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VRMMОで異世界転移してしまった件  作者: 天辻 睡蓮
一章・「赫炎の魔女」
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脆い


 選挙、煩い










――一方


「クソッ! なんつゥ多さだ! どんだけ居るんだよ!?」


「ちょっと黙っててくれません!? 改めて認識すると胃が痛くなるので!」


 暗闇に閉ざされた路地裏が戦場へと変貌していた。


 路地裏にはそこら中にうようよと魔獣が蠢いており、もはや術者である月彦にすらどれが自分が召喚した魔獣か判断できない。

 

(まったく、本当に僕はつくづく悪運ですね!)


「――アッハッハ、そんなものか、〈ぷれいやー〉は?」


「けっ。 調子に乗んなよガリ野郎ォ」


 安吾の拳撃が魔獣の脳髄を頭蓋骨ごと破砕する。

 それと共に、ワニのような頭部を持ちながら、それでいて下半身――特に足の筋肉がまるで猫のようにしなやかな異形が魔獣を丸呑みする。

 

 だが、それでも減らした相手はたった二体。

 幾ら潰そうが、相手が尽きるまで無尽蔵に補充されてしまっては意味はない。

 それでも、今安吾は拳を振るう。

 そうしなければ同胞の命が消し飛んでしまうから。


「しっかりしろ、アンダス!」


「……俺は……もう、」


 虚ろな眼差しで虚空を見つめる兵士の心臓を必死に圧迫する男。

 だが、それも虚しく呼吸は刻一刻と浅くなっていた。

 死ぬ。

 そんな漠然とした恐怖に苛まれ、そしてそれを受け入れる。


 ――人の命は、物語のように安くはない。

 

 人の世は弱肉強食。

 弱者は淘汰され、強者が頂上へ君臨する。

 ここはそんなどうしようもない世界だ。


 人は、余りに呆気なく死ぬ。

 たった一つの傷が命取りとなってしまうのだ。

 こんな理不尽、あっていいのだろうか?

 そう男は歯噛みする。


「チッ……‼ 胸糞悪ィなァ‼」


「……本当に、クソですね」


 最初は、月彦も安吾も彼らをNPCとどこか心の奥で蔑んでいた。

 だが、その認識はこの数日であまりに呆気なく瓦解する。

 人のように笑い、人のように悲しみ、人のように怒る。

 そんな光景を見せつけられて、一体誰が彼らを「人ではない」と言い捨てられるだろうか。


 だからこそ、脆い。

 まるで蝋燭のように、吹けば飛ぶような、そんな存在だ。

 

「なんで、兵士になんてなったんだよ……!」

 

 月彦は、まるで自分のことのように小さく後悔を口にする。

 その小声は暗闇に中に吸い込まれていった。

 友人が、一瞬で肉塊と成り果てる光景を見たのは当然初めてである。

 だからこそ――、


「――これがつまらない義憤だとは分かっている。 だが、それでも僕はあんたを殴りますよ」


「ハッ。 人様も他人のために憤れるのだな」


 その嘲弄に込められた感情の渦は、正直月彦には理解できなかった。

 だって、その双眸があまりに黒かったから。

 人生に絶望し、全てを諦めた者特有の瞳。

 

 一体、彼らは何を見たのだろう。

 分からない。

 自分のような人間が理解する資格なんてない。

 

「――ガバルドさん 怪我人は?」


「……全員避難は済ませた。 だが、もう逝っちまった奴らは……」


「それは後です。 では、下がってください。 僕のポーションを預けますので、ガバルドさんは負傷者の治療を。 安吾は先輩と合流してください。 まだ返ってこないってことは、なんらかの不測の事態が起きた可能性もあります」


 そう事務的に指示を飛ばす月彦。

 その月彦にどこか恨むかのような眼差しを向け、安吾が反論する。


「こいつは? お前一人で抑えきれるのかァ?」


「――いいや、違う」


 瞬間、安吾の肌がまるで痙攣でもしたかのようにピリつく。

 怯えたから、ではない。

 これは所謂――武者震いだ。

 

「抑える必要はありません。 ――殺します」


「……そうかいィ」


 安吾は納得し、引き下がる。

 だが、その額に隠せない不安感がにじみ出ていた。

 月彦の無事を考慮しているわけではない。

 月彦自身を不安に感じているのだ。

 

 今の月彦は、余りに危うい。

 そう、安吾の本能が告げていた。

 だが、それと同時に己では月彦を変えることができないことも悟っていた。

 故に、安吾は月彦を止めず、その背を蹴飛ばす。


 離れて行く後姿を見送りながら、月彦はその青年と対峙した。 

 その皮膚は青白く、まるで幽霊のよう。

 隈だらけの瞳の奥はギラギラと輝いている。


「ふっふっふ。 大口を叩くじゃないか、人間」


「誰にでも、じゃありませんよ」


 特に先輩にそんな大口叩いたら、絶対死ぬまでからかわれますしね、と吐き捨てる月彦の双眸は魔人族の男より尚、危うい光を放っていた。

 

「――〈大蛇(おろち)〉!」


「……蛇、ね」


 そう唱えると、魔法陣から猛烈な威圧感を放つ大蛇が出現する。

 

「――魔人族、名は」


「――ルグレス・レイス。 地獄の公爵だ」


「ほう。 納得しました。 その強さ、まさに幹部級ですからね」


「……褒めても、手加減しないぞ?」


「――ハッハッハ」


「…………?」


 その言葉を聞いた瞬間、思わずそんな笑い声が漏れ出てしまった。

 あぁ、本当におかしい。

 手加減?


「ハッ! 愚弄も甚だしいッ!」


 刹那、月彦の背後に凄まじい威圧感と威厳を兼ね揃えた猛獣が吐き出される。

 その体には業火が纏われており、それが夜の暗闇を照らす。

 


「全力で来い。 ――叩きのめしてやるッッ‼」

 


 そして、地獄の侯爵と召喚術師は激突した。

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