■■■・■■■■の消失
ハルヒ的な
――何もかも、消えていく
「――ぁ」
何が消えたのか分からない、何がなくてはならないかけがえのないモノであるのか分からない、何を失ったかのすらも分からない。
理解したのは己の不理解だけ。
消える、消されていく。
誰に?
分からない。
今自分が何処にいるのかさえも、上下左右、どの方向に佇んでいるのか、それとも転がっているのか浮遊しているのか分からない。
そもそも自分が生きているのかも、それとも死んでいるのかも、そもそも己という存在は一体全体何なのか。
その一切合切が不明慮。
故に、無理解――。
「――――」
不意に、『無』が『暗闇』へと変貌を遂げる。
どこまでも続くような、それでいて圧倒的な暗黒は地平線さえも露出させることなく、■■■を閉じ込めている。
「――■■■?」
誰だ、■■■とは誰なのか。
それが決して失ってはならなく、死んでも離してはいけない類のモノだということは漠然と理解できる。
されどその輪郭さえ捉えることさえできず、ただただ無理解不理解不明慮。
どれだけ覚束ない頭を駆使しようにもその回答に辿り着くどころかゴールラインすら見えない有様である。
何となしに周囲を見渡してみると――そこは暗闇だけが支配する孤独な世界だった。
誰も居ない、誰も存在しない、■■■しか存在しない。
そんな不自然な世界線に疑問を持ちながら、メィリは少しでもこの異常事態を解決するべく動き出そうとし――固まった。
比喩的な意味合いではない。
純粋に、■■■が硬直、停止したのだ。
それはまるで、万物に平等に与えられる世界の法則すらも■■■というちっぽけな少女の存在を忘れたかのように。
そしてようやく、■■■は己が呼吸を忘れていたことに気が付いた。
否、それだけではない。
当然のように拍動するはずの心臓は満足にその機能を果たすことすら叶わず、ただただそこに佇んでいるだけ。
そればかりにこれだけの状況を目の当たりにしていながらも汗の一つ掻けないこの状況は、余りの異質。
――これではまるで、■■■が世界から不要とばかりに消え去ったようではないのか。
「――ぁ」
そして■■■は、不意に龍の逆鱗のように決して触れてはいけない『何か』の核心に触れてしまう。
嘘だ。
きっと、これは誰かの悪質なブラックジョーク。
きっと、きっと誰かが孤独な■■■を王子様のように救い出してくれるはず、そう、そうでなければならないのだ。
何でもする。
みっともなく糞尿を撒き散らし『神』にでも命乞いする屈辱だって甘んじて受け入れよう。
だから、だから――誰か孤独な■■■を救ってくれ!
だがその不格好な懇願を聞き入れる寛容な『神』など存在しなく、それどころか慟哭は空気すら震わすことも叶わない。
耐えられない、耐えられない、耐えられない!
誰からも忘れられ、あまつさえ己すらも■■■のことを憶えてすらない?
有り得ない、有り得ちゃいけない!
だがいくら記憶を漁ろうがガラクタすら出てくることなく、記憶の引き出しには当然のように塵一つありやしなかった。
孤独だ。
誰の視線も浴びずに、ただただ『無』ですらないこの暗闇の中に居座すことは、激烈に耐え難い苦痛であった。
「――おにぃちゃん」
――そして■■■は、誰の目にも留まることなくただただ孤独な暗闇の中を佇んでいった。
「――ふう。 とりあえずこの件は一件落着ってことで!」
「――――」
俺はクレーターが刻まれた高原に虚ろな瞳でうわごとのように何かをつぶやく少女を背負い、手慣れた手つきで回収する。
意外なことに一度ゲームオーバーしちまったが、まぁそれでも目的自体は容易に達成することができたから万々歳。
残る懸念は……やっぱメィリか(故)か。
今更だけど俺の魔術誘拐に無茶苦茶特化魔術だねと評価しながらも、俺は欠伸を噛み殺し屋敷へ続く扉を開いた。
眼前に広がるのは見慣れた豪華でやたらと壮大な廊下。
まぁ流石にこれら全部が実物っていう可能性は経済的に……うーん、二重の意味で有り得てしまう不思議。
今更だけどヴィルスト・ルシファルスは本当に謎の多い男だな。
広がる光景の中には細身の中年は当然ながら居ない。
メィリの存在を別の意味で消した結果、強引に世界が辻褄合わせをしようとした結果だといえよう。
まぁそれでもそれの元凶である俺が居座るあの高原やこの異次元的な扉は健在であったようだと判断する。
(うーん。 やっぱりまだまだバグがあるな)
バグ、例えば『共振』は両社に等しく予想外の結果をもたらす。
ホント、厄介だと嘆息しながら俺は淡々と足を運ぶ。
行きつくべき場所は必然――、
「――あれ? アキラさん、今の今までどこに行っていたんですか?」
微風にゆらゆらと舞う鮮やかな桃色の長髪に、シミなど一つもありやしないその柔肌、そして人形のように整った可憐なる美貌。
その少女が女神の化身だと紹介されても容易く信じ込んでしまいそうな絶世の美貌を誇る少女は、俺を見た途端嬉しそうに笑みを浮かべる。
そんないつもと変わらない筈の笑顔は今はどんな金銀財宝と比べるのも馬鹿らしいほどかけがえのないモノで。
――ようやく、自分が何を守りたいのか理解した。
「――よお。 ちょっと野暮用でさぁ」
「ふーん。 そうですか。 ……ところでアキラさん。 ちょっと書類手伝ってくれません? マジでヤバいんですよ」
申し訳なさそうに顔を顰めるシルファー。
俺は「はぁー」とため息交じりに呆れながらも、
「しょうがねぇな。 専門家じゃねぇが、ある程度はやってやんよ」
「――! ありがとうございますっ!」
こうして、嵐の前の静けさのように一時の安泰の日々が淡々と流れていった。




