『賢者』と『騎士』
精密な魔力操作によって、魔力因子を互いに衝突させあい、核融合のように爆発的にエネルギーを有する回し蹴りを容赦なくメィリの顔面へと繰り出す。
代償として使用部位の筋肉をズタズタにする代わりに、強力無比な一撃を放つことが可能な『獣宿』は狙い違わずメィリの頭蓋をへし折る――、
「――〈聖盾〉」
「ほう……」
寸前、煌びやかな白盾が二人の間を介入。
『獣宿』の威力は並大抵のモノではなく、故にそこらの防壁では防御不可能な筈だが、どうやらメィリはその問題を小賢しい小細工によって解決したらしい。
俺はちらりと重なった白盾を一瞥する。
展開された白盾は幾重にも重なっており、本来ならば容易く木っ端みじんとなっていたのにも関わらず、その威力を受けきっていた。
まさに塵も積もれば山となる、だ。
本来ならば容易に破れる障壁も幾重にも重なれば十分驚嘆に値する品元へと昇華されることとなる。
重なり合った白盾は目論見通り俺の回し蹴りに決壊することなく、その威力を見事に相殺しきっていた。
「チッ。 面倒なっ」
「これでも、『賢者』ですからね。 余り舐めたら痛い目にありますよ?」
「ご忠告結構――ならっ!」
俺は白盾を足場に跳躍し、軽やかに宙を舞う。
そして反転する重力の中、洗練された動作で腰につりさげたいた鞘から戒杖刀を抜刀し、重力に従いメィリへと自由落下する。
あの白盾はまず間違いなく魔力によて生成されたモノだ。
故にありとあらゆる魔の力を拒む戒杖刀とは相性抜群である。
「――盾ごと吹っ飛べ」
「――ッッ!」
強烈なインパクトの瞬間、常軌を逸した勢いでメィリが明後日の方向に吹き飛んでいった。
俺はついでとばかりに瓢箪にストックしてあった水滴を氷結させ、幾つもの簡易の槍を生成し、それを『賢者』へと放つ。
凄まじい勢いで魔力によって加速した氷槍は轟音と共に撃沈。
そして俺はクレーターへと脚力を強化し、肉薄する。
相手は典型的な後衛タイプ。
おそらく近接戦には慣れてこそいるが、それでも俺とレイドのような本格的な剣劇はとてもじゃないが不可能。
魔術師相手に距離を開けてはいけない。
赤子でも理解できる不文律だ。
先刻、蒼の刀身がメィリへと直撃する寸前、『黄昏の賢者』は己は激烈な風魔術を放ち、俺の狂刃から逃れていた。
それこそ転移でも使えば幾らでも距離など関係ないとはいえ、流石に一方的にやられる、だなんてことは――、
「――〈転移〉」
「なっ――」
突如として耳元に幼女特有の甘く澄んだ声が響き渡った。
(転移――!)
懸念通り、否、予想以上のタイミングでこちらの思惑を完全に嘲笑うように距離を目と鼻の先にまで縮めたメィリは、
「燃え尽きなさい。 ――〈蒼炎絶海〉」
「――――」
刹那、俺の視界を燃え滾る蒼の烈火が覆い尽くしていた。
――蒼炎が、俺の視界を埋め尽くす
その広大な規模故に世界が真っ青になったかのような錯覚に陥る中、俺は懸命に戒杖刀を物凄い速度で振り回していた。
蒼炎が俺の肌を焼き焦がす直前に振るわれた戒杖刀によって『反転』し、術師、この場合はメィリへ向かう。
しかしやはり多勢に無勢感は拭えないんだよなー。
「――――」
そもそも物量的に燃え滾る烈火の一切合切を『反転』させるのは幾らなんでも不可能なのは赤子でも理解できるだろう。
(ちっ。 完全に無駄な労力だったな)
俺はそう内心で悪態を吐き、早急に魔力を練って魔術を構築する。
最小限の魔力量で最大限の事象を。
その真理を意識し、俺は相も変わらず戒杖刀を振り回しながらも、術式の構築に全神経を注いでいた。
そして――、
「ふぅ。 ギリ間に合ったわ。 ――【天衣無縫】」
そして、万象を否定する暗黒が無作為に放たれた。
しかしながらご存じの通り【天衣無縫】の唯一無二の欠点はその燃費の非効率さである。
展開するのは無闇に周囲に展開するのではなく、火炎の包囲網を抜けるのに最低限必要となる分だけでだ。
そうして俺は多少乱暴ながらも火炎の包囲網を抜け、高原へと――、
「――〈落岩〉」
「――。 次から次へと」
再度高原へと足を踏み入れた直後、俺を凄まじい面積の物体によって生じた影が覆う。
慌てて空を見上げると、どこまでも晴れ渡った青空に一つ、不自然な影――というかもうぶっちゃけ大岩である。
上空を滞空する大岩は、回避不可能と即断できるほどの超音速で俺へと落下してきた。
(炎の次は隕石かよ! レパートリー多いこったぁ!)
内心で悪態を吐き散らしながらも俺は瓢箪をたたき割りながら即興で術式を構築する。
一見万能と思われる神代武器『戒杖刀』ではあるが、その実このように自然系魔術には滅法弱いのである。
その由縁は単純明快。
あくまでも戒杖刀が『反転』させるのは『魔力』。
つまること、幾ら隕石に戒杖刀が触れようともただ単に魔力が消し飛ぶだけで勢いはあんまり変わらないだろう。
ならば、純粋な物量でそれを相殺すればいいだけの話!
「――蒼海乱式・『蒼天』ッ」
「――――」
巨人が扱えるレベルにまで成長していった大槍は、次の瞬間猛然と迫りくる隕石と轟音と共に衝突したのであった。




