閑話・『亡霊鬼』の壊滅
三千文字ジャストっす。
「――――」
暗闇に閉ざされた建築物に、大勢の人々が集っていた。
――否。
群れを成す黒ローブの連中の大半は人ならざる者であり、天井にまで届きそうな巨躯やローブごしにでも視認できる獣耳などがその証明だ。
それはまだいい。
この国において、人族と亜人族は盟約を結んだ関係だ。
かつてのなごりで多少なりとも人族に亜人族への差別意識こそあるものの、それは次第に掠れていく一方だ。
ならばこの光景も、決して不思議なモノではない――、
――この場に陳列する者の中に肌黒い魔人族が佇んでいなければ。
変装といえる変装は簡素な黒ローブだけ。
魔人族からは特有の魔力が常に醸し出されているが故にそれを識別するのは容易く、そして参列する魔人族たちはその対策すらも行っていなかった。
否、する必要がなかったのだ。
この場に存在する黒ローブは全員が同胞、全員が同士。
故に種族などというモノは些末なモノで、この場に佇む者にそれを気にするような神経質な者はいない。
「――――」
無言だ。
誰一人たりとも声を発さずに、それこそ視覚情報さえ除けばこの空間に誰も存在しないと誤認してしまう程に。
まるでそれは猛獣を前に必死に息を隠す小動物のような動作であり、事実彼らの真意はそれに似たようなモノだ。
黒ローブからちらりと見えるその瞳はヘドロのように濁り切っており、常人では到底有り得ないような狂気が浮かんでいた。
その目に力は無く、ただただ諦念が込められているだけ。
そんな黒ローブたちは次の瞬間起きた光景に目を剥くこととなった。
――不意に、暗闇が晴れ渡ったのだ。
「――っ」
突如として色味を帯びた景色に黒ローブたちは驚嘆こそすれ、慌てることなく慣れた仕草で膝を屈し――、
「あぁ、その必要はないよ、俺は君たちの主とは別人だから」
「――――」
瞠目、ただしそれは先刻とは異なる理由で。
「どうもどうも、『亡霊鬼』の皆さん。 ――俺の名は、スズシロ・アキラさ」
そして黒ローブ――『亡霊鬼』の順々なる僕たちは心底驚嘆し、目を剥いたのだった。
「――何のつもりだ、貴様」
「何のつもりだ、って? もうちょっと具体的に問われなくちゃ、この俺でもこたえきれないぜ?」
「――――」
黒ローブたちの総観を代表し代弁するのは、広大な屋敷の天井にすら届きそうな程の巨躯である異形だ。
彼はいつでも戦闘に移れるようにと体中に魔力を張り巡らせる。
他の面々も似たようなモノだ。
この建築物は基本的は『亡霊鬼』のシモベたちには決して顔を出さない『亡霊鬼』の代わりに、代弁者である少女が組織の決定事項を告げ、そして命令を下す、ここはそんな場所だ。
今回収集されたのは急務によりやむを得ずこの場に馳せ参じることができなかった者以外、ほぼ全員。
余程の相手を狩りにいくのかと、シモベたちは相当に警戒していたところに、侵入者である。
王国が『亡霊鬼』の動きに勘づき、掃討しにやってきたか。
ならばシモベたちが行動するべきことは――、
「あぁ、そんなに鬼気迫った顔しないでくれ。 俺は別に貴方たちに危害を加えるつもりはないし――逆だ」
「……それは、どういった真意で」
「聞いたよ。 お前ら、『亡霊鬼』の野郎に弱み握られてこうして否応なしに犯罪行為の片棒を担がせられているんだよな?」
「――――」
「推し量るに利用されたのはこの世界のルール……この場合は『約定』か。 魔術師なんていうシステムから除外された者には『誓約』で……なんとも悪辣だねぇ」
「何故それを――」
今眼前で堂々と言葉を紡ぐ少年が述べる事柄はすべて真実だ。
この場にいる『亡霊鬼』の面々が否応なしに殺害、暗殺、盗聴、盗難、陰謀などといった『亡霊鬼』の算段に利用されているのは『約定』が起因となっている。
例えば恋人、例えば妻、例えば親族、例えば財産、例えば命。
この場所に集った黒ローブたちは、考え付く限りの弱みを握り、強引に『約定』を結ばされたシモベ。
誰だって、顔も知らない男のために他者を殺すことなんて心底嫌悪していた。
だが、それで救われる命があるのならばと、そうやって『亡霊鬼』という組織は作り上げられていったのだ。
もちろん、シモベたちには周知の事実だが、これを部外者が知っている筈がない。
故に警戒心も高まり、一触即発の張り詰めた空気が漂う。
そんな中、少年は雰囲気にそぐわないへらへらとした態度で微笑む。
「俺の魔術はねぇ、万象を否定するんだ。 何でも、何でも。 例えそれが有機物であろうとも、魂や存在のように明確な形をとらないモノだって例外じゃないし――もちろん、君たちを今もなお縛る『誓約』だって容易に消せるよ」
「――――!?」
一瞬、広場全体から形容し難い猛烈な殺気――否、それはあんまりに予想外な返答への反射的な反応だろうか。
『誓約』の破棄。
何度彼らはそれを夢見、欲したことか。
だが現実はそう甘くなく、それが実現することは決してなかった――つい先程までは。
「俺の魔術なら『誓約』も『約定』も解ける――君たちを解放できる」
「……疑問だ。 そのようなことに、一体何の意味が――」
もし、仮にこの少年の言葉が真実だとして。
ならば――一体何故に『亡霊鬼』のシモベを解放しようとするのか。
正義感に突き動かされて――そんな稚拙で幼稚な理由は理由になるわけがなく、故に彼らの視線も厳しいモノとなっていく。
「そう睨むなよ――単純な話さ。 俺は『亡霊鬼』のクソ野郎の目玉をほじくって抉って散々嬲ってから殺してしまいたいくらい恨みがある。 君達が解放されれば『亡霊鬼』は壊滅状態。 ――容易に、殺せる」
「――――」
飄々とした少年の瞳に、一瞬自分たちに通じるドス黒い感情が溢れ出したのが理解できた。
だが、それでも――、
「――その方の言葉は真実ですよ」
「なっ」
突如として開いた扉から現れたのは、煌めく金髪をたなびかせる少女だ。
そしてその少女こそ――『亡霊鬼』の代理人、レイセ・メーベルラス。
そんな少女が、何故この場に――、
「私が『亡霊鬼』に従う理由は唯一無二。 ――貴方たちなら、それは理解できますね?」
「――――」
つまること、この少女は『亡霊鬼』を裏切り、そしてなおもこのような形で大打撃を与えようとしているのだ。
痛烈な違和感。
「……何故、貴方は死んでいない?」
「どういう意味でしょうか?」
「『誓約』を破れば皆等しく死ぬ。 そして貴方の言動は謀反と称しても過言ではないモノだ。 なのに、何故……」
「それはひとえに、この少年のおかげですよ。 彼には私たちの情報を預ける代わりに『誓約』を消去を約束してもらいました」
「なっ――」
レイセの言葉を信じるのならば――『誓約』の解除は、可能なのだ。
だからこそ、眼前の煌びやかな少女が『誓約』を反故したことにより狂い果てることもない。
ならば――、
「――貴様は、我らに何を望む」
そう、異形は王者の風格を醸し出しながら問いた。
このご時世、無邪気な人助けなどという空虚な概念は存在しない。
互いが手を取りあるのは、利害が一致したその瞬間だけ。
故に異形は、人生を左右する選択に臨む前に、心のケジメをつけるべく、そう問うた。
それに少年は――、
「――感謝、それと恩。 これさえあれば十分ですよ」
「そうか」
嘘は――無い。
そう魂が告げている。
目的も素性も何もかもが定かではなく、一切合切が不明慮。
だが――、
「いいだろう、その取引。 許容しよう」
「――その判断に、感謝を」
そうして――『亡霊鬼』は、壊滅していく
聲の形っていう映画、マジ最高でした! 最近のアニメがなまじきクソだったからこそそれが輝く!
多分、最終章にこれが大きく影響されると思います。 まぁ、まだまだ結構先のことなんですけどね。




