■■■・■■■■の晴天
どうしてメィリさんが【守護者】たちを裏切ったのかは、次の話で書くと思います。
十日後。
暗闇だ。
どこまでも続いているような、それでいてどこか狭さを感じさせる不思議な空間――厳密には牢屋に、その少女は居た。
少女の手首には金属質な手錠が結ばれており、そう簡単に動くことはできないだろうと容易に察することができる。
――否。
本来ならば、手錠すらも不毛。
何故ならば眼前の少女――■■■・■■■■の脳内にそもそもこの牢獄から抜け出すという当然の選択肢がないのだから。
「――存外、哀れだな」
「そう思うのならば助けてあげればいいじゃないか、ガイアスきゅーん」
「……気色が悪りぃぞ、ガキ」
「ちょいちょい。 素が出てますよガイアスさーん」
「ハッ」
猫を撫でるかのような、そんな甘ったるしい言葉を紡ぎながら、俺はちらっと鎖に繋がれているかつての『賢者』を一瞥する。
それにつられて再度ガイアスは視線を虚ろな眼差しでぶつぶつと不気味に呟く少女へ視線を向けた。
「……誰だ、この女」
「『賢者』。 まぁ、お前にはぁ分からないだろうけどねぇ」
「――――」
『神獣』とその器は一心同体。
ある程度の浅い思考ならば容易に読み取ることが可能で、また両者の記憶も制限が存在する中でもちゃんと読み取ることはできる。
――が、この少女は例外中の例外。
なにせ世界のありとあらゆる人々からその存在が抜け落ち、文字通り何の誇張も無く独りぼっちとなった少女である。
「……嫌だ……嫌だよぉ……」
「――――」
「まぁまぁ。 そんなにあからさまに顔を顰めるなよ。 禿げるぞ?」
「余計な世話だ」
拘束された少女はただひたすらに真っ黒な瞳で何かを拒絶する言葉を無意識的にただただ呟いている。
その姿はどこまでも痛々しく、哀切に満ち満ちていた。
とはいえこいつがやらかした未来を知っている俺からしてみれば「ざまぁみろ」と言ってやりたい状況下である。
眉をひそめるガイアスへ、俺はフレンドリーに語り掛ける。
「いやー、これでも大変なんだぜ? なんせ心神喪失状態だからか、食事すらも受け付けないって。 流石に餓死されちゃあねぇ」
「……言いたいことはそれだけか、スズシロ」
「まぁまぁ、確かにお前には何の断りもいれずにこんな面倒なモノ拾ったことは謝るけど、これも必要なことなんだよ。 なぁ、『賢者』?」
「っっ」
『賢者』という言葉に、メィリの方がピクリと微動した。
「……これも、お前の魔術か」
「そういうこと。 便利でしょ? まぁ色々と制限もあるっちゃあるだけど、それでも有り余る高性能だよねっ」
「――――」
世界から忘れ去られるというのは存外心に響くアクシデントである。
そこに意識や魂において様々な重要な機能を没収し、ついでに精神領域に放り込めば時間こそかかるものこのように狂気におかされるってわけ。
流石に俺も二百四十時間もあの空間に居たいとは思えないな……。
正直可能性は五分五分だったのだが、俺は案外運がいいのかもしれない。
「さてはて。 まぁ、これだけじゃ流石に駄目だから、俺としてはさっさと仕上げをしたいわけ。 だからさぁ、ちょっと席を外してくれない? 人がいると集中できないからさ?」
「――――」
「別に、いやらしいことはしねぇよ。 というかこいつがこうなったルーツを考慮すれば情欲以前に殺意が沸くわ」
「……面倒なことは、するなよ」
「そいつはぁ状況次第とコメントしておうこうか。 もしかしたらお前に多大な迷惑をかけるかもしれないけど、その時はどうぞ御贔屓に。 よろしくな、相棒」
「……その気色の悪い笑顔は止めろ。 吐き気がする」
「これはこれは失礼を。 ――それじゃあ、始めようか」
「……勝手にしろ」
拒絶も、もう無い。
この空間では刹那が永遠にも感じられ、そして決してその逆は有り得ない。
気が狂いそうだ。
否、もうこんな狂った世界を平然と受け入れることのできる■■■こそが、狂人と言うべき存在なのかもしれない。
ただただ過ぎ去る時間に身を委ねるだけ。
もうとっくの昔にこの暗闇から逃れる気概もなくなり、後に残るのはただただ無遠慮な諦観の念だけ。
死にたいとも、生きたいとも思わない。
■■■がここから解放されることは生涯有り得ないだろうと、そう漠然と悟りながら、それに対する絶望は、もうない。
もう、全てがどうでもいいのだ。
だがしかし、そんな腑抜けた諦念は次の瞬間一瞬で消え去っていった。
「――ぁ?」
不意に、世界が晴れ渡った。
「――――」
信じられないように、マジマジと■■■は晴れ渡った世界を凝視する。
何故、今更希望を見せつけるのだ。
何故、こんなにも陽光は目を焦がすのか。
何故、世界はこんなにも綺麗で澄んでいるのか。
分からない、分かりたくない。
ただ漠然と、■■■はそれを理解してしまえばこの壮大な光景に縋りつくしかなくなると、そう悟がこの絶景から目を背けるのは叶いやしない。
「――よぉ、久しぶりだな」
「――ぁ」
「驚いて声も出せないか、■■■?」
どこまでも温かいその声を耳にした瞬間、何かが溢れ出しそうになる。
そして■■■ではそれを死守することもできずに。
「――おにぃちゃん?_」
――きっと、御伽噺のヒロインはきっとこんな気持ちだったんだろうなと、そう漠然と理解していた。
あっ……更新、忘れてたぁ……




