メィリ・ブランドの親愛
あれっ。
そういえばゴールデンウイーク、まふまふさんのライブあるじゃん!
私って最近まふまふさんの魅力に目覚めたから、そういえ配信とはいえ、ライブ初めてじゃんっ!
楽しみすぎて気が動転してしまいそうです
「――――」
過去、メィリは何度かメシアと稽古で戦ったことはあるが、それでも実力不足が故に一度たりとも彼の本気を見たことがなかった。
そして今、メィリはその由縁を眼前に繰り広げられる超常現象の嵐を俯瞰しながら、ただ漠然と悟っていた。
世界は軋み、悲鳴を上げる。
「――黒式六号・『黒閃』」
「――――」
刹那、世界が文字通り割断される。
世界を構成し死守されてきた秩序が容易く破られ、そして悲鳴を上げながら泣き別れとなってしまう。
メシアの魔術は『黒式』。
彼自身も詳しい事柄は不明らしいが、それでもある程度――実戦で十分以上に扱えるレベルには鍛えている。
だがしかし――遅い。
なにせ、そのオリジナルとなる必殺の一閃をかつて何度も目の当たりにしたルインにとって、それはまさに地を這う亀のような蛇足。
故に、回避は容易い。
「なっ――」
「君さぁ、本当に鍛えてるの? その様子だともしかしたら黒猫ちゃんに見向きさえもしてもらっていないんじゃないの?」
「――――」
「だんまりかい? なら、お望み通り永遠に黙らしてあげよう」
「ッッ」
そして次の瞬間、影から影を媒介として猛然と飢えた肉食獣が泳ぎ渡り――次の瞬間、その顎門を大きく開いた。
その顎は成人男性でも容易に呑み込むことが可能な程巨大で、メィリ程の華奢な体ではひとたまりもないだろう。
迫りくる危機に冷や汗を流すメィリへ、メシアは安心させるように微笑みかけ、まるで日常の光景を切り取ったように親愛さを隠しもせず、頬に涙を溢しそうになる少女のサラサラの長髪を優しい手つきで撫でる。
その微笑を見てしまった瞬間、不意にけたましく拍動していた心臓が納まり、不思議と不安がちっともなくなった。
きっと、こういう人のことを『家族』と呼ぶのだと殺伐とした戦場の中悟ったメィリはメシアへ信頼を寄せ、命を預ける。
メシアが少しでも選択を間違えれば彼に巻き込まれる形でメィリも死んでしまうだろうが――それで本望だ。
そんな変わった自分の心に気が付くことなく、事態は進んでいく。
「――黒式三号・『絶界』ッッ!」
「――――」
そして、メシアとメィリは同時に世界の垣根から消え去り、彼を中心として球場の境界線が生まれる。
直後、蠢動する影が鮫のように暗闇という海を泳ぎ渡り、棒立ちするメシアとメィリへとその顎門を――、
「――ほう」
「メィリちゃん、お兄ちゃんを信じたキミの勝ちだよ」
「――ぁ」
万象を喰らい尽くすはずの影は、しかしながらその境界線に近づくとまるで不可視の障壁にでも激突したかのようのその動きを停止させる。
目の前でおぞましい影がその顎をけたましく上下に動かす光景を目に移しがらも、メィリは漠然と何が起こったのか理解した。
メシアの『黒式』は空間を自由自在に操作する。
空間自体を断絶させ防御不可能な斬撃を放つことも容易だし、このように不可視の絶対防壁を展開することも可能だ。
だが――相手はかの、『強欲』が『暴食』の権能を、ベースとして生成し、『付与』した影である。
例えそれが劣等品とはいえ、この程度――容易い。
「――――ッッ‼」
「ちっ! そろそろヤバいかなって思ったけど、流石に早すぎると思うなぁ!」
「――――」
メィリの柔肌がその頑強で強靭な牙の餌食になるような悲劇を未然に防いでいた絶対防壁が、軋む。
そして次の瞬間、甲高いガラスが割れたかのような、澄んだ音が暗闇に包まれた屋敷に響き渡った。
己の進路を阻む忌々しき絶対障壁すらも容易に食い破った影は、その標的は生ける得物――メシアと彼に抱き着くメィリへ向かう。
音速すらも、上回る初速で放たれた影は、猛然と何かをブツブツと唱えるメシアへと肉薄して――、
「――黒式一式・『廻天』」
「むっ」
刹那、両者の立ち位置が余りにも強引な手法で漆黒の魔力を周囲へ吐き散らしながらも反転することとなる。
獲物であった『騎士』は傍観者へ、かつて傍観者であった『厄龍』は獲物へと無茶苦茶な手管で反転する。
ルインがメシアを喰らおうと容赦情けなく放った漆黒の影はその悪意の元凶そのものである『厄龍
』へ矛先が変更。
影が己へ触れる直前を見計らって『廻天』を発動したが故に、この速度で迎撃、反撃は到底不可能――、
「あがぁっ」
――刹那、鮮血が宙を舞っていた。
「――――」
ルインが無遠慮に放った顎門は因果応報とばかりに彼自身の左肩を抉り、そこから洪水のように鮮血が溢れだす。
そんな凄惨な光景に息を吞むメィリへ、メシアは優しく語り掛ける。
「御免、こういうグロテスクな光景はあんまり見せたくなかったんだけど……今は緊急事態だから、御免」
「それが必要なことだったら、それでいいわ、お兄ちゃん」
「それは助かるよ、メィリちゃん」
傍目からでも二人が互いを信頼しいっていることが容易に察することができる光景――片方は猛然と抗議するだろうが――は、しかしながらそう長くは続かない。
「――いやはやぁ」
「――っ!」
轟音、それと共にかつて屋敷を構成していた硬質なブロックが破片を化し、散弾のように宙を飛翔する。
それと共に屋敷を覆っていた影が凄まじい勢いで増幅、具現化し立体的な輪郭を得て、再度二人を食い破ろうと姿を現す。
「……やっぱり、この程度じゃ殺しきることはできなかったようだね」
「そりゃあそうさ。 なにせ僕を殺し、滅ぼすことはかの【円卓】ですら結局成し遂げることができなかったんだからねぇ!」
「……【円卓】?」
「そうさ、創設者の『憤怒』と『強欲』を中心として展開された組織さ。 彼らは僕の同胞の寝首すらも掻いたんさよ。 まぁ、何者かが『憤怒』を封印したことで中心核が崩れ、今では原型すら消えてなくなっているよ」
「それは、何故ボクに話したのかな?」
「さぁね。 興が乗ったからとしか答えようがないね」
「そうかい。 ――なら、お喋りはここまでのようだね」
「同意するよ。 ――さぁ、手負いの『黒猫』と常に全盛期な僕こと『厄龍』……一体全体どっちが勝利を掴み取ると思う?」
そして、黒閃と漆黒の影が宙を舞い、激突していった。




