肉弾戦
(´・ω・`)
――勝算は、限りなく少ないだろうとアキラは考えている。
その最もたる理由は己の魔力不足。
確かにその天賦の才と言うべき恵まれた才覚と日々密かな鍛錬を怠わっていなかったので魔力もそれなりに保有している。
が――圧倒的に足りない。
アキラが己の内に人知れず宿っていたガイアスの存在を知り、同時に自由自在に魔術を扱えるようになったのはおよそ二か月前。
そう、たった二か月だ。
たとえどんなに才覚に恵まれようろも、この短期間だ。
身体強化により消費した魔力はもとい、止血する際に浪費したモノや特に【天衣無縫】を使用せざるを得なかったのは痛手だった。
【天衣無縫】はその強力さ故に消費魔力も桁違いである。
その浪費した魔力は甚大で、今や本当になけなしの魔力しか残っていない。
――五分。
これが余すことなく体中に全力の魔力を巡らせることが可能な時間であり、しかしイレギュラーな事態を考慮するとタイムリミットは更に減衰することとなる。
「……流石に厳しいなぁ」
「――――」
現状、勢力はややアキラよりの互角。
『鬼喰』で異形の右腕を二本切り落としていなければ更に切羽詰まった危機的な状況となっていただろう。
現状、異形は己の剛腕が切断されるという事態に完全に対応できていない。
動きは精彩を欠いているし、心なしか隙も多くなった。
アキラがこの化け物に勝利する最短ルートは、言うまでも無く残る四つの大樹が如き大腕を切り払うことだろう。
少なくとも、最低二本は追加で切り落とし対等な条件下を作り出したい。
「まぁ、それをするにはこの包囲網を抜けないと、なぁ!」
「――――」
横凪ぎ一閃。
豪快に薙ぎ払われた『鬼喰』はアキラへと殺到する大地の波を消し飛ばし、強引ながらもしっかりと進路を導き出す。
――今だ。
この瞬間、波に一瞬の停滞が生まれるこの瞬間こそが――、
「好機ッ‼」
「――――」
死角からの奇襲に備えて全身に余すことなく魔力を巡らせながらも、その中でも特に重点的に脚力を強化する。
魔力により筋肉が活性化され、やがてアキラは閃光と化する。
残された猶予はもう少ない。
今ここで停滞し拮抗していた戦局を動かさなければアキラの勝利は絶望的で、故に後先考えずに猪突猛進する。
だが、当然ながらかつての英雄がそれを許しやしない。
「――大地よ、不埒なる愚者へ死の裁きを」
「――っ」
嫌な予感がし、チらりと背後を振り返ってみると案の定そこには蛇のように不規則に蠢く岩石の束が。
そしてその速度は余力を残さず全身全霊で駆けるアキラよりなお素早い。
大槍が追いつけば確実に串刺しにされてしまう。
体力的に限界に近いアキラは、気合と負け犬根性でなけなしの魔力を振り搾り、叫ぶように詠唱する。
「――蒼海・乱式・『氷槍』ッ‼」
「――――」
そして、アキラの背中を突き刺そうと迫りくる大槍へと弾丸が如き勢いで猛然と透明な結晶が放たれた。
――斬る、斬る、斬る。
余力はもう残されていない。
今アキラに許されていることは、後先考えずただ愚直に前へ前へと障害を薙ぎ払い進むことだけである。
死力を振り絞った甲斐あってか今や巨人との距離は目と鼻の先。
ここまで接近すると、大地を操作するような魔術を使えばまず確実に肉弾戦への支障が生じると判断し、大地に宿っていた魔力が一瞬で消え去る。
後は――正真正銘、ただ己の剣と拳だけが唯一の頼りな近接戦い。
「残念ながら、暑苦しい肉弾戦なんて狙う下げじゃい! ――流石に、これは避けれんだろ!? 蒼海乱式・〈氷槍〉ッ!」
「なっ――」
しかし性根が捻じ曲がっているアキラはなんら躊躇することなく神聖な戦いという儀式へ中指を立てる。
ほとんどストックが尽きた瓢箪から水が溢れかえり、一瞬で凍結される。
間髪入れず、生成された氷槍は異形の目玉へと放たれた。
「――がっ」
「おっし! 先手必勝っ!」
余りの突拍子のなさに目を剥き、対応が遅れてしまったが故に眼球が弾け飛ぶ。
やけに生々しい音と共に瞳から液体が飛び散った。
視界は言うまでも無く人体において重要なパーツ。
本音を言うならば両目とも潰しておきたかったが、この際我儘を言うまい。
弾け飛んだ液体が深く染み込んだ地面を踏み締め、アキラは軽やかに跳躍し、異形の懐へともぐりこむ。
「――まずは一本ッ!」
「――――」
眼球が抉られ、それにより生じた激痛に苛まれ飛び舞うアキラへの迎撃に一瞬停滞が生まれ、その隙に一閃。
振り払われた刃は余りに呆気なく圧縮された筋肉を引き千切る。
流石は神代武器。
その名にそぐわない高性能であり、その分条件の無理難題さが悔やまれる。
「貴様はァ、卑怯だとは思わないのかッ!」
「ねぇ知ってる? 卑怯汚いって敗者の戯言なんだよ? 口を動かす暇があったら手を動かせよ。 俺もだけどさぁ」
「――! ならば――」
刹那、大地が一気に盛り上がる。
異形は己の魔力を大地へと張り巡らせ、岩はその意思に順々に従う。
「これで、どうだ――!」
重力に従い落下する無防備なアキラへ膨れ上がった大地と岩でさえ容易く粉砕する剛腕が同時に迫りくる。
傍目から見れば十分「詰み」に近い状況。
だが――容易い。
「――それだから、あんたは負け犬なんだよ」
「――――」
そして、薙ぎ払われた『鬼喰』が巨人を鉄槌をバターでも切り裂くように断絶した。




