ネタ武器の真価と荒れ狂う大地
寝不足で死にそう……
徹夜は、体に毒なのだよ……
「なっ――」
絶句。
その原因は、アキラの右腕に握られた一振りの錆だらけの太刀である。
――否、「元」だ。
今や、その刀身を埋め尽くす赤褐色の錆が荒々しい地面へ灰と化し風と共にどこかへ舞って行った。
かつて朽ち果てていた大太刀は今や鮮血のようなドス黒い深紅に染まり切っており、その刀身から途方もない呪詛が世界へ溢れかえる。
気が付けば、異形は背後へ自然と後退し――愕然と己の鍛え抜かれた足をじっと食い入るように凝視する。
――己が、恐怖したというのか?
その事実に信じられずに、まるでそれを否定するかのように異形は剛腕を振るうが、精神が多少とはいえ錯乱しているためか飛び舞うアキラに掠りもしない。
そして踏み込むアキラが異形の岩肌へと遠慮容赦なく深紅の大太刀を振るった瞬間――それは起こってしまった。
最初に響き渡ったの懐かしく、されど心底憎々しい激痛。
そして――何かが零れ落ちた喪失感に、突如として苛まれた。
「――はっ?」
爆音に近い音量で何かが地面に粉塵を巻き上げながら落下する。
分からない、理解できない――否、脳がそれの理解を拒んでいるのだ。
「――案外、ゾっとしねぇな」
「貴様、何をした! 答えろ!」
凄まじい剣幕で己の体内で起こる異常事態を否定しようと咄嗟に声を張り上げるが、帰ってくるのはやけに高い音程の声色。
「ん? お前、もしかしてまだ気が付いてないの?」
「――?」
「いやさぁ、俺小細工とかしてねぇし。 ――正々堂々あんたの右腕切り抜いただけだし」
「――。 ――!?」
血飛沫。
ようやく己の巨体から溢れ出る液体の存在に気が付いた瞬間、魂が目を背けていた現実と対面し、その代償が刈り取られる。
立つことさえもおぼつかない鮮烈な感覚に、その岩石のような大顔を大きく歪める異形。
「俺の『鬼喰』に付与された能力は『鬼神乱舞』。 分かりやすく要約すると、あの状態で都合百度斬撃を直撃させなくちゃいけないの。 ――でも、それが達成されたらどうなるのか、気になるよなぁ?」
「あがぁとっ……!」
「『鬼喰』の真髄はその無理難題を達成して初めて発揮されるんだよ。 見ての通り、所持者はちょっとばかり精神汚染喰らうけど、その代わり大抵の相手は切り刻める切れ味になるんだぜ? 聞いてる?」
「――――」
「あっ。 聞いていないんですかそうですか」
したり顔のアキラの説明も、激痛に苛まれる異形の耳には当然ながら届くことはない。
あくまで武器の性能故のあの一撃とはいえ、それでも己の鍛え抜かれ強靭極まりなしこの肉体が容易く切断されてしまった。
有り得ない、有り得てはいけないのだ。
巨人族の英雄として極限まで鍛え抜かれたこの肉体が、こうもいとも容易く断絶されることなど、あってはならない。
巨人族としてのなけなしの矜持がそれを否定していたが、ようやく真面に現実と向き合い――吐き出しそうになる。
――強くあれ、我が息子
敬愛し、憧れを抱いた父親の優しくもされど武人特有の厳しさが垣間見える独特な声が脳裏に響く。
今巨人族の――否、戦士にとって命よりも重要な器官である片腕が切り刻まれ、泣き別れにされた己は果たして強者と言えるのだろうか?
――断じて、否。
否定、しなければならない。
そう魂が認識した直後――それは起こった。
「――――」
ただ一心に、この現実を否定したいという稚拙だが、極限ともいえる確固たる意志が天地を打ち鳴らす。
次の瞬間、異形を中心としてまるで津波のように足場としていた大地が蠢き、飛び舞う羽虫を薙ぎ払おうと猛威を振るう。
「くっ……マジかよ。 まだ温存していやがったのかよ」
「スズシロ・アキラ。 ――私は貴様を全力で否定する」
刹那――大地が荒れ狂う。
おおよそ予想通りとはいえ、異形の魔術は土魔法の類であるらしい。
しかし異形が操る大地の規模は明らかに常軌を逸しており、とてもじゃないが魔法に長けない亜人族とは思えなかった。
どうも、深紅の刀身を露出させた『鬼喰』で異形の腕を切り刻んだのが、彼の逆鱗に触れたらしい。
「チッ……面倒なっ」
「――――」
刹那、棒立ちするアキラへ大地が荒れ狂い、荒々しい岩石が圧縮され、膨大な質量を保有する大槍が幾筋も放たれる。
回避は――範囲的に不可能。
つい先ほどまでのアキラならこれで詰んでいたのかもしれないが、今のアキラには鮮やかな深紅の刀身の太刀がある。
「ふんっ」
一閃。
虚空に紅の軌跡が描かれたと認識した直後、爆音と共にやけに豪快に降りぬかれた『鬼喰』が噴き出る大槍を一凪ぎで粉砕する。
通常異形が莫大な魔力を以て繰り出す荒れ狂った大地は魔力を宿し、衝撃へ激烈な耐性を誇っている。
その大槍を、たった一閃で容易く砕いてしまう『鬼喰』に、アキラは戦慄しながらも頼もしく思う。
本来、『鬼喰』は不便利極まりないいわゆる「ネタ武器」と呼ばれる類の割と残念な神代武器なのである。
なにせこれが真価を発揮するのは切れ味もクソもないこの刀身で計百回斬撃を直撃させた相手しかいない。
そもそもの話並大抵の相手は百度打撃を加えるまでもなく赤茶色の錆だらけに状態でも十分瞬殺することが可能だ。
レイドという大舞台でもネタ武器としての知名度だけは名を馳せたこの太刀を扱うのは少し気が引ける。
故に手に入れたのはいいものの、過去一度たりともこの包帯が解かれ、深紅を刀身を晒すことはなかった。
だがその実力を確認すると、流石に戦慄を隠し切れずに、頬を引き攣らせながらも容赦なく迫りくる大槍を迎撃しながら異形へと少しづつ歩み寄る。
そして――、
「――蒼海乱式・〈氷槍・極天〉」
――刹那、音速さえも上回る勢いでアキラの掌から水滴を氷結させ生成した大槍が放たれた。




