瓜二つで
これで緩急の「急」っス。
そういえば意図してませんが、意外とキリが良くなると思いますよ。
「――おや。 今日は来ないと聞いていたのだが」
「――――」
廊下を渡っていると、不意にある男性と遭遇した。
貴族らしい煌びやかな金髪を長く伸ばし、顔にも無精ひげなど生えておらず生真面目に整理されている。
彼を包む素人目からみても相当の金品が必要となるであろう簡素であるが故に上品な服にも糊がついている。
だが、何よりも彼を取り巻く高貴な風格だ。
彼と対面するとついつい敬語になってしまう。
かつて龍すらも退け、王国に大きな技術的な変革をもたらした『四血族』の一角、ルシファルス家の当主――ヴィルスト・ルシファルス。
「えぇ。 割と簡単に急務を片付けることができましてね」
「それは行幸だ。 娘に寂しい日々を過ごさせるのは仕方がないとはいえ、少し、いやかなり胸が痛むからね」
「……なんか、済みませんね」
「おっと。 言い方が悪かったね。 別に君を責めているわけではないよ」
「もちろん、分かっていますよ」
この人は絵にかいたような悪徳貴族なんかじゃく誠実さが売りな高潔極まりない潔白な大貴族である。
もちろん、そんな意図がないのは理解できている。
だがしかし、どうも怯んじゃんだよなぁー。
そういえば――、
「そういえば、ルシファルス家の初代当主ってどんな人だったんですか?」
「? どうしてそんなことを?」
「いえ、かつてこの国の創設の片棒を担いだ少女。 そんな少女にちょっとした興味が湧きましてね」
「……ほう。 彼女が少女であったことを知っているのかい?」
「? それがどうしたのですか?」
目を細めるヴィルストに、内心しまったと慌てる。
そういえば世間はルシファルス家初代当主がか弱そうないたいけな少女だということは既知ではなかったんだったな。
当たり前のように認識していたので、ついつい無意識的にそんな言葉が出てしまったのだろう。
失念である。
面倒なことになりそうだなと、焦燥しながらもそれを表に出さないように注意しつつ適当に誤魔化そうとする。
「前読んだ本ではルシファルス家初代当主が王国を創設した時代に限定して少女だったと、そう記述していましたよ?」
「……そうかい。 なら、いいんだよ」
「そうですか……」
何を言われたか分からないという表情を作りつつ、俺は首を傾げる。
何故ヴィルストはそんなことで慌てたのだろうか。
外聞に関わるから?
否、たとえルシファルス家初代当主が創設時代に少女であったとしても左程効力を発揮することはないだろう。
それにルシファルス家はそんなことが些事に思える程王国に貢献している。
今更そんなことで慌て回るとは到底思えなかった。
つまり、そうではない理由が存在するのだ。
しかし、情報が少なすぎて判断するには躊躇れるな。
そこら辺の考察はまた後にするか。
「――それで、ルシファルス家当主はどんな人柄だったんですか?」
「……存外、恥ずかしいモノだね」
「――?」
「いや、なんでもない。 ――初代当主はね、温厚で、大抵のことは笑って許すようなそんな人だったよ。 まぁ、ちょっとコミュニケーション能力に欠けているところもあるがね。 そしてなにより――」
一泊間を置き、ヴィルストは答える。
「――その性根は、きっと君と同じだよ」
「――――」
その言葉には何ら飾られたモノはなく、ただただ事実を述べただけというありふれた雰囲気が感じ取れる。
ならば――、
「――きっと、それは勘違いですよ」
「――――」
「俺とその人はきっと似ていない。 ――俺みたいな人モドキ、二人も居てたまるかよ」
最後の一言は囁くように小声で呟き、俺は「教えてくださって感謝します」と頭を下げ、シルファーの部屋へと向かっていたのだった。
「――ん? アキラさん、今日は来ないんじゃなかったんですか?」
字面ばかりみると俺を歓迎しているようにはとてもじゃないが思えないが、それに視覚情報を足すと一気に認識が覆えてしまうので不思議だ。
「ハッ。 俺が来て悪かったな。 ちょっと考察に忙しくて急務がポンッだ。 ならもうちょっと有意義に時間は扱うべきだろ?」
「ちょっと何言ってるのか分かりませんね」
あえて皮肉混じりに悪態を吐く俺にどこか戸惑うシルファー。
まぁ、俺の事情をシルファーに知られたら色々と不都合が発生するからその反応で大正解なんだけどね。
「そういや、課題は?」
「ふっ。 私を誰だと心得ていますか?」
「ナマケモノよりなお怠惰な令嬢の皮の来た得体の知れない生物(笑)」
「生物(笑)ってなんですか!? 乙女に失礼だと思わないんですか!? というかアキラさんには言われたくないですよ!」
「乙女? どこにいるんだ?」
「むきーっ!」
わざとらしい俺の物言いに不満をあらわにするシルファーだったが、俺はそれを無視して騎士にそぐわない不遜な態度で敷設されたソファーのベットに横たわる。
最近ではここが定位置かしている気がする。
俺は可愛らしくぷりぷりと怒るシルファーを眺めながら、問いかける。
「そういやお前、昔は退屈そうだったんだってな。 門番から偶然聞いたぞ。 今じゃあとてもじゃないが考えられないな」
「そういうことはもっとオブラートに包んでくださいよ! 恥ずかしいじゃないですか!」
「お、おう……」
まるで黒歴史を暴かれたかのように露骨に慌てるシルファーに首を傾げる。
「私だってアキラさんと違って真っ当な人間なんですよ。 十年以上ほとんど屋敷住まいですよ? 誰だって嫌気がさしますよ」
「まぁ、そうだな。 そう考えれば、沙織も退屈だったんだな……」
「――――」
数年前の嫌な思い出に浸りながら微睡んでいると――、
「沙織さんって、誰ですか?」
「ん? それがどうしたの? 多分姫さんが会うことはないと思うけど」
「それでも、乙女的に気になるんですよ」
「……はぁ。 乙女っていうのは存外面倒なモンだな」
そう溜息を吐きながら、俺は「ふわぁ」と欠伸をかましながら、淡々と語る。
「――ただの、想い人だよ」
――こうして俺は、いかに自分が愚かなのかを否応なしに理解させられることとなった。
「――ぇ?」
アキラさんが主人公のラブコメなら避けれない事実っス。




