロリコン疑惑を有耶無耶にしようと何とか話を誤魔化し、論点をすり替えようとする俺を胡乱気に見つめつつ、
「外出届はもう済ませてあるぞ。 ついでにアーティファクトも準備万端だ」
「私は、お兄ちゃんが隣に居ればそれでいい」
「スズシロ、お前……」
「ちょーっとライムちゃんん黙っててくれないかな!? ロリコン疑惑が再熱しちゃから! というかガイアスさんあんた軽蔑のレパートリー多いな!」
「ハッ」
何故かライムちゃんが口を開くたびに不本意な疑惑が加速していっていく。
何とか気を取り直し、俺は高々と宣言する。
「そんじゃ、始めようか。 ――革命を」
そして、『ロクでなし騎士』と『王国の英雄』、更には『ブラコン妹』という異色のメンバーにおいて革命が今、起ころうとしていた。
――刹那、視界が一転する
幾何学的な紋様が刻まれたその魔法陣が溢れ出す魔力に呼応した瞬間、目を焼き付くような極光が煌めいた。
いつのまにやら眼前に広がる景色は一変しており、王国では考えられないような広大な自然が広がっていた。
「――――」
「何だ、その釈然としない顔は」
「いやさぁ、それなりの長旅になるかなって俺の懸念を返してくれないかなって思ったわけですよね、はい」
「意味が分からん」
瞼に投射されたその大自然はどこまでも豊であり、地形的な要因でもあるのか王国と違い遠慮なく煌めく太陽が放つ陽光がやけに眩しい。
「まさかの、転移……」
「何落ち込んでいるのよ。 この程度、最強の魔術師な私にとってお茶の子さいさいだわ」
「さいですか」
言えぬ。
亜人国までの長旅を意識して大量の食糧を早朝倦怠感に包まれる体を鞭打って購入しまくっていたことを。
そしてその努力が無為に終わったことも、だ。
俺としては悄然とならざるを得ない。
ライムちゃんの『創造魔術』は万能で、ここ数千年で高まった魔力も相まってこの程度の距離、散歩するように転移できるらしい。
確かに便利ではあるが、それでも俺の前準備が無意味に成り果ててしまったことに苦い顔にならざるを得ない。
「撫でて撫でて!」と眼差しで告げるライムちゃんのサラサラの頭を優しく投げる俺を、どこか厳しい眼差しで見据えるガバルド。
「それで、次のプランは?」
「あぁ。 次はライムちゃんの代わりにお前が頑張れ」
「お前は?」
「汗水たらして労働する二人を笑顔で眺める役だよ――ちょ、殴らないで! 仲間でしょ!? 同盟相手でしょ!?」
「歯を、食いしばれ」
筋骨隆々の男によって顔面が小学生が適当に作った粘土のようになった俺をライムちゃんの淡い魔力が治癒する。
あぁ、癒される……
「ロリコン」
「止めろ。 というかもうちょっと濁せよ」
「ロリコン、それで俺は何を為せばいい?」
「止めよ? 俺への呼称が酷過ぎじゃね?」
「お前にはそれで十分すぎるだろ、汚物」
すげぇ、俺ここまで直接ボロクソ言われたのは初めてなんですけどと傷心しながらプランを告げる。
「ガバルドの仕事はレアストの交渉。 これの展開を許容させてくれ」
「――――」
俺が懐から取り出したモノを見て、さしもガバルドをも息を呑む。
俺の掌に載せられた物体には余すことなく溢れ出す邪気が外界へ干渉することを防ぐためか特殊な包帯らしきモノが張り付けられている。
その球体からはとんでもない魔力が無意味に放たれており、流石にライムも冷や汗を流している様子だ。
「『大祓詞』・【封】が付与されたアーティファクトさ。 ちなみにヴィルストさん曰く「時間が無くてデザインこだわれなくて残念」だそうだ」
「そ、そういえばお前ルシファルスのお嬢さんの護衛とかやってたもんな……マジかよ、あの気難しい当主から……」
「ん? どういう意味だ?」
「いや、今この場には関係のないことだ。 これの展開が俺への任か?」
「そうそう。 頑張ってね。 最悪お前死んじゃうかもだけど」
「軽いな」
生真面目にツッコミつつ、ガイアスはふんぞり返って大樹へと向かっていったのだった。




