『月』を仰いで
うーん、この伏線、正直明かすかどうか不明です。
『月』の存在は『呪霊』と同レベルの存在なので、流石にそれを一度に消化しようとすればカオスになると思います。
まぁそれでも、できたら明かしてみたいなぁと思います。
ちなみに、既に『月』に深く関係する人物は五名全員勢ぞろいしております。
そのうち一人――最近もう忘れてしまわれそうな少年は、きっと八章で掘り下げるでしょう。
「――どういう意味だ、ガイアス」
俺は自分でも自覚していながらも抑揚に欠けた声色でそう端的に問う。
「言葉の通りだ。 奴は決して人間などではない。 そもそもの話、数千年も生身で生きることなど人間に到底不可能だろ」
「――――」
確かに、それは事実。
あくまでシステムに支えられているとはいえ、人間の寿命は現代日本とほとんど変わらないモノだ。
故に数千年も生きることなど不可能である。
そしてライムちゃんは素であの寿命。
魔術ならばまだ有り得ただろう。
しかしながらライムちゃんは魔術などという小細工を一切あつかうことなく、素で不老不死を成し遂げている。
果たしてそんな彼女は、唯の人間なのだろうか。
突如として沸いた疑問。
同時にそんな自明の理に気が付かなかった自分に嫌気がさしていく。
彼女の記憶を喰らっていなかったかつてはともかく、そうと判断することが可能な材料は幾らでもあった。
それでも俺はそれに気が付くことなく、こうしてのうのうとしている。
そんな事実に歯噛みしながらも、ガイアスを一瞥した。
「――詳しく、言ってくれないか?」
「勘違いするなよ。 俺は人間ではない生物など毛ほどの興味もない。 だが、お前のやったことに関しては別だ。 ――不愉快、極まりない」
「……今更、正義のヒーロー気取りか?」
「ハッ。 お前にそれを語る義務は果たして存在すると思うか?」
「二重の意味でない。 だが、言っておくが俺が永遠と温厚だと思うなよ? 脅迫や恫喝だって余裕さ」
「ほう。 暴力で訴えようとするか」
俺の不穏な言葉に目を細めるガイアス。
ガイアスは微かな魔力を巧みな手腕によって術式を描き、いつ俺が彼を襲撃しようと迎撃できるように体制を整えている。
だがその懸念は杞憂だ。
「――勘違いするな。 可能だからといってそれを実行するかは別だろ? 俺はお前とはなるべく良好な関係を築きたいんだよ」
「今更だな」
「あぁ今更だ。 だが、それでもこれ以上悪化しないようにすることも大事だろ?」
「――――」
「後ついでに言っておくがガイアス。 他者の記憶を盗み見ることはお前の専売特許じゃないからな。 俺だって可能なんだぞ」
「それを、俺が許容すると?」
「さっきの言葉をひっくり返して悪いんだが、俺は必要に迫ればお前を消すことだって容易なんだぞ」
「――――」
我ながら何という掌返し。
だが、それでも残念なことにこれが事実なのでガイアスは特に否定することもなく、さりとて怖気づくことなく俺を睥睨する。
「そう熱烈に見るなよ、ガイアス」
「お前が俺を消そうとするのならば、それを無抵抗に受け入れると思うか? そのような腑抜けた男に見えるか?」
「見えないね。 だが、それがどうした?」
「――――」
魔術師としての実力ならばガイアスの方が格段に上。
だがしかし、改変魔術に特化した俺が彼を前に屍を晒すことはあっても決して敗北することはないのだ。
いずれ戦えば、確実に俺が勝つこととなる。
俺は負けることはないし、それになんらな一切合切を消去してしまう秘伝までも自由自在なのである。
戦えばどちらが勝つかは、そこらの事情の諸々を理解している筈。
「……っと、そんな物騒なことはさておき――ヒント頂戴。 お前の記憶を盗み見るのは無理そうだし、せめてその正解に辿り着くまでのヒント。 これを頂戴な」
「――――」
一瞬の躊躇い。
そしてガイアスは深々と溜息を吐きながらも、告げる。
「――『月』を仰げ」
数年後、その言葉の意味をようやく理解した俺は、何故ライムちゃん――■■■に救われて欲しかったのか、お兄ちゃんと言われて何故胸騒ぎがあったのか。
それを少し後の俺は否応なしに理解していた。
「――――」
ガイアスのあの言葉を聞いてからずっと騒ぐ胸を何とか落ち着けながらも、俺は屋敷へ向かっていった。
どうして、自分が『月』なんていう単語にこんなにも反応し、戸惑いそして納得したのか自分でも理解できなかった。
それでも、微笑みを絶やすな、常に無邪気に振る舞え、本心を隠せ。
そうでもしないと自分の魂に染まった『色』を誰かに見せてしまうから。
「……ん、あぁアキラさん。 今日は随分と遅かったな?」
「いやー、ちょっと寝坊しちゃってね。 我ながら情けない限りっスよ。 それはそうと、門番さんは早起きしてるんですか?」
「そりゃあそうよ。 なんせ俺の仕事は夜中が本領だからな。 こんなご時世だ。 警戒するにこしたものはないからな」
「まぁ、確かにね。 とりあえずお疲れ様。 明日は夜中でも起きていられるアレな粉を差し入れてやるよ」
「それ絶対ヤバい奴だろ、絶対」
「ご想像にお任せするね!」
「本当に持ってきやがったら捨てて燃やすからな」
「酷い! 人間は人の気遣いをこうも無下にできるのかぁ!」
「はいはい。 一応身分証は見せてもらうぞ。 仕事だからな」
「へいへい」
俺は懐から最近発行した身分書を門番に提示する。
門番は「確認した、さっさと行けよな。 それとアレな粉は勘弁な」と言い捨て、それと共に重々しい門が重厚な音を響かせ、開く。
「――アキラさん、ヴィルストの旦那の娘を、頼むぞ」
「――――」
「俺もこの門番やって長いからあの退屈そうな嬢ちゃんとはそれなりの付き合いだが、あんな幸せそうな顔を見せるのは初めてだぞ」
「――。 そうか」
「だから、なるべく嬢ちゃんを大事にしてくれよ?」
「――当然」
そして、俺はルシファルス家の屋敷を門を通り抜けて足を踏み入れていった。




