メィリ・ブランドの絶叫
内容が内容なので自重しようと思ったのですが、どうしても我慢できなかったので一言。
YouTubeで「ロリババア」と検索してみてください。 私もロリへのありあまる劣情が迸った結果発見したあの歌ですが、きっと爆笑できると思います。
――きっと、神様なんていない
誰かが世界中の人々を一人一人監視し、その行動を熟知してマリオネットでも操るかのように意のままにする。
そんな空想だったら良かったのに、とメィリは朦朧とする意識の中何ら脈絡もなく、そう思考していた。
「――――」
「ぐっ、げがぁっ」
「やれやれ。 ――君もゲームオーバーさ、お兄ちゃん♡」
猫を撫でるかのような、思わず吐きそうになるほど甘く蕩けそうな純然たる無垢な悪意の象徴が倒れ伏す騎士を嘲笑う。
その光景はどこまで醜悪で。
口から嘔吐物をぶちまけないだけメィリも褒められるだろうか。
もうメィリの髪を撫でてくれる人なんていないと、そう理解していながらもそんな下らないことばっかり考えていた。
「――――ッッ‼ その名でボクを呼ぶなッ! ボクをそう呼んでいいのは、メィリちゃただ一人――」
「煩い、君」
「あがっ」
己の矜持も尊厳も踏み躙られ、失うモノすらなくなったメシアをなおも嘲笑し、冒涜する醜悪なる怪物『厄龍』。
そんな彼を視線だけで誰かを殺してしまいそうな程の形相で、猛獣のように吠えるメシアだったが、既に顔色は真っ青。
全ての元凶はこの場に潜り込んだ異分子、メィリ・ブランドの存在であった。
誰かを演じ、常に仮面を被り素顔を見せない『厄龍』の観察眼は一流どころかそれこそそこらのアーティファクトすらも上回るモノだ。
故に、ハッキリと、思わず下卑たる笑みが浮かんでしまうほど、ハッキリと騎士と少女の関係性が理解できる。
――メシアの弱点は彼に背負われるメィリ
そう看破した後の展開は余りに急激だった。
『絶界』により全方位に絶対結界を展開するメシアの死角を凄まじい速度で泳ぎ、肉薄した影は込められた莫大な魔力故に容易に結界を突破。
だがしかし、最強の騎士がこの程度のアクシンデトで不覚をとるわけがない。
障壁の消滅を悟ったメシアは即座に意識を己へと迫りくる槍状の影へ集中、そしてすぐさま小規模な、それでいて幾重にも重なった空間障壁を展開した。
一枚で破られるのならな数百束。
余りに安易な思考回路だが、それでも槍状の影自体の対応は叶った。
そう――それだけだ。
「――ぁ」
刹那、メシアが踏み締めていた大地が微かに微動し――食い破られる。
それは、幾多ものの影によって編みこまれた、巨大な龍の顎門で、その威力はお墨付きなのである。
だが、それだけならば問題は無い。
それ以上の憂慮すべき事態――それは騎士メシアではなく小さな魔法使いへ猛然と恥も外聞もなく迫りくる。
標的は己ではなく背負った少女――、
そう悟った時にはいつのまにやら体が突き動かされ、メィリへ全力の障壁を展開したと同時に――影がメシアを喰い尽くした。
痛い、だなんて稚拙で単調な言葉ではとてもじゃないが形容できない激痛と苦痛に呻き――現在に至る。
「さて――そろそろ、ふざけた喜劇もお終いだ」
そして、手負いのメシアの寝首を掻こうと、全ての元凶『厄龍』ルインが悠々と足を進めてきたのだった。
――死ぬ、死ぬ、死ぬ!
――お兄ちゃんが、死ぬ
そうと理解していながらも隔絶した実力差がメィリに身じろぎ一つの自由さえも与えることは無い。
手が竦み、脚は恐怖で震え、瞳からは絶大な恐怖故にボロボロと洪水のように涙が溢れ出している。
でも無力なメィリにはそれを見ていることしかできなくて。
彼を見殺しにすること、それだけは絶対にあってはならない。
死ぬなら傍で、せめて隣で一緒に死んでしまいたい。
だが神は、運命は、そして悪意の象徴『厄龍』はそんなメィリの些細な我欲すらも許しやしないのか。
ならば――こんな世界、消えてしまえ。
そして、無意識に願った幻想はメィリの超越した魔術技量と神すらら羨む常軌を逸した天賦の才がそれを現実へと変貌させる。
下らない空想は、魔術の観点において最も重要なモノなのだ。
「――――」
刹那、月光煌めく夜空より、誰彼構わず射線上にいる存在の一切合切を穿つ金色の光線が無作為にばらまかれた。
不思議なことに無我夢中で放った光線の雨あられは術師本人であるメィリにすらも風穴を空けているのにも関わらず、メシアの細身には掠り傷一つできやしない。
「――ふむ、どうやら存外いい術師になりそうだ」
「――っ」
――しかし、幾ら流星群を落としたところで眼前の邪悪に傷一つ作れやしない。
ルインは影を球体上に回転させ、己へと落下する数多の光線すらも喰らってことなきことを得ていたらしい。
相も変わらず憎たらしい健在そのものの姿形に沸々と怒りが溜まってくるが、今はそれどころじゃない。
「――――」
「逃…げろっ。 きっと…ボクはキミの足枷になる。 だから、置いて行ってくれ」
「それはできないわ。 お兄ちゃんには私を養う義務がある」
最後の最後までつれない態度で、それでもしっかりと無様に倒れ伏す兄者メシアを担ぎ、メィリは戦線から退避しようと――、
「――君さぁ、ちょっと考えていなさすぎじゃない? それだけ侮られているってことなのかなぁ?」
「――――」
耳元から、悪意と邪気に満ち満ちた粘質的な声が聞こえてくる。
逃げろ。
この傷だ、今ここで全力で逃走すれば、あるいはメィリもメシアもきっと助かって、二人でいつも通りの毎日を――、
「もう……いい」
「――ぁ」
不意に、背負っていた細身の騎士がむくりと起き上がり、巧みに重心を操ってメィリのバランスを左右させる。
そしてそのまま軽快に立ち上がり、再度屋敷の石段に足を踏み入れる。
「お兄……ちゃん」
「そういえば、キミのボクへの呼称は一年前から変わらないね。 でも、そんなところも可愛くて素敵だよ。 ――最後に瞼に移すモノにしては、上出来どころの話じゃないね」
「お兄ちゃんッ!」
「――――」
その言い方だと、まるでこれから死んでしまうような――、
不意に、頬から幾筋もの涙が零れるメィリの頭を優しく、壊れ物でも扱うような手つきで撫でる手であった。
はっと目を見開くメィリに、優しく語り掛ける。
「ボクはね、騎士なんだよ。 ――だから、キミたちを屍になっても死守しなければならない。 それが、騎士として当然の務めさ」
「そんなの、命に比べたら――」
「ボクみたいなちっぽけな命一つでキミが生きてくれるのならば、それで本望さ。 ――生きてくれ。 生きて、生きて、生きてくれ。 キミがどのような形であろうとも微笑んでいられるのならどの道ボクの勝ちさ。 万が一の時はキミにボクの全財産が渡るような手はずになっている。 だから、もう自由だよ」
「――そんなの、そんなの全然欲しくない! 私は、私はただ――」
――ただ、お兄ちゃんに生きて欲しかっただけ
その言葉はメシアから吹き上がる鮮血によって遮られ、永久の彼方へと霞んでいったのだった。




