悪癖と極光
『老竜』……七章のラスボス的存在なんですけど、ぶっちゃけあんまり設定ありません。 ぶっちゃけ登場するかも不明な【円卓】の面々の方が設定多いと思います。 強く生きます(´・ω・`)
「――愚者? 笑止千万」
「――――」
緊張感溢れる沈黙を破ったのは、他でもない近衛騎士筆頭騎士であるレイドであった。
レイドは珍しくその瞳に嘲弄の気配を宿し、己を愚者と称した龍を嘲嗤う。
「……………………俺は愚者であるのならば、貴様は救いようのない豚畜生の類だな。 まさに厚顔無恥」
「――。 まさか、貴様は己の身の丈すらも理解できん程の愚物であったのか? それならば本当に救いようがないな」
「……………………笑止。 ――貴様は俺がこの手で殺す。 必ずだ」
「下らんっ」
肌を刺すかのような激烈な殺気が周囲を漂う。
絶対的強者と暫定最強の騎士が醸し出す鮮烈な殺気は当事者ではないはずの俺ですら震え上がらせるような濃度であった。
しかし、一応は俺も当事者なワケで、蚊帳の外っていうのもちょっと気分が悪いんですよね、はい。
「――なぁ、蜥蜴」
「――。 蜥蜴などではない。 我が血統を、低俗に称すな、人間。 そこまで灰と化したいのか?」
「まぁまぁ落ち着けよ。 そもそもさぁ、あんたなんでこんなことしたの? 理由も無しにこんな惨状を作り出すほど能無しじゃないだろ?」
「――――」
この会話は龍との戦闘において何の意味も成さないだろう。
だが――それでも、人間好奇心には逆らえない。
ほとんど確定で間違いないのだが、仮にこの龍があの惨状を作り出したとする。
そんな大災害を起こすことが可能な生ける天災である龍が居るのならば自然と俺の耳にも入るが、現状そのような被害聞いたことはない。
つまること、理由は定かではないがこの龍、何らかの事情があってこれまで俺たち人間に干渉してこなかってことだ。
そんな龍が今更本能のままに暴れるとか失笑してしまいそうだわ。
まぁ、推し量るにこの蛮行には何らかの理由が隠れ込んでいる。
知的好奇心旺盛な俺としてはそこら辺の事情は知っときたいわけで。
というわけで俺は今、未曽有の被害を与えた元凶である、この龍の真意を聞き出そうと、していた。
――否。
未曽有、ではない。
その事実に気が付いた俺は愕然と目を見開き、マジマジとその龍を凝視した。
「……………………どうした、スズシロ」
「……レイドさん、過去にこれとよく似た未曽有の厄災。 騎士ならば知っていますよね」
「――。 まさか……!」
「そういうことっスよ」
俺と同じく呆然と信じられないように食い入るかのように眼前で俺たちを睥睨し殺気を放つ龍を刮目するレイド。
どうやら、結論は同じだったようだ。
「――接敵する前に、一つ聞きたい」
「ほう。 命乞いか?」
「いいや――蜥蜴、あんたの名を聞きたい」
「――――」
一瞬、空気がより一層張り詰めた気がした。
呼吸すらもままならない程の殺気と魔力を無遠慮に放つ龍はその目を細め、俺たちを嘲弄するように笑みを浮かべ――告げる。
――それは、断じてあってはいけない名で。
「――至高の龍、その頂点『老竜』デファンス。 かつてこの世界に未曽有の厄災を齎し、そして今再び世界を滅ぼさんとする者だ」
――『老竜』。
この世界に住まう老若男女問わずありとあらゆる生物が一度その名を聞いたことがあるであろう異名だ。
かつて世界を滅亡へと導き、あと一歩のところを全種族が一丸となって食い止め、現在では封印されているはずの龍の王。
そして今――時代の垣根を超え、この世界へ天災を巻き起こしている張本人でもある。
「そんな……有り得ない。 『老竜』はとっくの昔にルシファルス家初代当主の手腕によって封印されているはずだ。 絶対に、有り得ない……!」
「ならば今目の前に君臨するこの私をどうやって否定する? それとも、まさかとは思うが私の瘴気が紛い物だとでも?」
「――――」
瘴気。
変わり果てたこの国に漂っていた、汚染された空気。
アレを誤って吸ってしまった者は例外なく堪えがたい激痛に苛まれ、やがて正気を失い廃人と化する。
だがこの事象は過去に何度も起こっているのだ。
――かつて幾つもの国をその瘴気と万雷を以て滅ぼしたその龍を人は『老竜』と呼ぶ。
「長き目覚めから目覚めた私は、あの御方の勅命に従い、貴様らを滅ぼしつくす」
「――。 あの御方ぁ? 『亡霊鬼』のことか?」
俺の左腕を、吹き飛ばしたあの異形は、『亡霊鬼』のことをあの御方と呼称し、そして憎んでいた。
そこら辺をつけば上手くやり過ごせる、その予想は次の瞬間余りにも呆気なく甘すぎると理解する。
「――否。 古く、古代の頃より私を創造し、そして従える者はあの御方ただ一人。 『亡霊鬼』など、頭を垂れるにたらんわっ」
「そうかよ。 ケッ、最悪だな……」
……『神威システム』の観点から、『老竜』はまず間違いなく『管理者』――『厄龍』ルインの手によって創造され、服属されたとみて間違いないな。
つまりこの襲撃を計画したのは『厄龍』ルインっていうことか。
だが一体全体どうして……、
――油断、ではない。
俺は一度問題と直面すれば熟考してしまう悪い癖がある。
これがどのように作用するかは状況次第。
そしてこの状況は――敵の領域内。
「――スズシロ、逃げろっ!」
「はっ?」
切羽詰まったレイドの声に体が強張り、何が起こったのか察知しようとした瞬間――ようやく、上空の莫大な気配に気が付くことができた。
――時間稼ぎは、対等な条件下において成立する。
両者の利害が一致し、一時の停滞こそが目的となるその瞬間にのみ成り立つが故に、それがどのように戦況を左右するかは不明慮だ。
そして俺は、その自明の理を履き違えていた。
「――燃えろ、愚者」
「――――」
刹那、棒立ちする俺へと容赦情けなく極光が降り注いだ。




