走馬灯の逢瀬
ヤバい、この文量が平叙運転になってしまうやもしれない疑惑が発生してしまった!(戦慄)
――気が付けば、体中に幾重もの傷跡が刻まれていた
「――――ぁ」
俺を支配するのは、深淵のように先の見えない絶望と、それを裏付けるこの理不尽極まりない現実だ。
愕然とシルファーの亡骸を抱き微動だにしない俺を、ルインや加勢しにきた龍たちが嬲って嗤っていた。
「――アッハッハ、滑稽、滑稽ぃ! 最高の眺めだなぁ! 君はほんとうに哀れでしかたがないなぁ!」
「愚か、愚か、愚か。 敵対者を目の前に呆然自失など、愚劣の極みッ! その代償、高くつくぞ、スズシロ・アキラぁッ!」
「ふんっ。 やっぱりキミたちはどこまでゴミ屑だね」
今の今まで強靭な身体能力が命を繋ぎとめているだけで。
もう、俺の命は長くないだろうと、そう漠然に理解していながらも俺は抵抗されることなくその蛮行を甘んじて受け入れていた。
当然だだろう。
シルファーが、あの惨劇を起こした原因の一端には俺が存在する。
この程度の罰、甘んじて受け入れなければならないだろう。
「――アッハッハ、つまんないねぇ! せめて抵抗しろよ! そうじゃないと楽しめないからさぁ!」
「――――」
「だんまりかい! なら嫌でも振り向いてもらおうか!」
ルインの拳が俺の頬を無遠慮に抉る。
口元から大量の血反吐が溢れ出し、今や痛覚さえもない。
――死ぬ
何度も味わったその感覚に苛まれながらも、俺は意識を手放そうと――、
――諦めるんですか?
「――ぁ?」
鈴を転がしたような、そんな澄んだ声が唐突に響き渡った。
それは、慣れしたんだ声で。
それは、失ったはずの声で。
それは、湖のように澄んで。
「――シルファー?」
『――えぇ。 久しぶりですね、アキラさん』
そう、人形のように整い、されど幻のように霞む令嬢風の少女――シルファー・ルシファルスは静かにはにかんだのだった。
『――諦めたままで、いいんですか? 貴方が抱えた罪をそのままにしても、いいんですか?』
「――――」
『あの時馬車で私に言った言葉はすべて嘘だったんですか?』
「――――」
少女の眼差しは、愛しむように、糾弾するように、責めるように、微笑むように、はにかむように。
有り得ない、有り得てはいけない。
だってその声を発するべき少女はとっくの昔に俺の目の前でその儚い命を散らしているはずだというのに。
これは、極限状態故の幻惑だ。
だが、それでも砕け散った心は救いを求めていて。
気が付けば取り繕う余裕もなく、ただ魂から溢れ出る本音を吐き出していた。
「んなわけ、ねぇだろ」
『――――』
「諦めるんですか? ハッ! そんなの反吐がでる! 誰だって心の奥底からその選択を望んでいるはずないだろ!」
『なら、もう一度立ち上がるんですか?』
「……それとこれとでは、話が違う。 もうこの世界にお前はいないし、俺の居場所なんて――」
『なら、やり直しましょう。 貴方はそのためにあの性悪賢者と交渉を結んだのではないのですか?』
「――――」
それは事実である。
このような最悪の想定して、布石として『黄昏の賢者』メィリ・ブランドと交渉し『誓約』を結んだのだった。
だが――、
「立ちたくないなぁ……」
『――――』
ルインが描いた策謀は深淵のように深く、蜘蛛の巣のようにどこまでも張り巡らされていることは既知の技術だ。
奴の悪辣な手管は用意周到の一言であり、俺たちを取り囲む理不尽を体現したかのような問題は数多く存在する。
理論上、俺スズシロ・アキラは何度だって何回だってやり直すことは可能だ。
そう、何度でも。
今まで自然に抑制し、何の言葉も発していなかった魂が今更疼くんだよ。
きっと、俺は『正解』に辿り着くまで多くの死が待ち構え、そして残酷な運命は俺に慈悲などないのだろう。
もし、それを見た時俺は立ち直れるのであろうか。
否、それすらも言い訳でしかない。
俺が心の奥底から無意識的に危惧していること――それは他者の死を甘んじて受け入れ、『次』は何とかなると、そう納得してしまうことだ。
戦士の死への慣れとは異質な、そんな感覚を俺は受け入れたくないのである。
――それこそが、普通の、普遍の、凡人たる者として当然の願いだと信じて。
「きっと、何度立ち上がったとしてもこんな惨劇が待っているんだろ。 だったら――」
『なら、無様に逃げるんですか、アキラさん』
「――――」
『誰だって、理不尽な現実を恨み、憎み、絶望する瞬間だってあると思うんですよね。 もちろん、私もその一人でした』
「――――」
『でも、今こうして私は今もなお絶望に苛まれることなく、前を向いて歩いていられる。 ――それはきっと、アキラさん。 貴方のおかげでしょう」
「――――」
シルファーの微笑みの奥底には、確かに暗い感情だって幾らでも宿っているはずなのに、その気丈に振る舞う少女の姿からは、そんな陰りは一切見られなかった。
何故、そうも強くあれるのか
――一瞬、その姿が雪のように真っ白な少女と重なってしまう。
そしてシルファーは、まるでどこかの誰かさんのように優しく微笑み、静かに、されど確かな熱を放ち告げた。
『私は、自分が強くあれたとか、そんな夢物語一瞬でも考えたことはありませんよ。 私は、脆く、憶病で、気弱で、脆弱で、多分どこの誰よりも弱いっていう確かなる自負がありますよ』
「――――」
『きっと、一人じゃ押し潰いされていたでしょうね。 究極的にどんな人間も、一人じゃなにもできませんから。 ――アキラさん、貴方が居たから、あの暗闇の中でも諦めずに前を向いて立ち上がることができたんですよ』
「――ぁ」
その少女のどこまでも真っすぐな瞳には一切の嘘偽りといった邪念が存在せず、それは本当に己の本音をぶちまけただけだった。
だが――それでも、その飾らない言葉が胸の奥底で響かせたのはは確かなる事実である。
『――私は、貴方の言葉に救われました』
「――――」
『なら、今度は私が貴方を救う番です、なんて傲慢なことを言うつもりはないです。 ――ただ、前を向いてください。 どうせ転ぶなら、前を向いて転んだ方がいいと思いません? 前を向いて、それでも駄目だったら私たちが微力ながら手助けしますよ』
「どうして……そこまで」
『――貴方が好きだからですよ。 それとも、これじゃあだめですか?』
「――ぁ」
そしてシルファーは、少し照れくさそうに頬を赤めながら俺へと手を差し伸べた。
――救済なんて求めてないってその手を振り払いたかった。
――見当違いも甚だしいと笑い飛ばしたかった。
――あいつらみたいに勝手り理解したように語るなと、そう叫び出したかった。
――それでも、その華奢な腕を握ってしまったのだ。
――もう諦めることもできないと、もう目を覆って現実から目を背けることはできなくなってしまった。
だが、それでも、それでも俺は――、
「――ありがとな、シルファー」
余談ですが、『神威システム』の余剰分まで使って強引に発動した精神デバフ術式によって現在アキラさんの精神は荒れ狂っています。
本来ならば何の痛痒にもならないことも、アキラさんの【天衣無縫】の防壁さえ粉砕するアーティファクトの大魔術の二段構えによってそれは大いなる効果をもたらし、不滅と定評なアキラさんの魂すらも打ち砕くのです。
後は魂が敏感になった状態でシルファーをぶっ殺しちゃった、アキラ君がどうなるか自明の理ですよね。 本来なら本編で語るはずの内容だったのですが、どうも無理そうですと無理矢理後書きで補足しました。
アキラさんには色々と闇があり、ちょっと何言ってるのか分からないですと言いたくなるシーンもあると思いますが、そこら辺は九章あたりで紐解く予定です。




