メィリ・ブランドの終点×
二万文字、長かった……
と、感慨深く思いますが、実のところもう一話あります。 我ながら自分のことが外道にしか思えませんとコメントしましょうか。
――そして、メィリは生きた
みっともなく、芋虫のようにクソまみれの人生を生きてきた。
曰く、ルインはメィリという『付与魔術』を扱うことが可能な優秀な人材を得るためなんていあんまりな理由によって襲撃を行ったらしい。
ならばなんでメシアを殺したのか!
そう叫んだルインは、「だってすぐ裏切るから」と真面に取り合うことすらしない。
屈辱だ。
どうして、家族が死んでいった理由すら知らないで彼のことを「お兄ちゃん」と呼べようかと嘆くが、それでも彼が戻ってくることはない。
――生きろ
――生きて、生きて、生きて
服従と死、二つの選択肢に迫られたメィリの脳裏によぎったその声が、彼女に生きるなんていう無様な選択肢を与えることとなった。
彼は、メィリが戦場へ足を踏み入れることを頑なに拒んだ。
それはきっと、彼女に殺人を体験させたくなかったからなのかもしれない。
――初めての殺しに、メィリは何の感慨も抱かなかった。
だって、誰かを殺して何になる?
誰かを殺したってお兄ちゃんが嗤うこともないし、逆に悲しむだろうと、そんなもう確かめようのない妄想をしただけ。
ただ、それだけ。
無だ、無。
生きていいる。
だがしかし、それはまるで路傍の草のように闇雲に生きることに懸命で、思考することを忘れてしまったような、そんな悲しい生き方だった。
多分、そうなったのはお兄ちゃんのせいだと彼女は後になってそう分析する。
きっと、あの光景を思い出したくなかったのだろう。
メシアが無惨に喰い尽くされる、あの光景を。
故にメィリはかつて心の奥底から望んだように『機械』となり、そしてルインの忠実なる傀儡となっていったのだ。
滑稽だなと、惨めだなとそう思う。
でも、それでも生きている。
尊厳なんて、もうとっくの昔に捨て去ってしまった。
四千年前はリィールといった男やスロウと言う名の吸血鬼の真祖と出会い、ルインの指示で【守護者】となり仲間を手に入れたとしても、彼女の愛は満たされない。
仲間がなんだ。
家族じゃない、愛なんて察しの通り何にもない、お兄ちゃんじゃない。
故にメィリ・ブランドが満たされることは未来永劫なく、そして彼女はそんなクソったれな人生を許容していた。
『機械』が満たされることはない。
当然だ、何故なら心などない機械に何かを満たす器など最初から存在しないのだから。
結局、『守護者』もメィリの手によって崩壊を迎え、再び平穏な、何の変わり映えのない、それでも彼だけがいない日常が穏やかに過ぎ去った。
不意に、耳元に囁かれた。
「お嬢さん、暇?」
「――――」
日課である読書を済まそうとしている最中、不意にどこまでも澄み切った耳を撫でるような声が鼓膜を震わせた。
彼女からは気配が一切感じられず、その隠密性に瞠目しながら即座に魔術を構築し――、
「ん。 止まって、お嬢さん」
「――――っ」
不意に、呼吸するようにできていた魔力操作がまるで魔力が鈍りにでもなったかのように愚鈍になる。
突如として発生した異常事態に今度こそ目を見開くメィリ。
そんなメィリを、少し心外そうに顔を顰める美貌の持ち主。
「別に、わたしはあなたにちょっかいかけようとしたわけじゃないよ。 あっ。 でもでも見方を変えればちょっかいかも。 そうだったら御免ね」
「……何の用でしょうか」
何の前触れもなくメィリの間合いへ肉薄した少女の金髪がそよ風に揺らされ、美術作品のような鮮やかに煌めく。
よく見てみると彼女には本来あるべき場所に耳がなく、頭部の頂上にネコ科を彷彿とさせる猫耳が付属している。
その少女の華奢な身長などから推察して十三。
だが、外見と中身が一致しないケース――そういうメィリ自身もそのケースである――も存在するのだ。
例えそれがいたいけな少女であろうとも、警戒を解くわけにはいかない。
「ちょっと、誘いにきたの。 聞いてくれる?」
「内容によります」
「ん、ありがと。 実はね、私貴族の当主なんだけど、今国がピンチで。 ちょっと手助けしてくれる? 報酬は幾らでも出すから」
「嘘ですね。 貴方の身から溢れ出す魔力は明らかに常軌を逸している。 そんな魔力を持ち得ながら、何故龍ごときで?」
そもそもの話、こんな少女が貴族の当主?
もしその話が真実ならば、相当に寂れた貴族なのだろう。
必然、このような荒唐無稽な誘いに乗るはずもなく――、
「ごめんね、怒らせちゃって。 確かに私なら龍程度三秒で一掃できる。 でも、余り目立ちたくないの。 ごめんね、身勝手な事情で」
「開き直ったところで――」
不意に、声が響いた。
『メィリ君、その願い、断るなっ!』
『……理由をお聞かせ願います』
『後で! とりあえず、彼女に従って。 そうじゃないと――死ぬよ』
『……色々と申したいことはありますが、それは後程』
『うん、幾らでも聞いてあげるよ、メィリちゃん』
「――――」
――お前が、お兄ちゃんを殺したお前がその名で私呼ぶな
そう叫び出しそうになったが、何とかそれを堪え、「はぁ」と大仰に溜息を吐き、再度眼前の少女と向き直る。
「色々と事情が変わりました。 どうやって私の実力を把握したのかはともかく、今は協力します。 ですが、報酬は払ってもらいますよ」
「あっ。 ん。 ありがと、ね」
「互いの利害が一致しただけですよ。 申し遅れました、私の名はメィリ・ブランド。 どこにでもいる魔術師です」
「ん。 メィリ。 覚えた」
「……初対面の貴方に名前で呼ばれる筋合いはありません。 ブランドと呼んでください。 では、案内は頼みます。 なにせ私は貴方のことを何も知りませんから」
「そう、だね。 ん。 その通り。 じゃあ、行こ」
「えぇ」
日課のため読了しようとしていた辞書レベルの小説をバックへ片付け、こちらへ背中を向ける少女を追いかけようと――、
「――そういえば、名前を聞いていませんでしたね」
「あっ。 うん。 そうだね。 ん。 そういえばわたし、まだ名乗ってなかったね」
盲点だったとばかりに目を見開き、少女はメィリへ振り返り、微笑んだ。
「――私の名はルシファー。 ただのルシファーよ。 ん」
「――。 そうですか」
そして、少女は終わりなき終点へと歩く。
――きっと、今の自分を見たらお兄ちゃんは笑うだろうと、そんなことを考えながら。
まさかの『強欲』の再登場。 なにより作者自身が度肝を抜かれました。
余談ですが八章では『怠惰』が大活躍します。 しまったこれネタバレなのでは!?




