■■■・■■■■の救済
短くて六千文字、本当に長引いたら一万文字かかるかもしれません、メィリさんの過去話。
我ながらこの分量は想定外だったのだよ。
――思い返せば、クソのような人生であった。
かつて『賢者』となるべき人物、■■■・■■■■が生まれ育ったのはスラムを彷彿とさせる貧民街である。
孤児、ではない。
ただ、捨て子の方が幾分かは彼女の人生は狂わずにいれたのかもしれない。
「――だから、どうしてお前はこんなこともできないのかっ!」
「ッッ」
甲高い音が朽ち果て居た住居とすらいえないようなオンボロな空間に響き渡った。
平手打ちされた少女は、大柄な男の横暴な暴力に何ら抵抗を見せることは無い――抵抗すれば、更に酷い仕打ちを受けると知っていたから。
ただただ、無抵抗、無感動、無感情。
機械のようになれればなと思う。
機械のように、何事も淡々と、何の失敗もすることなく感情なんていう面倒で厄介なモノを背負わなくていいのだから。
だが生憎、■■■・■■■■は特異体質ではあるが、それでも、れっきりとした人間なのであった。
「――――」
「ったく、お前のような出来損ないが子供で、まったく俺は不憫だ、なっ!」
「ッ」
今度は、指先の骨が無遠慮に砕け散った。
瞬間神経を鉄ヤスリで無作為に強引に撫ででもしたかのような、そんな堪えがたい苦痛が■■■の脳内を支配する。
耐え難い苦痛に呻く■■■。
――一瞬、怯えた表情で■■■とその父を見る母親と目が合った。
ただ、それだけ。
助けを呼ぶわけでも、かといって夫に立ち向かおうとする勇敢な姿とは、とてもじゃないが思えなかった。
(――逃げた)
母親なのに、愛してくれたはずなのに、■■■を生んでくれた筈なのに。
なのに、■■■に横暴で理不尽で杜撰な暴力委が無遠慮に振るわれる光景から目を背け、逃げたのだ。
今は、全ての元凶である父よりも自分を見捨てた母親こそが憎い。
憎い、憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
「何、睨んでんだよっ!」
「――――」
肉と骨が衝突し、抉りあう生々しい音が響く。
殴られた頬が痛い、ひしゃげた指先が痛い、そしてなにより、こんなクソったれな世界に自分が存在することこそが、痛いのだ。
なまじき強靭な肉体は、■■■に意識を手放す権利すら与えやしない。
それから、丁寧に、指を折るかのような、そんな地獄のような、そんな日々が皮肉にも平穏に流れていった。
――あの時までは
――突如としてオンボロな住居に響き渡ったのは轟音だった。
それはいつも通りに仕事を完璧にこなしたのにも関わらず難癖をつけられ、それに反論することなくぶたれていたその時。
不意に、朽ち果てた住居の唯一の扉が勢いよく吹き飛んだ。
「エレガス・エターナー! 貴様には殺人罪の容疑がある。 同行願おうか?」
「――――」
「アハッ」
その言葉を聞いた途端、ついあまりにも可笑しくて口元から場違いにもそんな笑みがこぼれてしまった。
そういえば、私は今まで散々理不尽にぶたれたこの男の名前すらも知らないんだと、それに今更気が付いた自分が可笑しくって可笑しくって。
■■■の父親は「チッ」と舌打ちし、不意に懐から鋭利な短刀を取り出し――それを、■■■の首筋へ添える。
その光景が指す意味は単純明快。
つまり――人質。
「あなた、もう止めてっ!」
「うるせぇ、クソアマ。 テメェは黙って荷物の整理でもしろや、クソアマ」
「――――」
頬に涙を流し、悲痛に語り掛ける妻へ悪罵する■■■の父親の声色はどこまでも荒々しく、そして無遠慮。
他者をを思いやることを忘れたかのような、そんな荒々しい声であった。
■■■の父親の恫喝に、俯く母親の姿に歯噛みする騎士たち。
だが、それでも不用意に身じろぎ一つするわけにはいかない。
なにせこの凶悪犯の右腕のナイフが少しでも微動すれば、いたいけな少女の首筋から噴水のように鮮血が溢れかえるだろう。
それでは本末転倒。
ならば、一体全体どうすればいいのか、どうやったらいいのか。
「――退いてくれ」
不意に、声が聞こえた。
突如として現れた第三者は長身で、骨のように瘦せ細っているのにも関わらず無意識的に後ずさってしまうような圧迫感を放っている。
そんな青年を認識した騎士は、慌てて彼へ敬礼する。
「……! メシア様っ。 何故このような寂れた街に……」
「そういうことは言わないの。 キミだって自分の故郷を悪罵されたら不愉快でしょ? そういう言動は慎むように」
「――御意」
静かに、されど確かなる熱のある声色で再度敬礼する騎士を横目に、メシアと呼ばれた青年はちらりと■■■の首筋へ短刀をかざすその父親を一瞥した。
「はぁ」と嘆息し、メシアは悠然と■■■の父親へと近づく。
その光景に狼狽し、慌てて■■■の父親はナイフをメシアへ向ける。
「くっ、来るな! こいつが殺されてもいいのかっ!?」
「……それはキミの娘なのだろう? どうして、血のつながった自分の娘にそんなことができる? どうやったらそこまで残酷になれる?」
「うるせぇ! お前みたいな持ってる奴に分かる!?」
「分からないさ。 ボクは、キミじゃないからね」
「何を――」
刹那、メシアの細身が掻き消える。
突如として■■■を拘束していた左腕が空を抱き着き、そのまま無様に■■■の父親はバランスを崩す。
そんな無防備な■■■の父親の顔面を、容赦なくメシアの靴底が踏みつけにした。
「――これが、キミがしてきたことさ」
「ぐっ、がぁっ。 舐めやがって……!」
「全部、キミの愛すべき妻に教えてもらったよ。 酷い話もあるものだと馳せ参じれればこの様。 キミの性根、本当にどれだけ腐ってるの?」
「……! 俺にとっちゃあ、お前の方が幾分から狂って見えるぞっ!」
■■■の父親はやけに手慣れた動作でメシアの脚力による拘束から強引に離脱、そのままな流れるような動作でメシアへ肉薄、そして最も避けにくい肝臓へと鋭い刺突を洗練された動作で繰り出していた。
その手腕、とてもじゃないが殺しを体験したことのない人には、到底思えなかった。
故に――、
「なら、容赦は不要だね」
「あがっ」
刹那、大地が呻き、次の瞬間襲い掛かろうとしていた■■■の父親の左肩から先から不可視の何かに抉られたように血飛沫が吹き上がる。
想像を絶する激痛に呻く■■■の父親へ、一斉に待機していた騎士たちが殺到し、その身柄を拘束した。
「これにて一件落着――ってわけにもいかないか」
メシアはちらりと実に肉親が血反吐をぶちまける姿を視認し、怯えるどころか笑みすら浮かべている少女を眺めながらそう呟いていった。
……あとがきは昨日執筆した段階のモノです。
実際は……うん、現在ただいま二万文字……
今ラストパートですから! 後千文字くらいできっと終わりますから!
彼女は後々重要なキャラクターとなりますので、これくらいが丁度いい、と納得してくださいませ(土下座)




