『贖罪』のために
金髪ロリ尊し
「――たまには、童心にかえってみるのもいいかもな」
「ハッ。 どうせガバルドって、どうせ昔からそんな感じだったんでしょ? なら別に思い返す必要ないじゃん。 鏡みたらきっと目を背けたくなるような醜悪な中年の顔面が移ってるから、見てみたら?」
「勝手に決めるな。 後殺すぞ」
「アッハッハ、おっかねぇー」
「ハッ」
熱の余韻を冷ますためか、珍しく俺の下らない妄言に付き合うガバルドに思わず目を細めてしまう。
よし、自分でも吐き気がさすような気色悪い言葉を吐き出した自覚はあるんだけど、ガバルドには問題なく機能したようだ。
あの時「喰って」おいてよかっただなんていう失礼な安堵を抱きつつ、ちらりと横目でガバルドを一瞥する。
「同盟は成立、ってことでいいよね?」
「癪だが、この戦いが終わるのならば異論はない」
「そうかいそうかい。 俺としては肩の荷が下りた気分さ。 まぁ、これでもまだまだ懸念すべき事項はあるんだけどな」
「……お前も難儀だな」
「よく言われるよ」
ガバルドの憐れむような視線に思うところがあるが、今それが溢れ出すと色々と面倒なので適当に誤魔化す。
さて、とりあえずガバルドの篭絡は万事解決。
次は、今後のこと、か。
「ガバルド、一応言っておくがこれは他言無用な」
「分かっている。 その点、一心同体だな」
「アッハッハ、俺の場合そこまで問題じゃないけど、ガバルドにとちゃあ大問題だよな。 ドンマイ!」
「いい笑顔で人の不幸を嘲弄するなよ。 ……まったく、契約を結ぶ相手を間違えたか?」
失礼な。
だがそれはあながち間違っていないだろう。
この同盟は文字通り互いの首筋に鋭利な刃を添え、それが拮抗している膠着状態だからこそ成立するモノ。
どちらか一方がその拮抗を破れば、二人とも道連れになるだろう。
どちらが口を開いても両者共に致命となるこの物騒な同盟。
だからこそ人払いには一層気を使ったんだけどな。
俺はそう嘆息しながら、次の指示をする。
「後、こちらの動きはなるべく悟らせないように。 決行するのは魔人族たちの襲撃の準備が整う明日までだけど、それでも注意するように」
「明日? 随分と急だな」
「本音を言うのならば、最大三日の猶予が存在する。 だが、それで不測の事態が起こってしまえば、詰むぞ」
「――――」
「納得した?」
「……一応な」
「釈然としない顔だね。 何か文句でも?」
「いや、なんでもない」
「……へぇ」
苦虫を噛み潰したような顔をする奴に、何もないわけがないんだけねぇ。
まぁその点、別にそこまで不都合があるわけじゃないんだけどね。
俺は欠伸をかましながら、踵を返そうとする。
「帰るのか?」
「人払いにも限界がある。 俺みたいな不審人物が『英雄』さんと接触したら、それなりに目立つだろ?」
「た、確かにな……」
「あぁ。 それと、後一つ」
やはり釈然としないガバルドの横顔を一瞥しながら、俺は小悪魔のように薄く嗤い、一言、告げる。
「ガバルド、嫁は――『帝王』ちゃんを守り切れるといいね」
「なっ――。 お前どこまで」
「アッハッハ、相棒のことはそれなりに有名だったんじゃない? まぁ、頑張るといいんじゃないかなと助言してみたり」
「――――」
好きなだけ吐き散らし、俺は後片付けすらもせずに今度こそ踵を返していった。
「――さて」
国をひっくり返す事変結構一日前――厳密には三時間前――に俺は門番へ認証を明け渡し、門をくぐろうとする。
「頑張れよ、あんちゃん」
「相変わらずのお節介、有難いねぇ」
「ハッ。 言ってろ」
背後、どこか茶化すような野太い声が鼓膜に響くが、俺は不敵な笑みを浮かべてそれを適当にあしらう。
そして屋敷の大仰な扉を開き――中へ。
「――――」
三日ぶりの廊下は、たった数日だというのにやけに懐かしく感じられる。
だが、俺には感傷に浸っている時間はないのだ。
足音さえも押し殺し、俺へその部屋へ。
そして、やたらと煌びやかな装飾がなされた大扉を、開く。
「――おやおや」
「――――」
その部屋の主は、可笑しいモノでも見るかのように憐れむように心底愉しそうに、澄んだ声で俺を向かい入れた。
一瞬それに萎縮するが、それでも俺は前へ、前へ。
廊下を満たす暗闇が陽光と見間違えそうな程の煌めく洒落た電球が照らす。
その部屋の主が放つ気配に晒されれば、赤子であれば失神し、大の大人であっても泣き出すだろう。
いつもの包み込むように優しい雰囲気を押し殺し、口元だけで弧を描くその男――『四血族』ヴィルスト・ルシファルスを俺は目を背けることなく、見据える。
「君が娘にしたことは、もう知っているよ」
「そうですか」
「あっ。 誤解してたら悪いんだけど、これは娘自身が私に言ったわけじゃない。 あの子は色々難儀でね。 そういうことは、しないんだよ」
「そうですか」
声色はどこまでも穏やかで。
だが言葉なんかじゃ隠しきれない明確な殺意、それがこの部屋に余すことなく響き渡っていったのだった。
「俺は、自分の何が彼女を傷つけたのか、理解できていません」
「――――」
これは、紛れもない事実だ。
もどかしいことに俺は他者の感情を理解するのが途轍もなく苦手とし、この程度の心情すらも判別できない。
恥ずかしい。
そんな思いを隠しながら、俺の言葉は続く。
「だが、それでも俺の言葉の刃が彼女に突き刺さり、それに泣いていたのは紛れようもない事実です」
「開き直るのかい?」
「いいえ。 それが逃れようもない、俺の『罪』」
「ほう」
何故かヴィルストは俺の『罪』という単語に目を細め、愉快そうに微笑む。
「『罪』を犯した者にはそれに見合った『贖罪』を。 それが、この世界において必然の規則、ですよね?」
「謝ったとして、それで許されるとでも?」
「――一つ、訂正を」
「――――」
目を刃のように鋭くし、俺を見据えるヴィルストへ、一つ正す。
「今の俺には、シルファーに頭を下げる権利すらない。 だから――俺の『贖罪』に手伝ってください、ヴィルストさん」
「――――」
そして俺は、深々と頭を下げ、そう告げたのだった。




