二度目の交渉
うはっ
「っていうわけで、手伝ってよガバルド」
「――――」
夜はとっくの昔に開けており、現在時刻は太陽が垂直に俺たちを照らすまで、秒針が進んでいった頃。
「いやー。 あんな新書を生真面目に聞き入れてくれて嬉しいなー」
「ハッ。 単純な話罠であろうともそれを一蹴すればいいけだ」
「流石は『英雄』。 思考回路が物騒極まりねぇぞ」
「お前には負ける」
「アッハッハ」
魔人族がこの国の食料を賄っている亜人国を襲撃することはもう既に既知の事実となっているのだ。
だがしかし、これは対応するタイミングを間違えれば色々と面倒なことになることは目に見えている。
だからこそ、この機なのだ。
遅すぎず、さりとて早すぎず。
魔人族陣営が動き始め、襲撃への準備を整えるこの瞬間こそが唯一の猶予であり、これを無駄にすれば敗北は確定するだろう。
夏を制する者は受験を制する、みたいな?
だからこそ早急に手配をしたが、正直な話ガバルドがこの荒唐無稽な話を信じ、こちらへ向かうかは依然として不明であった。
だが、どうやらその憂慮は杞憂だったようである。
「これが虚言の類ならばどうなるか、分からないほどの愚図ではあるまい」
「おっ。 意外と評価高いね」
「ハッ。 それで、根拠は?」
「――――」
ガバルドは言外に俺の戯言に付き合う意思はないと目を細めながら示し、そして話の信憑性を説いてくる。
まぁ、そう来るよな。
俺とガバルドとの交流は非常に限られている。
今やルシファルス令嬢の護衛となった俺と『英雄』であるガバルドが接する機会はほぼ存在しなく、故に信頼を育むことは不可能。
ならば、徹底的に数字でそれを示すしか手段は存在しない。
まずは、様子見、か。
「狙い定められたのは王国の食糧庫、亜人国。 これだけじゃ説明不足か?」
「それが、理由となるとでも?」
「アッハッハ。 そうなるよね」
話をやたらめったら長くすれば思いもよらぬところで誤爆する可能性が着実と高まってくることとなる。
なるべく地雷を踏まないようにしたかったんだけどな……
そして俺は欠伸を噛み殺しながら、『英雄』へ告げる。
「現在の魔人族の情勢、知ってるか? 知らないわけないよな」
「――。 それをどこで」
「おっと。 そいつは企業秘密だぞ、ガバルド」
「――――」
傍目かた見れば会話の意味が理解できなかったであろう。
だがその手の前提となる情報が既知である者ならば、それに込められた真意を測ることは比較的容易い。
「王国の諜報機関。 彼らの手腕なら、容易に向こうの情勢くらい察すること、できるよな? そしてお前がそれを知らないわけがない」
「――――」
「知ってるか? 沈黙って肯定と同義なんだぜ?」
「……肝に免じておこう」
「アッハッハ、話を聞くつもりにようやくなったかい?」
「あぁ。 王国の機密情報を握る男を野放しにするのは、一人の騎士としてとてもじゃないが許容できないからな」
「一応言っとくけどスパイとかそういう類じゃないからな?」
「それは果たしてどうかな」
「はぁ。 その様子じゃマジで疑ってるのかよ」
まぁ……それはある意味間違ってはいないがな。
俺たちの場合、あくまでも魔人族陣営に従うことも無く自分たちでその情報を有効活用するのがモットーだ。
確かに、必要に迫れば機密情報漏らすねと再認識。
あながちガバルドの考察は見当違いではなかったようだ。
まぁ、それがどうしたと言いたいのだがな。
おそらく、ガバルドもそれを理解しているのではないだろうか。
彼は外見に反して割と聡いからなー。
俺があの諜報機関の名を囁いたのは、ガバルドと対象のテーブルに座るため、そしてその意思があると、そう示すためだ。
交渉は基本的に互角、譲歩して追い上げることが可能なレベルの差しか存在しない、いわば対等な関係においてはじめて成立する。
だからこそこんな愚策に出たわけですよ。
まぁ、それもガバルドが想像以上の阿呆でそんなことも判別できない奴だったら警戒させるだけ損なのだが。
まぁ、この程度のリスク甘んじて受け入れよう。
「――成程。 お前の真意は理解した」
「――――」
「おそらく、もう知っているだろうが既に亜人国を退けるべく編成が開始されている。 だからお前の懸念は杞憂に終わるだろう」
「――――」
そもそもの話、可笑しかったのだ。
一か月前の『ループ』。
俺がガバルドを説得したのは会議の直前。
あの段階でたった一日の準備期間で文字通り生命線である亜人国への編成を済ませるのはあまりにも不自然。
つまり、ガバルドは既に俺が彼を説得する以前に水面下で戦乱の準備を済ませようとしていたのだ。
それに文句はない。
軍の情勢を悪戯に拡散するのは余りに愚策。
このご時世、どこに奴らの目が潜んでいるのは見当もつかないからな。
だからこそ、ガバルドはその情報を最低限の人員にしか知らせておらず、彼の信頼を勝ち取ることができなかった俺にはそれが耳に入らなかっただけ。
その結果に至るのは必然であった。
だからこそ――文句が一つ。
「――『傲慢』が、来るぞ」
「――――」
「もう否応なしに理解していると思うが、『傲慢の英雄』レギウルスが一度その刃を振るえば大惨事は免れない。 どれだけ人員を集めようと、結果は変わらないどころか逆に墓標が増え続けるばかりになることは明白だろ?」
「――――」
「もちろん、それを憂慮できないお前ではない。 だが、お前が幾ら『英雄』であろうとも参謀殿の意見を変更させるのは困難だろうな。 なにせあいつらは本物の『傲慢』を知らないんだ。 多分、面倒な害虫程度の認識だろうな」
「――――」
「さてはて。 口をつぐむガバルド大団長に一つ質問――それをあんたを、許容できるか?」
一瞬ガバルドは何かを――十中八九盗聴を警戒してだろう――警戒するように周囲を見渡し、問題なしと判断したのか、つぐんでいた口を再度、開く。
「――許せるわけ、ないだろ」
「――――」
これでもガバルドは他者の死を心の奥底から忌み嫌う、誠実さに満ちたまさに『英雄』といった男だ。
だからこそ、その横暴な配置を許せるわけないよな。
俺はそんなガバルドへ微笑みかけ、まるでダンスでも誘うかのような気安さで語り掛ける。
「――お前の命が窮地に立たされるのと、部下の儚い命が無作為に散っていく光景をその瞼に焼き付けるのと、どっちがいい?」




