メィリ・ブランドの平穏
二万文字……二万文字。
控えめに言って書きすぎた
「――つまり、魔術はアレな不思議パワーがアレになってアレしてるってこと?」
「なんだか認知症の老人諸君みたいな言い回しだけど、意外と合っているのが魔術の大雑把なんだよね……」
「あっそ」
何故か釈然としない複雑な表情をするメシアをご満足そうに眺めるメィリは、試しにと教わったことを実践する。
曰く、魔術は本当に摩訶不思議な術、程度にしか解明されておらず、その手の才能を持つ者は理論以前に自然と感覚的にできてしまうらしい。
メィリもその例の一人だ。
魔術を扱える者は万人に一人いるかいないかレベルなので、割と幸運なメィリは「何を今更」と自嘲する。
メシアと巡り会えたことでさえも奇跡レベルの豪運だというのに、これだけの仕打ちをしながら今更運命はメィリへ憐憫を垂らすというのか?
そんなの、クソ喰らえである。
しかしながら万が一のことも考えて得て損のあるモノとは到底思えない。
ここは癪ながらも数奇な運命に従うか。
「イメージ……イメージ」
「――――」
魔術において術式構築よりも最も重要なのは術のイメージ。
その魔術を構築する際に核となるのがそのイメージらしく、それが不完全であるのならばどのような名魔術師でも生半可な魔術しか繰り出せないとか。
だが、逆に言えばイメージし創造できる力さえあれば万事解決だ。
術式の構築は後回し。
戦場のような緊迫した空間ならばともかく、ここは食卓。
箸を誤って落としただけで頬をぶたれるような前の環境とは違って、この空間は今世界の中で最も安泰。
ならば、思考を沈め――、
「――――」
「これはこれは……」
想像するのは使い慣れ、時には何度も刺された鋭利なナイフ。
かつてのメィリの唯一の所有物であり、それと同時に心の奥底から忌む暴力と理不尽の象徴でもある。
メィリの拙いイメージ力が真っ先に想起したのは、皮肉にも最もメィリが憎み脳裏に焼き付いて離れない凶器であった。
刹那、突如として虚空に触れただけで肌が割断できるような、そんな鋭利で一瞥するだけで名人が錬成したモノと分かる。
そんな小振りなナイフが、ごとんと食卓を囲んでいた食器にのった丸々と太った豚の丸焼きを穿つ。
「生成系魔術……? でも、それにしても昨日の刃の威力……まさかっ。 御免、メィリちゃん。 ボクへ昨日のように刃を振るってくれない?」
「変態?」
「心外だねぇ! 単純に気になっただけだよ!」
「ご、御免」
珍しく感情をあらわにするメシアに少し驚きながら、メィリはメシアの言葉に従い万物を切断する鋭利な刃が飛び出す光景を想像する――、
「……驚いた。 これで初心者?」
「逆に何でお兄ちゃんは生きてるの?」
「ボクが生きてて何か不都合でも!?」
「ハッ」
「うん、メシアさん傷ついちゃったぞ。 本当に、魂に刻みこまれるほど傷ついちゃったぞー」
「大丈夫?」
「あっ。 心配してくれるんだ?」
「予想外?」
「……この上なくね」
メィリが心中で嬉しそうにガッツポーズしたのは言うまでもない。
「うーん。 やっぱりキミの属性は無いね」
「どういうこと?」
食卓はメシア主催の実験とやらに大いに荒れ果て、ぽっちゃりメイドさんが哀れに思える程の乱雑ぶりである。
そんな光景に溜息を吐きながら、メィリはメシアの答えに耳を傾ける。
「信じられないけど、キミの魔術……あえて名づけるのなら『創造魔術』だ。 これはあくまでボクの予想でしかないんだけど、おそらく『創造魔術』によって創造できない魔術なんて、どこにないと思う」
「それって凄いの?」
そんな素朴ない問いかけにメシアは「分かっていないなぁ」とばかりに盛大ま溜息を吐くので、風で編みこんだ弾丸を発射する。
癪なのはその弾丸はメシアに触れることすら叶わなかったということだけか。
「基本的にね、魔術師が扱える魔術には限りがあるんだよ」
「――――」
「でもね、矛盾するようなんだけど、実は魔術師に扱えない魔術は存在しないんだよ。 でも、それだとキミの『創造魔術』は貴重ではなくなり、凡庸そのものとなってしまう」
「つまり、何らかの制限がある……」
「そういうことだよ。 確かに、魔術師はありとあらゆる魔術を使用することが可能だ。 でもねぇ、それでも発動できるだけであって威力は保証されていないし、実戦で放てるような魔術は平均5~10種程度なんだよ」
「成程……」
「分かったようだね。 良くて十。 運が悪ければ数種類程度しか扱えないんだよ。 ――だからこそ、キミの『創造魔術』は大変貴重となる」
「――――」
「キミの『創造魔術』は存在するありとあらゆる魔術を、その構築技術でそれだけの威力で放つことが可能だ。 全部。 全部だ」
「――――」
「その魔術はありとあらゆる戦況に対応でき、やろうと思えば戦場で英雄ともなれるだろうね。 でも――」
「私は、英雄なんかにならない」
「うん。 予想通り過ぎる回答だし、そもそもの話一応は保護者であるキミを戦場なんかに足を踏み入れることは許さないよ」
「そう」
一瞬私を利用するために、なんていう思考も浮かんでいたがそもそもの話養子となることが決定していた段階でメシアがそれを看破するのは不可能。
つまり、ただの偶然か。
「別に今は戦争もやっていないんだから、キミみたいないたいけな少女が兵士となる必要性はない。 まぁ、それでも自衛用程度の技術を教え込むんだけどね」
「そう」
メィリとしても万が一のことを想定すればそれが得策であることは否めないと納得し、溜息を吐きながら『創造魔術』を駆使し乱雑に散らかった食材を無に帰したのであった。




